15・冬籠り
あの後、舟の試験が出来たのは二回程だった。今年は雪が振り始めるのが早く、そして深かったのだ。
まぁ結局のところ、龍神池の狭い水面では試せる事も少なく、操作の手順を五作と共有するくらいしか出来なかったのも事実で、後は実際に舟に積む帆柱や帆桁、そして帆と綱、更にはそれらの操作に使う滑車等を試作し地面の上で実際に組み立て動かしてみる事で(陸上でも風さえ吹いていれば試すことは可能だ、当然走らないが)、春までに問題の洗い出しと改善を行うと言うことで落ち着いた。
そして、年が明けて暫くした今。長屋の囲炉裏の回りを囲むように座る皆がそれぞれの仕事を黙々と熟している。今日は昨晩からの雪が止まずに、外での仕事が出来ないのだ。男は縄を編み、女は糸を績む。皆で内仕事を片付けている。
雪に閉ざされるこの時期は毎年停滞の季節だ。しかし、春からの活動に向けての準備の季節でもある。縄も糸も有れば有るだけ後が楽になるのだ。
晴れた日には、材木の切り倒しに石灰運び、それに氷作りだ。
これ以上雪が深くなると石切り場まで歩いて行くのは困難になるだろうが、逆に龍神池の氷を切り出して、雪の上を橇に載せた氷を氷室まで運ぶ作業は、そろそろ氷の厚みも増して良い頃合いになるだろうと思う。
そう言えば、氷室の改修は男衆の並々ならぬ情熱に因って、雪が降る前に無事に終える事が出来た。
今度の氷室は壁も床も、更に天井までも三和土で固め(その為に一度天井を全て掘り抜き三和土で固めた上で埋め戻すと言う手間の掛かる事までした。)、更には、床に小さな傾斜を付けて、融けた水が排水用の樋から流れ出す仕組みまで備えている。
流れ出た水を桶で受ければそれも麦茶や瓜を冷やすのに使えるだろう。上手くすれば酒も冷やして呑めるだろう。中々の贅沢だ。
だが、今一番重要なのは木材の伐採だ。今年はそれが足りずに突発的な作業で材木を使い切ってしまったからだ。
石灰運びは雪が無い方が楽だが、丸太運びは雪が有る方が楽だ。この冬はもう石灰運びは止めて材木の確保を優先させよう。
今頃は北敷の村々でも船を造る事を見越して例年以上に材木と縄の確保に勤しんでくれている事だろう。ここでの積み上げが春以降に効いてくるはずだ。
「ほれ、出来たぞ」
「わぁ、じぃちゃんありがとう♪」
そんな遣り取りと供に、五作から富丸の手に渡されたのは藁で編んだ馬の人形だ。それを糸が羨ましそうに覗き込んでから、物欲しそうに五作を見上げる。
「お前さんの分も作ってやるから待っておれ。小さい子からだ」
意外な事に、子供好きだった五作が糸の頭をポンと撫でてからそう言う。
「……うん」
それでも羨ましいものは羨ましいのだ。そう言わんばかりの糸の表情である。仕方無い、
「糸はちゃんと小さい子に譲って自分は待てるなんて、すっかりお姉ちゃんだな」
「ほんと!?はるねぇちゃんみたい!?」
俺の言葉にパッと顔を輝かせた糸は期待に満ちた目でそう聞き返してくる。
「ははは、それはどうかなぁ?どう思う、春?」
「どうでしょうねぇ。この間もおねしょしたって聞いたしなぁ」
「えぇ!?なんで!?なんでしってるの!?」
糸を績みながらそう答える春の言葉を聞いて期待に満ちた顔は一転、顔を赤くして慌てる糸。その声に驚いたのか、永が抗議をするかと如く泣き声を挙げると春は手を止めて永を抱き上げる。
「おかーさーん、なんでいっちゃうのー!?」
そして、涙目で玄関から飛び出して行った糸は隣の部屋で仕事をしている母の月のところへ抗議に行ったようだ。
「富丸、戸を閉めてくれるかい?」
「は〜い」
糸が開けっ放しにして行った玄関の引き戸を富丸がうんうんと力みながら閉めてくれる。
春が永をあやしていると、その泣き声につられたのか更にか細い声で赤子が泣き始める。
つい先日産まれた田鶴の子供の亀三郎だ。夫も子も喪って久しい田鶴の再婚で出来た亀三郎に対する愛情は並々ならぬものがあり、子供や子守の者が主に集まって作業をしているこの部屋でも、片時も息子の傍から離れようとしない。
もう一人の産婦、里も腹がはち切れんばかりに大きくなっており、程なくこの部屋で過ごす赤子が一人増える事になるだろう。そうなれば俺は部屋の広さからこの部屋から追い出されるやもしれない。
「良し、出来た」
そんな騒ぎを眺めながら、囲炉裏の火で炙って三日月状に湾曲させた、六本の太い葛の蔓を見て俺は満足そうに声を漏らす。
これを足にして、女衆に編んで貰った竹籠を上に取り付ければ揺り籠になる。はずだ。
皆がこつこつと地味な手仕事をしている中で俺だけ趣味に走っている気もするが、子供達の為だからと言う事にしておこう。
そう言えば、何があろうとも脇目も振らずにお堂で機織りをしていた小枝も、寒さが厳しくなった最近は流石に隙間風の吹き荒ぶお堂に音を上げて、長屋で糸績みをしている。
相談した結果、水に強く丈夫だと小枝が言う藤布を帆に使おうと言う事になったので、出来れば急ぎ織って欲しいところなのだが、我等三人を含めたお堂を寝床にしている面々も、最近は門の脇に建てた櫓の一階部分に逃げ出してギュウギュウに詰め込まれながら寝ている為に強くは言えないところがある。
本来、武具の保管場所にする為の空間だった櫓の一階部分だが、壁と床を三和土で固めたそこは隙間風も吹き込まず、お堂に比べて大分狭い事がかえって室温の上昇にも繋がって思いの外快適だったのだ。独り身の男ばかりが密集して寝るいる点に目を瞑ればだが……
薄暗い室内で、そんな事を考えながら作業していてふと思い付く。
室内の壁を白く塗ったら多少明るくなるのではないか?良し、ちょっと作業小屋に行こう。
雪が降っても茂平と千次郎は相変わらず竪穴住居の作業小屋に籠もっている。まぁ、そこでないと作業が出来ないと言うのが大きな理由だ。小枝の機織り場も含めて、早目に何とかしてやりたいとは思うのだが、長屋の二棟目が門櫓に化けてしまった事も含めて中々上手く行かない。こればっかりは竹で建てる訳にもいかないのだ。
「千次郎、ちと良いか?」
「大将、どうしました?」
作業小屋の入り口を開けて声を掛けるから中に入る。
「手が空いた時に、長屋の内壁に漆喰を塗って欲しいのだ。幾分か室内が明るくなるであろうと思ってな。」
「そんな、折角門の壁を塗る為に溜めていたのに……」
千次郎は俺の話を聞いてそう肩を落とす。そう、こいつは未だ防壁を白く塗る事を諦めていないのだ。防壁と言うか建築物の外観は全て真っ白にしたいのかもしれない。
「茂平、そっちはどんな塩梅だ?」
「明日には試しが出来るかと思いますが」
続けて俺が茂平に尋ねると少し嬉しそうに茂平がそう答える。長らく、掛り切りになっていた蒸留器が形になるところまで来たからだ。
目の前には前世で見たような赤金色に輝くタマネギ形の容器とその頭から繋がる管が鎮座している。春の交易までに目処が付くと有り難いのだが。
一方で、肩を落としながら漆喰の用意を始めた千次郎は主に舟で使う滑車等の部品を作り溜めしている。帆船と言う奴は、見た目以上に縄や滑車、そして布を必要とするのだ。
本当は五平が手伝えば話が早いのだが、千次郎の腕に問題が無いと分かると千次郎に仕事は丸投げし、本人は日がな一日子供達の相手をしながら縄を編んだり、先程のように玩具を作ってやったりとのんびり過ごしている。 こちらも無理矢理引っ張って来た手前余り強く出られないのだ。
さて、明日は天気が良いと助かるのだが。
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