16・新商品

「おぉ、出て来た!」

「これくらいの距離が良いようですな」

「いや、周りの暖かさによっても変わるかもしれんから、暫くは都度様子を見ながらやった方が良いと思う」

 目の前には、完成した蒸留器が庫裏の囲炉裏の火の上に据え付けられている。徐々に距離を近付け塩梅を確認して、漸く最初の一滴の雫が受け皿に落ちたところだ。続けて数滴ポタポタと落ち始めると、その後は順調に一定の間隔で雫が落ちる。その頃になると蒸留器の出口から仄かに酒の香りも漂い始めた。

「おぉ、言われた通りに見事に澄んだ酒ですな」

 受け皿に溜まった酒を見て和尚が驚いた様子で言う。この時代は濁った酒が基本だから初めて見ると驚くだろう。

 受け皿に順調に雫が溜まり始めたところで、釉薬で綺麗に覆われた小さな陶器の瓶と入れ替える。我が村で焼かれている適当な陶器ではない。この為に曽杜湊でわざわざ買い付けた一品だ。

 酒桶では他と差別化が出来ないし、粗末な陶器では折角の蒸留酒が沁み込んでしまったりしそうだ、何より売りに出す時にある程度の見栄えも必要だろうと考えたからだ。

 蒸留器の出口は完全に瓶の口の中に入り、瓶は水を張った盥の中に置かれて冷やされている。瓶の中に入った蒸気がなるべく冷やされて液体に戻るようにとの工夫だ。因みに、導管の最後を外側から水で冷して冷却したかったのだが、構造が複雑で実現しなかった。その為に、管の後半は水に濡らした布で包んで冷やすと言う何とも原始的で力業な冷却方法が採られている。

 

「あの酒粕はどうするんです?」

「んー、まだまだ酒の匂いがするから、中には酒を含んでいるのだろうが……酒を温め終えたら酒粕も温めてみるか?いや、あれをもう一度水に浸して絞ってみるのも良いか?仁淳どう思う?」

 祥智が気にしているのは蒸留前に絞った酒の残り滓である。所謂、酒粕と呼ばれる物だ。確か健康食品としての需要もあったはずだから食べても良いのだろうが、何せ米から作った日本酒の酒粕ではなく、蕎麦と大麦から作ったなんちゃって焼酎の酒粕である。同じ成分かがわからないのが難点だ。まぁ、穀物を醸造して作ったのだから似た様な成分になるだろうとは思うから食っても良いのだろうが、一番栄養を摂らせたい子供達に食べさせて良いものかは悩ましいところだ。まずは、酒粕から蒸留出来るか試してからだな。それが巧く行ったらそれを売った銭で美味い物を食べさせてやれば良いか。


「祥治殿、一応味見をしておいた方が良いのではありませんかな?」

 欲望を抑えられないと言った表情で仁淳がこちらを見る。欲望全開ではあるがアルコールの濃さや風味等は確認しないと売り物にする事も出来ないのも確かだ。

 最初の受け皿に少量溜まった酒を指に付け、舐めてみる。うん、強くはなっている。少量でも舌の上でアルコールが広がっていく感覚がある。この時代の酒に比べれば間違いなく大分強い。

 だが、どの程度と言われると困る。前世では飲酒年齢に達していなかったので、酒を飲むという経験が圧倒的に不足しているのだ。だが、正月等に舐める機会のあった日本酒よりは強いのは間違いがないと思う。ビールは強さ以前に苦さにやられたので良くわからない。しかし、話に聞くようなカッと熱くなるような強さは感じられない。

 俺のしようを見て、皆も指を浸して舐め始める。仁淳はグイッと呑める程配られるのを期待していたのか落胆した表情だ。

「げぼっ、これは……拙僧には些か強過ぎますな」

「こりゃ、良い。俺はこれが好きだ」

 和尚がそう咳き込みながら言うと、祥猛は顔を綻ばせてそう続く。仁淳は落胆の表情から一転、喜色満面になったかと思えば、あっという間に落胆した顔に戻る。量の少なさを思い出したのだろうか、忙しい男である。


「どうだ、これは売れると思うのだが」

「只、そうは言っても酒ですから。それなりの量を用意しないと纏まった稼ぎにはならないと思いますよ」

 俺がそう祥智に尋ねると、商人の目線から中々厳しい答えが返って来た。通常の酒の売値を考慮してのことだろう。

「少なくて希少な物として売るのだ。造るのが難しく、量が造れない貴重な酒だと触れ込めば値が釣り上げられるであろう?これは広く売られる物ではない。狙うのは銭を持っている連中だけだ」

「それだと、伝手が要りますよ。俺達の伝手じゃ無理じゃないですか?」

「そこは、曽杜湊の商人にやらせれば良い。我等はこれが希少な物だと奴等に思わせて売れば良いのだ。後は奴等が勝手にやってくれるはずだ」

「だけど、それじゃ間を抜かれちゃいますよ?」

「それは仕方あるまい。我等がもっと大きくなればお前を湊に張り付かせて商売をすることも出来ようが今は無理だ。それに、最初は多少安くなろうが、間違いなく売れる。そうしたら次からは値を釣り上げるのだ。他所の商人へ持っていくと言っても良い」

「成程……じゃあ、むしろ最初は少ない方が良いか……」

 祥智は最近では中々見せなかった鋭い表情で考え込んでいる。強くて澄んだ酒の時点で売れるのは間違いないのだ。後は如何に高く売るか。この辺りは俺より祥智に任せた方が良い結果を導きます出してくれるだろう。


「兄者、残ったのは呑んじまって良いのか?」

 祥猛が受け皿を持ち上げてそう尋ねてくる。本当は他の皆にも味見をさせてやるべきだろうが、ここには居ない。皆には完成した時点で改めて一口ずつ振る舞うことにするとしよう。

「あぁ、良いぞ」

「祥猛殿、それは私が仕込んだ酒ですぞ!呑むのは私です!」

「何ぃ!?では勝負で買った方が呑めることにしよう。刀、槍、相撲、何でも良いぞ。好きなのを選べ!」

「何を選んだって勝てる訳ないでしょうが!?」

「おや、雫が落ちる音が減ってきましたな」

「しまった!仁淳、布が温まっていないか!?」

「あっ!……あっち!あ、何呑んでるんですか!?」

「良いから早く布を変えろ!」

 今日も我が村は賑やかである。


※※※


 ちょっと時間が掛ってしまいました。構成が上手く組めなくて苦戦しました。その分、他の部分のエピソードが書き進められていますので今後はちょっとペースが上げられるかもしれません。

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