13・逆風を掴め 玖

 五作がやって来てから三日目。龍神池の畔で俺と五作、そして千次郎と茂平は皆に運んで貰った竹を縄で縛り合わせている。

「儂ぁ、舟造るって聞いてきたんだがなぁ…しかもこんな妙な形の舟、浮かぶんかい?」

「竹だからな。浮かぶさ」

 俺はぼやく五作にそう答えるが、彼の意見も理解出来る。当然和船しか見た事のない彼には目の前で組み上がって行く物体が舟だとは到底思えないのだろう。

 竜骨船だからではない。そもそも和船も竜骨船も流石に竹じゃあ作れないだろう。答えは最初に除外した航海カヌーの系譜と言えるだろうか。双胴船カタマランである。

 

 目の前に有るのは、二間の流さの竹を七本束ねた物を二つ作り、その束を横向きの梁五本で繋ぎ合わせた物だ。これが双胴の船体、と言うか浮の部分になる。ここから、梁の上の一段高い場所に甲板を貼り、そして帆柱を立てるのだ。

 何でこんな事をするかと言えば、竹で建造するからだ。つまり、竹の隙間から水が入り込むのを防ぐのは困難なので、そもそも人の乗る場所は水に浸からない高い位置にしたいのだ。初冬のこの時期、足元を水に浸けながら仕事をするのは辛すぎる。

 尤も、竹をここまで運ぶのを手伝ってくれた皆には、崖下の葦原で水に浸かりながら茅刈りをやらせている事については申し訳ないとしか言いようがない。


「木で造りゃ良いものをさ」

「材木は全く足りておらぬのだ」

「見渡す限りの材木天国に見えるがね」

「切り出す手が全く足りんのだ…それに、お主がいくら腕っこきだとて二日三日で舟は出来るまい?」

「そりゃあ、そうだがね」

「それに比べて竹なら半日で出来るってもんさ。これで海にゃ出たくないけどな」

「そらぁ、どっちも言えてるなっ!」

 そんな他愛の無い話をしながら各部の縄を締め付けていく。勿論主になるのは五作であって、俺は言われた縄を強く張って待ったり、言われた場所に縄を通したりするだけだ。

「そうだ、雪が降ったら五作にも材木の切り出しも頼もう」

「この老耄に雪の中で丸太引きをしろってのか!?」

「いやいや、頼むのは切り出しの方よ。毎日二本も切り倒してから、枝を打って玉切りにしてくれれば良いさ」

「やれやれ…とんでもねぇ所に来ちまったもんだ」

 老人のボヤキが空へ吸い込まれて行く中、竹舟は完成間近だ。


「まーた、変な物作ってらぁ…」

 組み上がった舟を目の前に満足しているとそんな失礼な言葉が投げ付けられる。

「まぁでも、竹だから沈みやしないか」

 そしてそのまま一人そう結論付けた祥猛の後ろには、冬籠りに向けて漸く狩りに出掛けられる様になった弥彦、そして少しでも手を増やすべく配置された宗太郎と寛太の姿も有る。

 実は、我が村は積雪までに終わらせなければならない作業が山積みだったりするのだ。

 先に挙げた茅刈りに、八郎達が毎日行っている飼葉の刈り入れもまだ途中。馬は増えているのに人は増えていないのだから作業が長引くのも当然の事だ。

 それから、去年掘った氷室は只の横穴なので、これを三和土で固めて強固な物に作り直したいのだが、門の普請で石灰が底を突いてしまったのでまた運んで焼かなければならない。

 更に、例年唯一余裕の有った炭焼きも今年は芳しくなかったりする。単純に人を割けずにいるのだ。

 田畑の普請の残りは雪解け後に回すとしても、これだけの事を短ければ後半月程で片付けねばならない。

 正直、舟なんて造っている場合ではないのだ。ないのだが、先を見ればこれもやらねばならぬ事の一つ、かくなる上は少しでも手短に舟絡みの仕事を終えねばならない。


 のであるが…

「風任せにも程がないか?」

「こればっかりは仕方無いだろう」

 昼を過ぎ、いざ舟を浮かべようと言う段になって風がパタリと止んだのだ。

「しかし参ったな…氷室の穴を掘りながら待つか」

「おい待て?まさかそいつぁ儂も数に入っていやがるのか!?」

「あんまり年寄りぶるなよ五作さん。ここじゃ二歳から死ぬ迄働くのが当たり前なんだ」

「いや、働いてくれるなら死んでいても一向に構わんぞ」

「だとさ。やったな五作さん」

「何にもやってねぇと思うが!?」


 昨年掘った氷室は館跡の裏手の斜面に人一人通れる程度の横穴を掘り、その先を半間四方に広げただけの物だ。これに莚を敷いて氷を詰め、藁で覆ったのだ。

 結果は、夏前までは保った。であった。但し、半間四方と言う広さでは氷を入れたら後は殆ど足の踏み場程の広さしか残らず、台所を預かる女達からは拡幅を望む声が強かった。

 一方の男達からは真夏に冷えた瓜や麦湯が口に入らなくなった事への悔恨が噴出。これは、女達の声を遥かに凌駕する熱量に溢れたもので、この時代の人間が如何に夏場の涼に飢えているかが良く分かる一幕だった。

 なので正直、男衆に作れと命じれば他の仕事もその位の熱意と速度をもって…と思うような早さで完成すると思われるのだが、それはそれ、手が空いたのだから出来る仕事をせねばならないのだ。

「そう言えば兄者、今日は宗太郎の奴が見事に雉を射抜いたぞ。」

「何!本当か!?まだ、弓を持って二年程か?俺が鳥に当てられるようになるのに何年掛かったと思っているんだ」

「いや、素直に喜んでやれば良いじゃないか…」

 仕事が順調でもそうでなくても賑やか事は悪い事ではない。


※※※


 間が空いてしまいました。唐突に熱が39℃出て、一向に回復しませんでした。夏にコロナをわずらって以来、私の体の免疫系はズタボロなようです…

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