2・北敷との交渉 壱
あの後で利吉と美代の子は、
産まれたての子は比喩で無く毎日姿が変わっていく。その全てが愛らしいのだが、俺は村を離れなければならない。忸怩たる思いで一日でも早く村に帰る事を心に誓いながら俺は村を出ることにした。
朝靄の立ち込める中、早朝に村を発つ。今朝は冬と言っても良さそうな程の冷え込みで、一緒に歩く皆の息が真っ白く空に昇って消えて行く。
目指すは北なのだが、双凷山を回り込まなければならない為に一度西へ向かう。その為、石灰石の運搬の為に馬を曳いて石切場へ向かう佐吉と満助とは途中まで同じ道を行くことになるので、手土産の米俵は別れ道まで馬の背だ。
石灰石運搬は、本来馬の世話を取り纏める八郎含めもう少し大人数で行いたいのだが、腕力の有る彼は現状最優先である門扉の設営に回さざるをえない。
かと言って今後冬場に予定している普請を見越せば、門の建て替えに伴って基礎に多量の石灰を使用してしまい、石灰の備蓄が底を突きかけている現状は看過出来ない。何故なら石灰の生産にもある程度の時間が掛るからだ。その為、少量でも運搬を継続し続けるという選択を取らざるを得ないのだ。
それから、今回同行させる事にした宗太郎と寛太の二人も一緒だ。寛太はそろそろ外を見せてやっても良い頃だろうと、宗太郎はちょっと思う処があって連れてきた。
因みに釣り名人は赤子の世話に女手が要るし、赤子はいつ増えてもおかしくないと言う事で今回は留守番となったのだが、出掛けて行く宗太郎を凄い形相で見送っていた。
===寛太===
初めて村を出た。師匠や弥彦さんとの山歩きの様子を見て、大将がそろそろ北敷くらいまでなら歩けるだろうと連れて行ってくれる事になったんだ。
今まで、宗太郎兄ちゃんや春姉ちゃんが出掛けて行くのを指を咥えて見送って来たけれど、これからは俺だって外に出られるんだ。
昨日は途中の河原で夜を明かした。宗太郎兄ちゃんは大将と不寝番をしていたけれど俺は気が付いたら朝になっていた。
「寛太、大丈夫か!?」
気が付くと大分前を行く大将に大声でそう心配される。
大将は米俵を背負っている。宗太郎兄ちゃんも小さいけれど酒桶を背負っている。でも俺は背負わなくて良いって言われた…くそぅ。
今日は北敷までしっかり歩いて次は荷物を持っても大丈夫だって認めて貰うんだ。
「だ…大丈夫!」
慌てて大声で返事をしたつもりだったけれど出たのは掠れた声。疲れてなんかないぞ…
「見えたぞ!」
先を指差しながら今度は宗太郎兄ちゃんがそう言った。
見えた?指差す先を追いかけて目を上げると、木々の上に黒くキラキラ光る場所がある。見えるところは全部それが繋がっている。あれが海?
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===宗太郎===
「さて、これで希望通り皆が集まった、話と言うのを聞かせて貰おうか。」
車座に座った人達の一人、何度かうちの村にも来た事のある切端の波左衛門殿がそう切り出す。
切端村に着いて四日目。大将が着いてすぐに波左衛門殿に北敷の領主を全員集めて欲しいと頼んだのだけれど、今日その全員が揃ったので切端の館でこうして集まっているのだ。
一番奥には波左衛門殿、その右隣は多分流澤村の領主だ。何故なら俺が大将の後ろに座っている様に、吉兵衛殿が後ろに座っているからだ。それからその隣は田之濱の領主だろう。後ろに安継殿が座っている。
逆に波左衛門殿の左側は一之津家の当主の兼広殿で、その隣は清介の奴が後ろに座っているから多分朱崎家の当主だ。そして俺と大将は波左衛門殿の正面。広間の一番入り口側に座っている。ここで大将は何を話す気なんだろうか。
「うん。端的に言うが、お主等俺の下に付かぬか?」
その瞬間、部屋の空気が凍り付いた…
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俺の発言に北敷の村々の領主が絶句している。まぁ、そうだろう。突然子分になれと言われたのだ。しかもこの中の何人かは初対面なのだ。
「いきなり呼び付けておいて一体そいつはどういう了見だ?」
右隣に座る朱崎達介がこちらを睨め付けながら低い声で最初に口を開いた。息子の清介もそっくりな表情で良く不満を表していたものだ。他の者も多かれ少なかれ似た様な表情をしている。唯一、吉兵衛だけは義父の後ろで困った様な表情を浮かべているが。
「それは俺も聞きたいところだ、」
「まぁ、待て。」
それに続いて中心人物の波左衛門も不満を漏らそうとした時、それを遮ったのは意外にも田之濱安継だった。
「祥治、俺はお前が意味も無くそんな事を口にする奴ではないのは分かっている。だが、こちらを試そうとする様な物言いは関心せんぞ。訳が有るのなら最初からキチンと話せ。」
これには波左衛門も目を丸くしている。俺も吃驚だ。飯富に居る時は兎角口より手が先に出る様な言動ばかりだったのだ。
「試すつもりはなかったのだが…さて、何から話すか…」
試すつもりはなかった。これは本当の事だ。だが、最初に結論を言ったのはある程度の組み立ての内ではある。更に安継の予想外の発言で場の空気は取り敢えず話を聞くと言った感じに落ち着いた。これは予想以上に話が進め易いかもしれない。
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瑞雲高く〜戦国時代風異世界転生記〜資料集
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