6・逆風を掴め 壱
===五作===
「じゃあ、俺は先に行く。宗太郎、後は頼むぞ。」
村を出て二日目。川に沿って延々登って来た道が下りに変わり、それも下り切った辺りで、俺を村から連れ出した張本人である鷹山祥治と言う男はそう言い残して走り去って行った。デカい荷物を担いだままだ。
「五作さん、俺達も行きましょう。」
残された宗太郎と言う少年が俺に声を掛けて来る。こう見えてかつては彌尖の国でも一二を争う家柄だった血筋の子供だと言う。見た目に因らずってやつか。
見た目に因らずと言えばさっきの鷹山と言う男もそうだ。多少小綺麗ではあるが、そう良い物を身に付けている訳ではないし、見た目もそう厳つい訳でもなければ切れそうな感じもしない。だが、いつ滅びてもおかしくなかった目的地である飯富村をたった数年で立て直したと言う。そして、今度は風に向かって走れる船を作って見せるから儂等に子分になれと言ってのけたらしい。
お陰でこの年になって初めて村から出る羽目になってしまった。いや、昔隣の流澤には行った事があったか。それでも北敷から出るのは初めてだ。やれやれ、この年になると山を登るのも長く歩くのも堪えると言うのに一体何をやらされる事やら…
「そんで、あん人は何で走って行っちまったんだい?」
つい、そんな事を宗太郎に聞いてしまうと、彼は少し答え辛そうにした後に、
「村を出る前の日に赤ん坊が産まれたんです。大将は子供が好きだから少しでも早く会いたいんだと思います。」
そう気不味そうに答えた。
「そうか、誰でも自分の子は可愛いもんさ。仕方無い。」
「いえ…大将に嫁さんはいません。村の者の子供なんです…」
俺の言葉は再び答え辛そうな声で返された。こりゃまた何とも変わり者だ。
======
中狭間を抜け、西原の草原を駆ける。左手の山際からは佐吉の炭焼きの煙りが昇って行くのが見える。ここを越えれば双凷川だ。川を越えればもう村に入る。すっかり息が上がっているな。少し鈍っているだろうか。
川が見えた辺りで草を刈る八郎と満助の姿が見える。冬の飼葉を刈り取っているのだろう。
「大将、お帰りなさい!」
こちらに気付いた満助が大きな声で呼び掛けて来る。ここへ来た当初は自信無さ気にボソボソと喋る事が多かったが、好きな仕事を任され、嫁も貰った今ではすっかり自信に満ちた言動が出来る様になった。
「おう、仔馬が産まれるのも近いから充分な量を確保してくれよ!」
「分かりましたぁ!」
すぐに川沿いの田畑の範囲に入る。中程の畑で男衆が土を深く掘り返している。あの辺りが田に転用する最後の範囲だ。あの作業に着手していると言う事は門扉の取り付け作業は終わったと言う事だろう。
「おぉーい!」
「お、兄者か!どうだったぁ!?」
俺が道から声を掛けると、皆に交じって作業をしていた祥猛がそう返事をする。
「大方は狙った通りだ!そっちはどうだ!?」
「門扉は取り付けたから確認してくれ!」
「分かった!で、永はどこに居る!?」
「はぁ…多分、長屋だ!美代が小枝と一緒に糸績みをしているはずだ!」
よし、懸案の門扉の取り付けは無事に終わった様だ。確認して問題無いようなら、この冬に予定している普請の一つは片付いた。残りは今目の前で行われている田畑の転換作業を含めて三つ。出来れば二棟目の長屋も建てたいのだが時間の前に建材が足りないだろうなと思う。長屋用に確保していた木材が他に回される事になったからだ。
川からまた少し走って長屋の前に着く。
「美代、居るか?」
「はい、大将ですか?」
「うん、今戻った。開けても良いか?」
「どうぞ、お入り下さい。」
「永はどうして居るかな?」
玄関の前から声を掛け、中に入るとそう尋ねる。だが、尋ねるまでもなく、そこには毛皮を敷いた上で小枝が拵えたお包みに包まれて眠る永の姿があった。周りには母親の美代と小枝の他、お産の近い田鶴と里も囲炉裏の火に当たりながら糸を績んでいる。二人のお腹もパンパンに張っており、もういつ産まれてもおかしくなさそうだ。
羊水でふやけて皺くちゃだった永の顔は殆ど皺が見られなくなり、代わりに少し白く粉を吹いた様になっていた。赤子には良く見られる事だ。
「何事も無かったか?」
「えぇ、お陰様で毎日元気に泣いております。」
俺がそう尋ね、美代が嬉しそうにそう答えたその瞬間、
’バンッ’
「大将!布糊持って来てくれましたか!?」
唐突に引き戸を開け、そう大声で聞く奴が現れる。
「ぅ゛…うえぇぇ!」
そして、その音に驚いた永が見事に目を覚まして泣き出す。それを受けて全員の白い目が向いた先、大声を出して飛び込んで来た千次郎は「あれっ、俺なんかやっちゃいました?」と言った顔だ。
「あぁ、永悪かった悪かった。怖いオッサンが大声出して怖かったなぁ。」
「…お、オッサン?」
そう声を掛けながら永を抱き上げようと手を伸ばすと。
「大将!汚い手で永に触らないで下さい!」
そんな酷い事を言われる。
「大将が、小さな子に触れる時は手や顔を綺麗にしてからって言ったんじゃないですか。帰って来てまだ埃塗れなんですからまず風呂に入って来てからにして下さい!千次郎さんもそんな事じゃ豊ちゃんに子供が出来た時に困りますよ!」
そうでした…俺が言い出した事でした。一緒に怒られた千次郎と一緒にスゴスゴと長屋の外に逃げ出した。
※※※
瑞雲高く〜戦国時代風異世界転生記〜資料集
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます