17・春近く
残り少なくなった雪をザクザクと踏みしめながら仔馬が放牧地へ向かう。昨年の春に生まれた牝の仔馬だ。
その前を手綱を曳いてご機嫌で歩くのは糸で、後ろから来るもう一頭の牡の仔馬を同じように楽しげに曳いているのは富丸だ。
生まれた時は子供達と似たような背丈だった仔馬も一年経ってすっかり子供達より大きくなり、今では手綱を曳く二人に見守りながら散歩に付き合ってくれているようにすら見える。
さて、春も近くなり雪も大分融けた今日から、石切り場からの石灰石運びを再開する事にした。今日は手の空いている者は総出で石切り場までの道を踏み固め、明日以降の作業をし易くする予定だ。
仔馬達も今日は放牧地で放すのでなく、石切り場まで連れて行き、時間に余裕が有れば石を背負わせて帰って来る予定だ。なので、糸と富丸は川向うで春と一緒に引き返すことになる。
そして、もう一つ。体格の良い四太と竹丸の二人が帆柱関連の部品を担いで五作の指揮の元、切端村へ向かうことになった。
春の試走に向けて、なるべく早く帰りたいと言う五作の意見に従ってそう言うことになったのだ。
正直、行程の多くは北側斜面の谷間の川沿いである。まだまだ雪深く、通常二日で辿り着ける行程が最低でも三日。下手をすると四日。しかもその間は野宿と言うことを考えるともう少し先送りしたいところなのだが、五作は船自体にも手を入れる必要が有ると主張するので止められなかった。
幸いなのは、帆柱と帆桁は向こうで用意すると言っている点で、運ぶのは滑車と縄、それに帆桁の接続部品だけとなる。因みに帆については必要量の半分も機織りが進んでおらず、試走には間に合わないかもしれない。
現在、小枝に頼み込んで底冷えのするお堂で全力で機織りをして貰っているが、間に合わなかった場合は向こうで莚帆を用意するそうだ。
小枝ともう一人、村に残って仕事をしているのは仁淳だ。仕込んだ酒を全て蒸留しているのだ。蒸留の結果は元の量の三分の一程の量になることがわかった。恐らく、元のアルコール度数は一桁だろうから、蒸留した酒の度数はどんなに高くても20%ちょっとだと思われる。
蒸留した酒は品質を保つ為、氷室に入れている。酒と言うのは案外痛むものなのだ。特に度数が低く、不純物の多いこの時代の酒は。
そう言えば、酒粕は水を加えて、蒸留することになった。出来上がる酒は度数は遜色無いのだが、風味は一段落ちると言った塩梅だったので、これは村で消費する用として保管することにした。仕事の成果は多少でも還元するべきだろうと思ったのだ。これで秋の祭りや正月にも多少ではあるが酒が振る舞えるようになる。
中狭間を抜け、開拓予定の川周辺に近付くと雪が深くなる。例年この辺りは飯富村周辺より雪が深いのだ。恐らく、双凷山の山陰に守られる範囲から外れるのであろう。これでは、まだ切端へ向ける峠は越えられないかもしれない。
「五作、峠の雪が深ければ無理せずに戻ってくれよ。ここでお主等三人を喪うとこの先、飯富も切端も立ち行かなくなるぞ。四太、竹丸、五作が無茶をしそうだったら無理矢理担いででも帰って来い。荷物なんてそこらの木の下にでも置いてくれば良い。獣に食われる心配もない物ばかりだからな」
別れ道で五作にそう告げるがいまいち不安だったので、お供の二人にも良く言って聞かせる。
結局その後、石切り場までの道を踏み固めてから多少の石を切り出して村に戻る途中で、三人が峠から下って来るのが見えた。
「峠はまだ腰まで雪が積もっておったわ……」
憮然とそう零す五作。それでも荷物はしっかり峠近くの木の枝に引っ掛けて戻って来たらしい。これで次の機会には多少楽になるだろう。
川を越えて中狭間へ向かう。そう言えば中狭間から西は地名を付けていなかった。この川も川としか呼んでいない。早ければ今年の春からこの辺りの開拓が始まる。そろそろ地名も決めておかないといけないな。
石灰石の運搬も雪の融ける前に今年使う分は運んでしまいたい。今年は対外的な不安が大きくなる可能性が高い。だから、一時的に人手が多く村から離れる石の運搬は雪が融けるまでになるべく終わらせたいのだ。
そう言えば、ここいらを開拓するなら材木を切り出しておかないと家が建てられないのではないか?拙いな、やはり石の運搬は後回しにして雪が残っている内に急遽切り出しを行うか?
材木優先だな。石はその後で北敷から移って来る者達に運んで貰っても良い。だが、木材はそれから切り出したら冬までに乾燥し切らない。
どれだけの人数がやって来るのかはまだわからない。向こうで冬の間に希望者を募っているからだ。彼らの仮の住処についても当初はお堂を考えていたのだが、二棟目の長屋の計画が延期になったことで我等の寝床が不足してしまうこと。そして飯富村から毎日通う無駄を考えると中々悩ましいものがある。
春はもうすぐそこまでやって来ている。だが、それは多数の課題が押し寄せて来ることも意味する。さて、今年も何とか乗り越えることが出来るだろうか。
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瑞雲高く〜戦国時代風異世界転生記〜資料集
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