3・北敷との交渉 弐

「まず、現状の確認から始めよう。我等飯富村も、北敷の村々も、このままでは先細りでやがて窮する。下手をすれば滅びかねない。そこまでは宜しいな?」

 俺が車座を見渡しながらそう投げ掛けると、多くの者は深刻な顔をして黙り込む。

「窮するのは分かるが滅びるとまで言えるのか?」

 その中で唯一そう反論したのは波左衛門だ。

「それは切端の村が他よりまだ大きいから言えるのだ。流澤村などは我等より人が少ないと聞くぞ。」

 その言葉に吉兵衛がそっと頷く。そう、切端村は人口百人近くを抱えるそれなりの規模の村だ(比較対象が北敷や飯富であればだが)。しかし他は五十人前後の村ばかりで、一番少ない流澤村は三十人を下回るのだと言う。

 これは単に土地の狭さの問題であって、海沿いにへばり付く様に暮らす北敷の村々ではこれ以上人が増えても、住む場所も田畑を拡げる土地もこれ以上無いのだ。

「この状態で稲が全滅する様な酷い不作でも起こればどうなる?一度で全滅とは言わぬが秋に米や雑穀が穫れねば冬が越せぬ。」

「だが、魚で食い繋ぐ事が出来ない訳ではない。」

「勿論そうだが、冬は船を出せぬ日も多いと聞いた。そうなれば体力の無い年寄や子供から弱って行く。それを防ぐには若い者が無理をして荒れた海に出るしかない。その結果は言わんでも分かるだろう?」

 そう、子供や若者が減った村に将来はない。波左衛門にはその辺の実感がまだないのかもしれないが理屈としては理解出来るのだろう、苦い顔で頷く。

 他の者はもっと表情が暗い。切端程の規模であれば一度位の飢饉ならば立て直せるかもしれない。だがもっと小さな村の者にはそれすら困難だろうと想像が付くのだろう。もしかすると現在進行形でそう言う状況に陥り始めている可能性もある。


「それを解決する為に、俺達を手駒の兵として遠濱の連中と戦おうって言う訳か?お前が一番戦が巧いから俺達が下に付けって事か?」

 今度は安嗣が挑発する様にそう尋ねて来る。

「いや、今はそれどころではないだろう。将来的にはそんな事になるのやもしれんが、そもそも現状では北敷の者は兵として期待など出来んぞ。」

 それに対し、俺は多分怒るだろうなぁと思いつつもそう伝えざるを得ない。

「なんだとぉ!俺達じゃ戦にならないってのか!?」

「では逆に聞くが、この中で人を殺した事の有る者は居るのか?喧嘩の弾み等ではなく戦でだ。そもそも戦に出た事が、それ以前に戦を見た事すら無いのではないか?何十人、何百人もの敵が槍を構えて己の命を奪おうと喚声を上げて突っ込んで来るんだぞ?」

 案の定、一番若い清介が激高して立ち上がる。他の皆もムっとした表情を隠さないのでそう尋ねると、今度は揃って悔しそうに下を向く。安継と吉兵衛は稽古の中である程度思う所があったのか悔しそうではあるものの納得はしている感じだ。

 因みに何百人もの敵が攻めて来る様な戦場に立った事なんて俺にも無いというのは内緒だ。

 しかし、この安継という男は唐突に隠していた爪を出してきた様に鋭い言動を始めた。今の質問だって答えは分かっていたのに清介達を怒らせる様な方向へ話を誘導した様に思える。

「だ、だけど、お前達兄弟の様な手練ればかりではないのだろう?俺達だって稽古を続けているんだ。手練れ以外の相手ならちゃんと戦えるはずだ。」

「馬鹿かお前は。お前の立場は何だ?お前は人を率いる立場の人間だぞ。それが雑兵の真似事をしてどうする。それで死んだら村の者はどうするんだ?領主の跡取りだろうが。分かっているのか?大体、たかだか半年稽古したくらいで一人前になるなら誰も苦労等せんわ。」

 清介の言葉に俺は呆れた様子でそう言い返す。安継は日々の会話で清介の抱える問題に気付いていたのかもしれない。

「そ、そうか…」

 顔を赤くして主張していた清介も俺の言葉でシュンとなる。


「だけど、俺達が戦の事を知らなきゃ他の連中を率いる事も出来ねぇ。それもまた現実だろう?」

 議論が一段落したところでそう言い出したのはまたも安継だ。他の者を見回しながらそう言うと、言われた連中は「それはまぁ…」と言った表情で黙っている。

「そんな事より…いや、そんな事ってこたぁないが、どうしちまったんだ安継。お前そんなあれこれ難しい事を言う奴じゃなかっただろうが?」

 そこに慌てた様子で波左衛門がそう尋ねる。

「――――そうだな…俺は飯富で稽古をする中で事有る毎にこいつに言われた事が有る。こいつは何かって言うと考えろって言うんだ。何で失敗したか、何で負けたか、考えろってんだ。俺は息子共に教えたいって言ったから余計に言われたんだと思う。理解して言葉に出来なきゃ教えられねぇって言うんだ。だから考えた。そこで分かった事が二つ有る。」

 安継はそこで一度言葉を切ると湯呑みから白湯を一口口に含む。その間、他の者は人が変わった様に話を始めた安継を呆然と見つめていた。

「さてと。まず一つは、こいつは色んな事をいつも考えてるんだ。兵法の事だけじゃない。村の事、村の外の事。どうすれば良くなるか常に考えているみたいだ。こいつがやる事には一々ちゃんと理由が有る。俺は昔からそうだからとか、皆がそうしてるからってやってるばかりだった。だから俺も考える事にした。その結果分かったのが二つ目だ。俺達は物を知らな過ぎる。田畑の事、村の外の事、兵法に薬の事、商売の事、何にも知らねぇ。知らねぇと考えようとしても考える材料がねぇ。知らないと考えて判断するのも難しいんだ。勿論考える事に慣れてないってのも有るだろうがな。だから、取り敢えず俺はこいつの話を最後まで聞いて見ようと思うがお前等はどうだ?」

 その言葉に何か言い返す者は俺を含めて誰も居なかった。


※※※


瑞雲高く〜戦国時代風異世界転生記〜資料集

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