7・逆風を掴め 弐
「お前のせいだぞ…」
「い、いや…すんません…」
長屋を追い出された俺と千次郎は二人して悄気ながら門の方に向かう。
「…それで布糊は?」
「布糊は軽いから寛太が担いでいる。俺は先に走って戻ってきたから奴等が戻って来るのは夕方だろう。今度は何に使うのだ?」
「そこの壁に漆喰を塗るんです。真っ白な壁は絶対に見栄えがしますよ!」
懲りずに布糊を気にする千次郎にそう尋ねると、そんな答えが返って来た。長屋に続いて防壁を白くしたいらしい…どれだけ白くしたいのか。まぁ、綺麗だろうとは思うけれど。
「お前、今年も冬場は石灰を沢山使うって言ってるだろう。今は無駄遣い出来んから駄目だ。」
そう、門扉の設置は済んでも門回りでは新たな普請が必要になったし、他にも石灰は使う予定があるのだ。
「それより、切端から客人が来る。その者と協力して仕事をして貰うぞ。」
「そんなぁ!雪が降ってからじゃ出来なくなっちゃいますよ!」
そりゃ他の普請も一緒だ…兎に角、飯富村に壁を白く塗る余裕は無いのだ。
門に辿り着くと、残りの女衆が門の左右で三和土で土台を作っている。門の新設に伴って、村の出入り口の防備をもう一段固める事にしたのだ。具体的には門の左右の土塁を崩し、そこに櫓を建てようと言う計画だ。だが、その為に土塁の上に作った三和土の壁の一部を早々に破壊する事になったのは痛恨の極みだったのだが…
基部を土塁ではなく三和土にしているのは、建て替えた門柱に接する部分が土塁だと、そこから常に水分が門柱に供給される状態になり、痛みが早く進むのではないかと言う懸念に因るものだ。これは土台の上に立てる櫓についても同様である。
兎に角、現状は三和土の土台を土塁と同じ高さまで積層する作業が行われている。つまり、門の左右は土塁が崩され隙間が空いていて、今敵が攻めて来たらお終いと言う事である。
だが、田畑の転換も後回しに出来ないので男女に分かれて平行で作業しているのである。因みに千次郎は三和土を供給する仕事が有る為に女衆に交じって仕事をしているのだ。
「周、土産の魚だ。それから客人が一人来るのでその歓迎の分、少し良い夕餉にしてくれるか?」
俺は背負子を下ろしながらそう頼む。
「分かりました。どんなお人です?」
「大工だ。職人だからそう畏まらなくて良いと思う。仁淳から少し酒も出して貰ってくれ。」
「分かりました。猪肉が少し有りますからそれをお出ししましょうか?」
「そうだな。魚は食い飽きているだろうからそれが良かろう。」
それが終わったら門扉の確認だ。両開きで内向きに開く二枚の扉が新たに立てた門柱に据え付けられている。四隅を鉄で補強出来れば良いのだろうが、我等には各所を固定する鎹や釘を捻出するので精一杯だ。
それでも今後の事を考えて、基礎は三和土を敷いたし、幅一間だった門の幅は二間に広げる事にした。つまり一枚の門扉が幅一間と言う事になる。
これは、荷の出し入れの際に手狭な事を解消する為なのだが、結局のところ、その先の坂道は幅一間しななく、しかも拡幅は困難なので労力に対して得られるものは少ないかもしれない。なんなら敵が取り付ける幅が広がったと考えれば防衛面では損しか無い。
正直、両開きの門の方が格好良いなと思った事は否めない辺り、俺も千次郎と大差無いかもしれない。
「たまには肉も悪くないなぁ。」
船大工の五作が猪肉の味噌焼きを頬張りながら嬉しそうにそう笑う。五作は波左衛門が寄越した切端村の船大工で、年は既に50を超えているらしい。
村での仕事は既に息子どころか孫までもが主に行い、彼自身は大工仕事に手を出す事は滅多に無く、今では半隠居状態だったらしいのだが。彼こそが、北敷が大型船(今に比べればと言う注釈は付くものの)を運用していた時代を知る唯一の船大工なのだそうだ。
「五作殿。かつて切端に有った大きな船と言うのはどの位の物だったのだ?」
酒を勧めながら俺は五作に船について尋ねる。
「そうさな、長さは四間(約7m)、幅は一間(約1.8m)程の大きさだ。艪が五丁で漕ぎ手が十人。一丁につき二人だな。それに船頭が一人と音頭を取る太鼓持ちが一人ってのが大社へ行く時の基本だったな。まぁ、漁をする時は竿を持った連中がもう少し乗ったけどな。」
スラスラと諸元を口にする五作。長さ的には現在運用されている船の倍程度だろうか。
「それは他所では小早と呼ばれる船と似た様な物で良いのか?」
「そうさね。切途浦の方から来る連中はそう呼んでいたらしい。俺は大社にゃ行った事がねぇから実物は見た事は無いがね。」
「ふむ、帆は張らぬのか?それと荷はどの位積める?」
「荷は百石(300ℓ弱)程は積めるかな。積もうと思えばもっと積めるだろうが漕ぎ手がバテちまうだろうから、まぁそんくらいが限界だろう。それと、帆は追い風の時は張る。ただ、帆柱を立てる手間が有るから短い距離なら漕いじまうけどな。あんたの法螺話が嘘じゃないってんなら帆柱は立てたまんまになるだろうさ。」
「そこはまぁ、期待してくれれば良い。帆は莚だな?」
「莚以外に帆が有るのかい?絹でも使うってのか?」
「まぁ、色々考えるさ。」
五作の態度は何とも挑発的だが、こちらからはまだ何も提示していないのだから仕方がないだろう。彼が言った通り彼の中ではまだ法螺話なのだ。
※※※
瑞雲高く〜戦国時代風異世界転生記〜資料集
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