100・梶原党 捌
門の前には敵が殺到している。その数、凡そ十人程か。ここまで侵入を許してしまったが、ここまで数を減らせたと考える事も出来る。目の前の敵だけ退ければ我等の勝ちなのだから。
そして幸いな事に、ここに来て敵に尻込みする者が現れ始めた。壱号突撃槍車改の迎撃によって不運にも突き飛ばされた賊が勢い余って崖から転落した事が効いているのだろう。
これは、幸達が余程必死に押したのも一因だろうが、一番は落ちた男の運の悪さに有るだろう。突き飛ばされた後、真後ろに居た仲間の肩か頭に自分の足が引っ掛かったのだ。結果、頭だけが後ろへ進む形になっり、空中で回転する形になったのだ。そして、その勢いは地面に落ちた後も収まらず、そのまま後ろにでんぐり返しする様な恰好になって崖から落ちて行ったのだった。
智と猛によってあそこに逆茂木擬きが設置された時はこれまでかと思ったが、知恵を絞って改良した甲斐があった。あの車は、この冬に門が板製のきちんとした物に作り直されたら御役御免なのだ。
そんな要らぬ感傷に浸っていたら門の前を避け、崖際を進んだ敵が土塁に取り付こうと試み始めた。こちらは二人、猛の方にも三人取り付いた様だ。こちらが少ないのは門の前を横切る間に横から槍車で突かれるかもしれないと考えた者が多いからか。だが、残念ながらあれは目の前を敵が横切った瞬間に機敏に突き出せる様な代物ではないのだ。
直ぐに二人が土塁の下に取り付いた。拙いな、こちら側は俺の他は三太と宗太郎だけなのだ。なんとか俺一人で二人を抑えつつ、猛の方が優勢になるのを待つか。盾相手に槍は効果が薄い。
「宗太郎、大き目の礫を紐に包んでよこせ!」
俺は槍の石突で敵が土塁に登るのを妨害しつつそう叫ぶ。
だが、相手も黙って待ってはくれない。
「竹槍が出て来る場所は決まってるんだ!その間は縄で繋がってるだけなんだから、そこから攻めりゃ良いんだよ!」
敵の大将が最後の柵を越えた所でそう怒鳴ると、尻込みしていた連中も気持ちを立て直して再び逆茂木に取り付き始める。
しかしそこは幅一間しかない門の前、先程は幸達の備えに譲ったがここからでも十分に槍が届くのだ。
槍を回して穂先を前に戻すと土塁に取り付いた敵の後ろで逆茂木に登ろうとする敵を横合いから突く。
「手前ぇ等一体何人居やがる!」
胸壁の上に本格的に身を曝した俺に向って敵の大将、梶原某がそう怒鳴る。何人とはどう言う意味だ?
「悪かったな、こちとら三人兄弟よ!」
そう答えたのは俺ではなく、某の後ろで胸壁を飛び越えて敵の後ろに飛び降りる祥猛だった。
敵を盾ごと踏み潰す様に飛び降りた祥猛は踏み付けた盾を足場にもう一度飛び上がり、体勢を崩して倒れて行く盾持ちと、先に転がり落ちていた二人の盾持ちに素早く槍を叩き込んでいく。
だが、門の前にはまだ七人程の敵が残っている。早急にこれ等を排除しないといくら祥猛の腕が立つと言えど危険だ。何人かこちらに引き付けられるか…いや、俺だけでは現状の二人以上はちと厳しい。
敵は全て西の土塁と門からは槍の届かない位置に入ってしまっている。何か打てる手は…
===鷹山祥智===
あの阿呆め、あんな所に飛び降りやがって!これじゃ、こちらは完全に遊兵になってしまうではないか。そう心中で毒付く。
唯でさえ敵との高低差が少なくなったお陰で狙いが付けられなくなっていた所に、あの阿呆が飛び降りた。お陰でここからでは何も出来なくなってしまったのだ。
「弥彦は逃げ出す奴が居たら狙い撃て。」
そう後ろに続く弥彦に指示を出しながら土塁の上を走り出す。
「佐吉!何でも良いから石を投げろ!紐なんか要らん!手で良いからドンドン投げろ!」
走り出した途端に前から兄者の指示がそう聞こえる。
しめた。それなら、
「猛、右に寄れ!左は俺がやる!」
土塁の半ば迄走った所でそう叫ぶ。
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===梶原克時===
「佐吉!何でも良いから石を投げろ!紐なんか要らん!手で良いからドンドン投げろ!」
あいつだ!坂の頂上の壁の向こうから最後に姿を現した男。あの指示の出し方は間違い無くあいつが頭だ!良く見れば具足も一際良い物を身に着けている。
今までは姿を見せずに来たのはあいつがやられたらそこまでだと奴等も分かっているからだろう。 だが、周りを固める兵の姿は無い。攻めるならあそこだろうよ!
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俺の指示を受けて慌てて男達が石を投げ始めるが数が少ない。半分は門の守りに回ってしまっているからだ。それを見ていた女達も石を投げ始めたが残った敵も礫に構っていられる状態ではない。体に当たる礫を気にする様子も見せずに逆茂木に取り付いたり残り少ない盾で味方を庇ったりし始める。
「縄を掴め!掴んだら切っちまえ!」
再び突き出される槍車に何とか対応しようとする敵に向けて梶原某がそう指示する。
そして、本人は槍を投げ捨て刀を抜くと、逆茂木に登ろうとする敵とこちらの土塁に登ろうとする敵の間に走り込み、逆茂木から飛び出す根や枝を梯子の様に使って身軽に土塁に上がって来る。
慌てて盾を突く槍を返すが刀で容易に弾かれてしまう。結果、土塁の上に登る事を許してしまい、胸壁越しに殆ど密着した態勢となる。こちらは槍、相手は刀でこの接近戦は甚だ不利だ。だが、刀を抜く猶予はもう残されていないし、盾持ちの相手もしないといけない事を考えると刀に持ち替える訳にもいかない。
「お前ぇが頭だろう!お前ぇさえやっちまえばこっちの勝ちよ!」
歯を剥き出しにした獰猛な表情でそう吐き捨てながら切り掛かって来る梶原某。
こちらは槍の柄で受けるしかない。ちょっとでも柄の上で歯が滑ってしまうと指を持っていかれかねない不利な態勢だ。
しかし幸運なのは、相手が居るのは胸壁を立てた事で極端に狭くなった外側の土塁の上部と言う事だ。
狭い足場では両足が揃った状態から動かすことが出来ない為に、踏ん張って戦う事が出来ない。対して俺の居る内側は胸壁を立てた際に足場を確保する為に拡幅して人が擦れ違える程度の幅が確保されている。
踏ん張って槍を押し返すと、上体を押し返された相手は左手を刀から離し、胸壁の上部を掴む。
「宗太郎!盾持ちを何とか食い止めろ!三太も狙える奴を狙え!」
俺はそう命じながら再び振り下ろされる刀を受ける。
敵が片手になった事で斬撃の重さが格段に減少した。これならば反撃は出来ないが受けるだけならいくらでも受け切れる。隣では俺が命じた石を包んだ投石紐を慌てて投げ捨て、槍を手にした宗太郎が胸壁から槍を突き出し始めた。正直まだ弱い宗太郎の腕力では大した足止めにはならないだろうが無いよりはマシだ。
数合打ち合った頃には、敵は徐々に数を減らして居た。祥猛が白兵戦に移行した事も大きいが、心許ないと思っていた投石が思いの外効果を上げている様だ。何せ、至近距離なので衝撃が大きいのだろう。一方、槍車は完全に見切られてしまった様子で、突き出しても大した効果が得られていない。逆茂木に登り切った敵が出始めた。
「八郎!門からも槍を突き出せ!」
「随分、鍛えてるみたいじゃねぇか!」
俺の指示を聞いて、俺と押し合いになっている梶原がどこか嬉しそうにそう叫ぶ。
「こちとら周り全部が敵なんだよ!出来る事は何でもしないと滅ぼされちまうだろうがよ!」
「そりゃあ良い!俺達と似た様なもんじゃねぇか!」
「一緒にすんじゃねぇよ!」
何がそんなに嬉しいのか実に良い表情で切り掛かって来る。そうか、こいつ戦好きの戦闘狂だとか言っていたか…
「お前みたいのと一緒にされると迷惑なんだよ!」
俺はそう叫び返すと力の限り押し返す。
切り込みが一本調子になっている。更に暫く打ち合った後にそう感じる。何より、横で土塁に登ろうとしていた二人が背中から矢を受けて転がり落ちたのが大きい。祥智が駆け付けて来て狙い撃ちにしたのだ。
横に気を遣う必要が無くなった。これなら…左手を槍から離し、上体を胸壁の上から乗り出す様に相手に体をぶつけに行く。狙いは刀を持った相手の右手。槍の柄で振り下ろし始めの刀の勢いを殺しながら、左手で相手の右手首を下から掴みに行く。
「何っ!?」
驚愕に眼を見開く梶原。
立ち直る暇は与えない。右手も槍から離すと拳を兜の隙間から顔面に叩き込む。「ぐぇっ」と言う声が上がる所にもう一発叩き込むが、三発目は壁を掴んでいた左手で逆に右手を掴まれ阻まれる。
「糞がっ!」
鼻から血を吹き出しながらそう毒吐く梶原。
だが、これでお互い動きを封じられた。奴はそう思っているだろうが、こちらとしてはこれで十分。相手の動きを封じたのだ。
「がぁっ!」
そして直ぐに梶原は背を仰け反らせ、口から思わずそんな悲鳴が零す。その背にはきっと矢が突き刺さっているに違いない。
力が抜けた。掴まれた右手を直ぐ様振り解き、再び顔面に拳を叩き込むと両手で力一杯に相手を押す。押された梶原はそのままグラリと後ろに倒れて行き、逆茂木の上で門から突き出される槍に手子摺っている手下に倒れ掛かった。俺は手を離したきり体と胸壁の間に挟まっていた槍を掴み直すと、梶原の首元に叩き込む。すると、首の左から血が吹き出し、梶原某はそのまま崩れ落ちた。
「か、頭がっ!」
そして、その様子を見た手下共に動揺が走る。
特に、梶原が倒れ掛かっていた男達は至近距離でそれを目撃した事もあって、動きが完全に止まっている。それを見逃す手は無い。すかさす槍を引き戻して次を繰り出した時には、八郎達の槍が既にそいつらに伸びていた。
残された数人には最早戦意も無く、直ぐに倒された。中には武器を捨て降伏しようとする者も居たが、そんなものは認める訳も無く槍に掛かって倒れて行く。
「…おい、何であんな大層な壁を作ったのに門は竹なんだ?」
立っている敵が居なくなった頃、逆茂木の上に横たわり、虫の息の梶原某がボソボソと俺にそう問い掛ける。
「冬に切った木がまだ乾いていないんだ。仕方無いだろう。」
こいつは何を言っているのだろう?そう思いつつもそう答えると、
「けっ、そんな仕様も無い理由かよ…」
梶原は馬鹿馬鹿しいと言った具合に息を吐き、最後まで戦の事を考え続けた男はそのまま目を閉じた。
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