101・見逃す訳には
「怪我の無い者は俺の所に、怪我をした者は仁淳の所に集まれ!仁淳、怪我の重い者から優先だ。最初に傷をしっかり洗うのを忘れるな!御坊、怪我の軽い者は御坊が手当てをお願いします」
三十近い敵が倒れる坂の上でそう指示を出す。ここまでも大事であったが、戦は後始末も最中と同じ位大事なのだ。皆疲れ果てている所に更に血生臭い重労働が始まるのだから。
まずは、怪我の手当。死者は居ないと思いたいが、手足や目を失う事など戦場では珍しい事では無いからな…それから、無事な者で生き残った敵の捕縛だ。
「ギャっ!」
そんな事を考えていたら坂の途中から悲鳴が上がる。隙を突いて逃げ出そうとした敵を弥彦が射たようだ。
「弥彦、良くやった!怪しい動きをする者が居たら構わず撃て!」
俺はむしろ倒れ伏している敵にこそ聞こえるように、そう大声で弥彦に伝える。
「へい、ちっとでも動いたら穴開けてやりますわ!」
弥彦も心得たものだ。聞かせるように威勢良くそう答える。
そう言えば崖から転げ落ちた者がいた。逃げ出せる可能性が一番高いのはあいつになるな。そう思って崖際から下を覗くと、首の骨が折れたのか、首がおかしな向きに曲がった男の体が静かに転がっていた。良し、こちらは問題無いな。
生き残った者でも頭を酷く怪我した者や、俺や祥猛の槍で深手を負って既に意識の無い、又は会話の儘ならない者はその場で止めを刺して行く。助からぬなら無駄に苦しませぬようにするのだ。それでも、残った敵の数は七人程も居た。
その中には敵の副将格らしき男も交じっている。尤も、そいつは祥猛の槍を脇腹に叩き込まれている。会話が可能と言うだけで長くはないだろう。
「お、おいっ!お、俺達は違うんだ!手伝わされただけなんだ!」
「お、俺もっ、」
副将格の所へ向かう途中、怪我の軽い若い男二人が必死な表情でそう呼び掛けて来る。
「後にしろ。今はお前の相手をしている暇が無い」
だが、今は一番多くの情報を握っているであろう副将格が優先に決まっている。俺は鰾膠も無くそう言うとその場を通り過ぎ、門の中に寝かされた副将格の男の脇に片膝を突いた。
「おい、話が出来るな?」
「…あぁ」
俺が声を掛けると男は薄っすら目を開き、そう答える。
「何かの際にはと、頭領から言い含められている事は有るか?」
「いや…特に無い。あの人にとっては、戦っている時以外はついでのようなものだろうからな。大した未練は無かったのだろう」
何とも振り切った生き方をしたものだ…心中でそう呆れながらも質問を続ける。
「隠れ家は廃寺と聞いたが、残っている手下共は居るのか?」
「あぁ、怪我をして戦に出られなくなった奴等が何人かと、下働きにと近くの村から攫ってきた女達が少し居る」
「では、梶原の一党に最早戦える者は居らぬと言う事で間違いないな?」
「あぁ…これでさっぱり仕舞いさ」
「かなり貯め込んでいるのか?」
「寺にか?…秋だからな。食い物はそれなりに有る。だが、聞きたいのは金目の物だろう?食い物以外はな…頭は銭なんかは手に入れば酒を買うか、皆にやっちまうかだし。そもそも、ここいらじゃ銭なんて殆ど使われやしないからな。大した物は手に入らんのさ。」
「鉄の類は?武器やら具足やらなら手に入るだろう?」
正直な話、米より銭より今は鉄が欲しいのだが、そう旨い話は無いらしい。
「凡そはここへ持って来ている。多少の鈍らやら大工道具なんかは寺に有るだろうが…それ以外で要らぬ物は売り払って酒に替えてしまうしな…」
大分、力の入らなくなった様子でそう答える男。そろそろ限界だろう。
「名を聞いていなかった。何か言い残す事は?頭領の分もあれば併せて伺うが」
「重昌、
俺の問いに一息でそう答えた男、葛谷重昌はそれっきり目を開ける事は無かった。彼は彼なりに殉ずるものが有ったのだろう。
廃寺の隠れ家にはそれなりの物資が蓄えられている様子だが、これは諦めよう。何しろそこに辿り着くには幾つかの村を通過せねばならないのだ。現状、これ以上早瀬の勢力と接触するのは得策とは思えない。
そんな事を思いながら残りの生き残りの方を振り返る。
「な、なぁ!俺達は、」
「祥猛、全員だ。例外は無い」
再び、こちらに呼び掛ける男を無視して祥猛にそう告げる。
「良いのか?」
「構わん。嫌々だろうがこちらに弓を引いたのだ。生き残ったから見逃せ等と都合が良い話だろう」
少し困惑した様子で聞き返す祥猛にそう返す。
「ま、待ってくれ!俺は領主の息子だぞ!」
「だから何だ?つまり領主が直々に襲撃に協力していると言う事か?」
俺達の会話を聞いて更に必死になる男。それにそう言い返すが、そこに柳泉和尚が話に加わる。
「この者達も殺してしまうのですか?」
「えぇ、無理矢理兵を出させられたのだと言うのは分かります。ですが、自分達の安全の為に我等の明日を奪おうとしたのです。許す訳には行きますまい。」
「しかし、彼等も早瀬の民…何とか…」
俺の意見にも眉根を寄せて言い募る和尚。その後ろでは他の者も不安気にこちらを伺っている。やはり、賊に無理矢理協力させられていたと言う点に同情するのだろう。これは、建前だけでは駄目か。
「それに、こいつ等は我等の戦い方を間近で見ています。生きて戻しては次に攻めて来る時には対策をして来るやもしれません。皆の安全の為にも見逃す訳には参りません」
俺はそうきっぱりと言う。
「それは…では、ここで働かせるとか…」
「ここから彼等の故郷は近い。目を離した隙に抜け出されては手遅れになる。特にこの村は門の守りに人を避けませぬ故…逃げた者と菊婆が鉢合わせでもしたら…」
それでも割り切れぬ様子の和尚はそう続けるが、それは見逃す以上の危険を孕んでいる。
それを指摘すれば和尚も黙るしかない。その門の守りを担う一翼は自分なのだ。逃げ出した若い男と対峙して自分一人で抑え込む事は不可能だと理解しているからだ。
「ま、待て!誰にも話さない!だから、」
男は更に声を大にしてそう言おうとするが、俺はそれを最後まで言わせる事無く槍を繰り出した。
「ひっ、ひぃっ!」
もう一人の男がそれを見て悲鳴を挙げかけるが、それが最後まで発せられる事は無かった。
糞っ…賊に人なんて出すからだ。嫌な思いを増やしやがって…
※※※※※※
100話到達に対するコメントを幾つか頂きました。ありがとうございます。通算ではなく三章が始まって100話です。閑話が挟まりますので実際には100ではききません…だのに物語中では漸く丸二年が経つだけと言う…我ながら話の進まない作品だと思います。三章は次の冬で終わる予定ですのでもう少しお付き合い下さい。(もちろん、四章もしっかり構想しております。)
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