12・逆風を掴め 漆 戦国帆船考察 其之五

 さて、帆に関しての方向性はこれで良いとして、残りは船体になる。

 まず、ジャンクと航海カヌーは除外だ。ジャンクは単純に構造が良く分からんからである。対して航海カヌーは構造的な問題だ。

 構造的な、と言うか。カヌーなのだ。大型と言っても形は一般的に想像されるカヌーそのものなのだ。何なら丸木舟である(その上に舷側板を立てた物もあるが。)。

 要するに水を被りまくるのだ。これは交易用としては割と致命的である。米を買っても、帰り着く頃には塩水でふやかされた米になってしまっては意味がないのだ。

 実の所、現在北敷にある船も大きさ的には似た様な物で、甲板も張られていないのだから大差無いのだが(大社に献物に行き来していた頃は、莚や茣蓙で荷を覆って運んでいたらしい。)、将来的な大型化を考慮すれば避けた方が無難であろうと思う。


 と言う事で、選択肢としては西洋式の船か、和船になる。西洋式の船は竜骨キール船とも呼ばれ、竜骨と呼ばれる太い木材を繋ぎ合わせた骨が船底を縦に走る。

 これに肋材と呼ばれる骨が左右に複数立ち上がる。名前の通りに肋骨のような構造をした部材だ。想像し易く例えるならば、クジラの骨格標本からしっぽを外して上下逆さにした感じだろうか。竜骨が脊椎(背骨)で肋材が肋骨だ。

 そして肋材に外板を張って形作って行く事になる。この形式は構造船と呼ばれ、船体の強度は基本的に竜骨と肋材に依存する。

 対して、和船は準構造船と言う種類に分類される。これは前述の航海カヌーの一部同様に、丸木舟に側板板を立てて大型化を図る船の種類だ。和船の場合は、この丸木舟の部分が厚い一枚板に変わっているのが特徴で、この部分を瓦とかかわらと呼び、この瓦の幅で船底の幅が決まってくる。つまり、大型の船の大きさは手に入る木の太さに直結する構造で、ある程度以上の大型化は困難なの構造なのだ(竜骨は複数の部材を繋ぎ合わせて作られる。)。

 瓦を底として、その左右には棚と呼ばれる板を舷側板として立ち上げていく。これは複数の段で立ち上がって行く。

 和船、と言うか準構造船の構造は基本的にはこれだけだ。最も簡単に言えば、上向きに開いたコの字形をしていると考えると良い。竜骨船と違って船体の強度は基本的にこのコの字形の外殻に依存する。とは言え、各棚には左右の梁が渡してあるので完全に外板だけに依存している訳ではなさそうだが。

 因みに大型化は困難と言ったが長さの延長は可能で、複数の瓦を鎹等で繋いで延長する方法は船底がまだ丸木舟だった古代から行われていたらしい。それに幅についても、下側の棚を斜めに設置する事である程度の船幅の拡大は可能だ。

 瓦を縦に繋げて長く出来るのなら、横にも繋げて大型化を図れば良いのにと思うが、そんな事はとっくの昔に先人の誰かが思いついて試した挙句、海の藻屑となったから誰もやらないのだろうと予想が付くので試さない事にしようと思う。


 ではこのどちらかと言う話だが、それぞれの利点、弱点は以下の通りと言われている。

 竜骨船は強度が高く、船底が尖って深く沈む為(U字又はV字に近い)、横風、逆風時に横へ流され難い(船体の抵抗が大きい)。又、大型化が割合容易であると言った点。

 和船は、船底が平で浅瀬での航海が容易で沿岸航海に向いている点。

 正直なところ、和船の利点が少ないと思えるが、逆風時の横流れについては和船も劣らないとの反論も近年になって為されている。これはいずれ両方同じ大きさの船を作って試せば良いと考えている。


 問題は強度の方で、一部には和船の構造は有る種のモノコック構造なのだから弱い訳が無いと言う向きも有るのだが、その部材を留めているのが鎹や舟釘である事を考えれば個人的には余り支持出来ないと感じている。簡単に言えば建築用の大きなホッチキス(タッカーと言っただろうか)で留めてあるだけと考えると強度に優れているとは考える辛い。

 だが、我々の使用目的からすれば現状の和船の強度でも不都合は無いと考えられ、問題は横流れに関するこ事だけと言えよう。


 因みに、良く竜骨船は体当たりが出来るので有利だと言う論調がある。

 そもそも、商船を作りたいと言う話をしているのに体当たりの話が必要なのかと言う話もあるが、いずれ海上戦力が必要になる日が来るやもしれないのでこれについても一応論じておこう。

 確かに、衝角ラムを装備しての体当たり攻撃は古代より地中海地方の軍船の主要戦術であった。但し、それは櫂船、所謂ガレーによる戦術であって風任せで小回りの利かない帆船に取って、敵船の土手っ腹に速度を乗せて頭から突っ込むと言う行為は難易度が高い上に、そもそも条件が揃う事も少ないのである。


 更に衝角攻撃は諸刃の剣だ。考えても見て欲しい。敵船に体当たりしたとして相手だけ損害を被るなんて事があるだろうか。

 確かに頑丈な船首と比較的脆い船腹との衝撃では相手に与える衝撃の方が大きかろうが、自身へ跳ね返る衝撃も同様に発生する。

 それが背の高いマストを装備した帆船の場合、ヤードやセイル、それに伴う滑車やロープと言った重量物を装着したマストが衝撃に因って撓ったとすれば、そのままマストが崩れかねない。それでは、完全に共倒れである。

 更に、巧く船腹を突き破ったとしても、そこからが問題だ。

 衝角攻撃とは、衝角に因って敵船腹に破孔を作り出し、そこから海水を流入させる事に因って相手の動きを封じ、巧く行けば沈没させる戦術だ(それ以前に相手の櫂を破損させ動きを制限する事も目的である辺り、実に帆船に向かない装備、戦術である)。

 しかし、その破孔に自身の衝角が突き刺さっている状況は、孔に蓋をして流入する水の量を自ら制限している事に他ならないのだから、それを抜く必要が有る。

 そう、後退する必要が生じるのだ。風を受けて速度を上げて突っ込ませた自船を後ろに下げるのである。漕船ならば逆回転で漕げば後退出来る。だが、帆船ではそうは行かないのは考えるまでもない事だろう。


 ついでに言えば、和船を衝角攻撃でバリバリと真っ二つに引き裂きながら突き進む竜骨船という場面が良く創作では見られるが。これも非現実的と言える。

 そもそも前述の通り、 衝角攻撃は穴を開ける物であって敵船を引き裂く物では無い。線の攻撃ではなく点の攻撃だからだ。百歩譲って衝撃で敵船が二つに割れたとしても、自船の速度も衝突で殺されており、尚且つ、行く手には引き裂かれた敵船の残骸がロープに絡まりながら浮かんでいるだろう。そこを威風堂々突っ切るなんて真似はちょっと想像出来ない。何ならロープやらが飛び出た衝角に絡まって敵の残骸を引き摺りかねないとさえ思える。

 唯一そんな場面があるとすれば彼我の重量差が極端に大きい場面だろうが(艦載砲の場面でも似たような事を言った覚えがある。)、そんな場合は衝角はむしろ邪魔だろう。船首で乗り切ってしまった方が余程話が早いのだから。


 と言うわけで船体については和船がどれだけ横へ流されるか。この一点の解明に尽きると言う事になる。


※※※※※※


 何とか終わった…次回からは通常運転に戻します。

 頑張ったので★入れてくれると喜びます。喜びますよ?|д゚)チラッ

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