5・北敷との交渉 肆

「さて次は、その他の村では手に入らぬ物についてだ。これについては議論の余地は無い。俺達がどうのではなくて、お前達に商売の経験が皆無だからだ。」

 そう、北敷の連中は商売の経験が無い。と言うのもかつての彌尖国には独特の文化があり、秋に神税として各郡の産物を大社へ奉納しに行くと、その他の村々から奉納された産物を帰りに下賜されると言う、ある種の朝貢貿易にも似た体系が構築されていたらしいのだ。

 その為、村々は他所の村に負けるかとばかりに見栄を張り特産品を奉納したし、大社も大社でそれ以上に見栄を張らねばならぬから相応の土産を持たせる。結果、彌尖の村々はそれなりに豊かな暮らしが出来ていたそうだ。

 因みに国内で手に入らない鉄等も、海と航海の神として特に切途浦から北へ向かう船乗り達の信仰を集めていた為に、彼等がそう言った物を奉納したらしい。勿論、それにも見栄を張った返礼が返されたので、彼等にとっては一概に信仰心に拠る奉納だけではなく、割の良い商売でもあったのかもしれないが。

 と、ここまでつらつらと纏めてみると…朝貢貿易に似たではなくて、完全に朝貢貿易のそれである。まぁ、それが崩壊した結果、北敷の村々は困窮しているのである。


「商売なんて、売り物を運んで欲しい物と換えて来れば良いのだろう?別に俺達だってやれば出来るのではないか?」

 と、そこにそんな意見を捻じ込んで来るのは清介の親父の朱崎達介だ。ここまでの感触で今日集まった中ではこの男が一番俺に懐疑的な感じがする。そしてそれに対する反論は意外な人物の口から出る事になる。

「親父、そりゃ違う。いや、欲しい物に換えて来るだけなら出来るかもしれないが

、それが良い品なのか、正しい値なのか、騙されていないか。俺にはそんくらいしか理解出来なかったけれど、商売は気にしなきゃいけない事が沢山有るらしい。そいつの弟は一人でそんな交渉をあっちこっちでしてたのを俺は見たぞ。あんなのは俺達じゃあ絶対に無理だ。」

 思わぬ所からの否定的な意見に達介も他の者も啞然とした様子だ。いつも反発してばかりだが、こいつはこいつなりに湊に行って思う所が有ったらしい。やはり若い者はどんどん外の様子を見せに村から出した方が良いな。その中には都会に憧れて出て行ってしまう者も居るかもしれないがそれはそれ、仕方の無い事なのだろう。そう言う意味ではこう言った場に宗太郎をどんどん参加させる事も同様に大事になりそうだなと思う。


 思わぬ援軍を得て、食料生産、外貨獲得の件については納得とは行かないまでも理解は出来た事だろう。だが、感情とはそう簡単なものではない。この程度で誰かの下に付ける程、人は単純には出来ていない。

「さて、俺の主張は凡そ理解して貰えたと思う。だがやはりどこかで、どうして俺達海に暮らす者が山に暮らす奴等の下に付かねばならぬのか、と言う思いもあるだろうと言うのは俺にも容易に想像出来る。」

 俺がそう言うと、露骨に顔を顰めたのが清介の父の朱崎達介、吉右衛門の父の流澤實之、兼広の父で前一之津家当主の盛広、そして安継の息子の田之濱弘継の四人。この四人は俺との直接の関わりが全く無い人物だ。

 それから、’そうなんだよなぁ’と言った塩梅なのが波左衛門、安継、兼広の俺との関わりが有りつつも家を背負う立場に在る男達。

 最後に、’そうでもないかも’と言った表情なのが吉右衛門と清介の二人だ。俺に好意的な吉右衛門は兎も角、清介に抵抗が無いのはかなり意外な事だ。やはりまだ若いからだろうか。

 因みに各家が当主と嫡男、又は前当主の組み合わせで出席しているこの場で、波左衛門だけが独りなのは、彼の息子がまだ幼いからだ。年は寛太と同い年なので今回は張り切って寛太に村を案内して回っているし、自分より釣りの巧い春を敵視していたりする。


 それぞれの表情を確認した上で俺はとっておきの提案をする。

「そこでだ。海に関する事でも俺がお前達に有益な物を齎せると分かったら俺の下に付かんか?」

「そいつはどんな内容なんだ?」

 俺の提案に達介がそう尋ねる。つまり興味が有るのだ。これは良い兆候。

「現状お主達は彌尖大社へも曾杜湊へも船を出せない。勿論、船が小さくて沖に出すと危険と言う事もあるだろうが、漕いで行くには距離も遠いし波も荒い、帆を張って行くにも必ずどこかで逆風になるからだろう?」

 俺がそう尋ね返すと皆が頷く。彌尖大社へも曾杜湊へも航路はV字、ないしU字を引っ繰り返した様なルートを採るので往復のどこかでかならず逆風の場所が出て来るのだ。この時代の日の本の帆船にはこれがネックになる。所謂風待ちと言うものが出来るのだが、北敷、と言うか日の本の北岸では基本的に風向きが日毎にコロコロ変わる事は少ない。勿論陸風海風はあるのだが。

「じゃあ、俺が風に向かって走れる船を作ったらどうだ?勿論、風上に向って真っ直ぐって訳にはいかない。だが、ジグザグに間切って風上に進める船を造れたら俺の下に付かないか?」

 俺の提案に場は一瞬静まり返り、

「うはははは!そいつは傑作だ!いや、お前がそんな事を言うんだ。当ては有るのだろう?良いではないか。それが出来たら田之濱はお前の下に付こう。皆はどうだ!?」

 その沈黙は安継の大笑いで引き裂かれた。そして、俺に懐疑的な連中も毒気を抜かれ呆れた様子で次々同意して行くのだった。


「そうと決まれば宗太郎。例の物を持って来い。そうだ、波左衛門殿。冬の間、船大工を一人貸してくれ。飯富であれこれ相談したい。」

俺が宗太郎にそう命じると、宗太郎は席を立ち部屋へ荷物を取りに行く。そして波左衛門は、

「山の中で船を作るつもりか?」

 そう尋ねて来た。そりゃそうだろうと言う疑問だ。

「いや、最初は船は今有る物を使う。大事なのは帆と帆桁なのでな。だから、その辺りを荒れた冬の海ではなくうちの池を使って試そうと考えている。基本的な技が身に付いていれば隠居寸前の爺でも半人前の若造でも構わん。」

「分かった、大工と相談して決めよう。」

「持ってきました。」

 そこへ宗太郎が酒桶を抱えて戻って来る。

「おい、そいつはひょっとして。」

 それを見た安継が嬉しそうな声を挙げる。

「そうよ、まだまだ試行錯誤しているが何とか酒にはなったので持って来たのよ。お主等が断ったらこのまま持って帰ろうと思っていたのだがな。」

「そりゃ危ねぇところだ。酒に逃げられたとあっちゃあ北敷の名折れだからな。」

「何の名折れだ何の。」

 酒を見て、俺と安継の間でそんな遣り取りがなされると場の雰囲気は一気に明るいものへと変わって行った。


※※※


瑞雲高く〜戦国時代風異世界転生記〜資料集

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