104・小枝の居場所
「あ、あのっ!」
そう声を挙げたのは毎日根を詰めて機織りをしていた小枝だった。
「うん?どうした小枝?」
「こ、これ…やっと出来たから…」
俺の問にそう答えて、葛籠から小枝が取り出したのは。
「着物、いや打掛か?」
くすんだ薄黄色と薄紅色をした着物の上から羽織る打掛だった。
「去年、夫婦になる人が居たのに綺麗な衣装も用意出来なかったから…一年遅れちゃったけど…花嫁さんに着て欲しいなと思って」
小枝は不安気な表情で視線を落としながら小声でボソボソとそう言う。
「お前、それでしきりに織機を急かしていたのか?」
俺の問に小枝がコクリと頷く。見回すと特に女衆が何とも言えない表情をしている。それは決して華やかとは言い難い、されど落ち着いた優しい色合いの布で縫われていた。小枝がここのところ機織りではなく染色や縫物をしていたのは何となく知っていたがこれを作っていたのか。
「あ、あんた、そうならそうでちゃんと言ってくれれば良いじゃないか」
それを聞いて勢い良く小枝に声を掛けるのは、こちらも大分腹が大きくなった女衆の纏め役的な立場であり、小枝の言う花嫁の一人でもある田鶴だ。
「だ、だって…私だけ何にも村の役に立ててなかったし…」
対して、織機を強請っていた時の威勢はどこへやら、どんどん小さくなっていく小枝を見る。案外こちらが本来の小枝の性格なのかもしれない。
「はぁ…それ貸しておくれよ。私達が来て良いんだろう?お豊ちゃん、どっちが良い?」
田鶴はそ溜息を吐きながらもそう言って打掛を受け取ると、早速もう一人の花嫁である豊と嬉しそうにあれこれ話を始める。
それは直ぐに他の女達も巻き込み、更には己の亭主に「どちらが似合うか」等と聞きだすに及ぶ。その結果、やれ「私も着たかった」と悔しがる既婚の女衆だの、「どちらでも変わらん」等と言って女達に罵詈雑言を以って袋叩きにされる亭主だの、状況は村中を巻き込んだ騒ぎとなったのだった。
だが、それは亭主の言葉に怒りを露わにする女房も、女房に限らず女達から罵詈雑言の嵐で滅多打ちに遭っている亭主もどこか楽し気な様子であって、これが日常である村こそが我等の目指すべき処であろうと思わせるには十分な光景であった。
===小枝===
皆が私の作った打掛を順番に着ては笑っている。困らせて怒らせてばかりだった皆が嬉しそうに楽しそうに笑ってくれている。
この村に残ると、この村の人間になると心に決めた時に思い描いた光景がやっと目の前に広がった。
嬉しい。嬉しいけれど、それより心に広がるのは安堵の方がが強いな。これできっと私はこの村に居て良いって皆が主ってくれるはず。
私がそんな事を思っていると、大将が皆に声を掛けた。
「皆、楽しそうで何よりだ。小枝の腕は良く分かったであろう。だけどな、俺はこんな程度で満足して欲しくないのだ」
え?予想だにしない言葉に心が凍り付く。これじゃあ駄目だった?これじゃあまだ足りないの?
「俺は普段もこれ程の物でなくとも、今のような襤褸は着なくて良い暮らしにしていきたいと思っている。それも、そう遠くない内にだ」
大将が話を続けるけれど、真っ白になった頭には何も入って来ない。
「だから、田植えや稲刈りの時期を除いて小枝は機織りに専念させたいと思う。俺としてもやって貰いたい仕事も有る。皆思う処は有ろうが、小枝は鍛冶や大工、炭焼きと同じに職人衆と言う扱いにする。協力してやって欲しい」
私が呆けている間に話が終わる。え、何?どうなったの?
どうも、私は好きなだけ機を織って良い事になったらしい。呆けた頭で皆に聞いた話を纏めるとそう言う事だ。好きなだけ機織りが出来るっていう事だ。
でも、近い内に皆の普段着も新調しなければいけないらしい。近い内っていつだろう…来年の内にとか言われても無理なんだけど…
喜びの中で戸惑いを感じていると何故か私に打掛を着せられた。
「え?私は違う、」
「花嫁の為に作ったんだから花嫁が必要だからね」
そう訴えても、そんな良く分からない理由で皆の真ん中に押し出されてしまう。
状況が理解出来ずにまごついていると、男の人達の間からは満助さんが押し出されてくる。
「おい、満助。良い加減覚悟を決めろ」
「煩いな、分かってるよ…」
押し出された満助さんは後ろからお兄さんの嘉助さんにそんな事を言われて不満気にしながらも顔を赤くして私の方を向いて、
「…お、俺と、夫婦になってくれないか?」
そう言ってくれた。
あぁ、私は漸く本当のこの村の人間になれるんだ。溢れ出す涙と共にそう思った。
※※※※※※
村に平穏が訪れておりますが、これは長く続く平和か、はたまた一時の平穏か。三章は次回で終わりを迎える予定です。おそらく文量も多くないと思いますので早い内にお届けできるでしょう。
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