99・梶原党 漆
===梶原克時===
門は目前だ。最後の柵に取り付いてそう思ったその時、呆気に取られる程の大音声が響き渡る。そして、それに続いて揃った動きで振り下ろされる槍が盾の上部を叩く。いや、槍はほんの一部。殆どは竹槍だ。
狙われたのは上段の盾の上部。皆が一瞬呆気に取られたのも拙かった。どこか力が入り切っていなかった部分も有ったのだろう。斜めに構えた盾は上から叩きつけられた槍によって空を向く。結果、上段と下段の盾の間にぽっかりと隙間が口を開けた。
「構え直せぇ!踏ん張れぇ!」
柵の破壊を督ていた俺よりも盾持ちを督ていた重昌の方が一瞬反応が早かった。咄嗟にそう指示を出すが、その時には既に壁の上から突き出された槍が二突きされていた。恐ろしい冴えを以って突き出されたそれによって下段の者は顎を、上段の者は腹を狙い澄まして突き抜かれてしまった。ついさっきまで万全の構えだった守りが一瞬にして歯抜けにされた。
背の高い男だ。地味だが悪くない造りの腹巻を身に纏い、どう見ても数打ちでは無い拵えの槍を構える男が壁から上半身を乗り出すようにこちらへ槍を突いた。
奴が頭か!やはりあの女が率いていたのではなかった!今まで見てきた組織立った投石に加え、見事に揃って叩き付けられる槍。成程、これ程の武威を持つ男が率いているのなら頷ける。
「隙間を埋めろ!」
重昌がやられた二人の穴を埋めようとその左の盾持ちの袖を引っ張っている。しかし、それは…
「やめろ重昌!」
俺の声に反応したのか咄嗟に身を捻った重昌だが、盾の隙間に身を曝しまった重昌に向って既に突き出された槍はそれで避けられる程甘いものでは無く、右の脇腹を腹巻の上からザックリと裂かれた重昌は ’どうっ’ と地に倒れ伏せる。
「重昌ぁ!お前ぇ等、とっとと隙間を埋めるんだよ!死にてぇのか!」
倒れた重昌を盾の影に引っ張り込みながらそう怒鳴る。
「おい、重昌っ!おいっ!」
声を荒げて目を閉じた重昌を揺さぶる。
「お頭、痛ぇよ…」
薄っすらと目を開いて重昌が声を出す。
「おい、重昌っ!」
「ドジっちまった…でも次郎の若様よ。ありゃあ、あんたが探してた相手だよ。本当の戦の相手って奴だ。俺の事なんか気にしてないでとっとと死合わにゃ損ってもんだ。ほら、とっとと行った行った…」
次郎の若様、その懐かしい名で俺を呼んだ重昌は ’シッシ’ とばかりに手を振ると目を閉じた。その喉が微かに呼吸で震えるのが見て取れる。
家柄だけの落ちぶれた家だった。所領もめっきり減らし、かつての栄華にしがみ付くだけが能の家の次男に生まれた。
親父は無け無しの兵を搔き集めて戦に出ても、配される場所はいつも後備え。家柄だけは良いから討ち死にでもされたら面倒だ。おまけに弱兵と来た日にゃ誰だって後備えに配置するってもんだろう。
そうして毎回戦を眺めるだけで帰って来る癖に、偉そうに能書きだけは長々と垂れやがる。餓鬼の頃からそれが腹立たしくて仕方無かった。古の
だから元服の直後、屋敷から古臭い武具としみったれた額の銭を持ち出して家を出た。そんな俺に付き合ってくれたのは重昌だった。
古くから梶原の家に付き従い、一緒に落ちぶれた家。その次男坊が重昌だった。同い年だった俺達は当然の様に一緒に育った。
「仕方無いから付き合ってあげますよ。」
そう笑いながら言って一緒に家を捨ててくれたのは重昌だけだった。
だが、家を捨てた俺は暫くして又腐った。賊に身を窶しても最初はトントン拍子で事が巧く運ぶのが、手下が増えていくのが面白かった。
だが俺が真に求める昔語りの中に出て来る様な戦は最早存在しなかった。行き着いた先が彌尖だったのも悪かったのだろう。元来ここは武士の土地では無かった。
だが、今更働き場も変えられない。いつしか、俺は本物の戦を渇望しながら鬱屈と毎日を過ごす様になっていた。
そんな俺に重昌はここが俺の求めた場所だと言う。根本的にここは攻め難く守り易い地形だ。多少の苦戦は織り込み済みだった。
だが、続々と数を減らす手下。残りはもう十人と少しだろう。狙い鋭く冴え渡る弓使いに、凄みすら感じる大柄な槍使い。良く考えりゃ、あの弓使いだってこんな村に居る様な使い手じゃあない。確かにここは俺の探していた場所なのかもしれん。俺にもそう思えて来た所で目の前の最後の柵を結ぶ縄が切られる。
「おら、手前ぇ等行けぇ!」
そう手下共に命ずると、俺はチラリと重昌の方を振り返ると前に向き直り、喚声を挙げる手下に続いて柵を乗り越えた。
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===鷹山祥猛===
兄者の見立て通り、盾の上を叩けば敵の守りは直ぐに崩せた。だが、立て直しも早かった。
多分、最後にやったのが副頭領格だと思うんだが、その直後に頭領の一喝で再び守りが固められてしまった。減らせた数はたったの三人…これで残りの敵は十と少し。怪我して寝てる奴を勘定に入れればもう少し増えるか。
再び攻めあぐねると直ぐに最後の柵が突破される。残るのは門の前に設置した逆茂木擬きの木の根やら枝やらを組み合わせた物だけだ。夏の野分の時に下の河原に転がって来た奴を運んで作った。兄者はお気に入りのへんてこな竹槍の車が使えなくなると渋っていたが、智の兄者と説教…もとい、説得したら渋々引き下がった。
尤もその後、千次郎の奴と一緒に逆茂木の上に登った敵を竹槍で突く形に手直しした物を拵えてご機嫌だったのには二人して呆れたものだが…
さて、敵は門の前まで辿り着いた。このまま全員で門に攻め掛かるのかそれとも…兎も角、門の守りを厚くせにゃならんな。
「八郎、半分連れて門の守りだ。」
「分かりました!利吉と竹丸は付いて来い!佐吉さん、こっち頼む!」
俺がそう言うと、八郎は直ぐにそう決めて土塁から飛び降りて門の守りに回る。
先頭が逆茂木に取り付いて上へ登ろうとしている。幅が一間しかない坂道は最後の門の入り口も一間しかない。具足を着けたら三人並ぶだけで中々に窮屈だ。逆茂木は別に埋めちゃいないので引っ張りゃどかせるんだけどそんな事考えもしないのか、それとも手っ取り早く越えてしまいたいのか。まぁ、後者だろうな。俺だって逆の立場だったらきっとそうする。
「幸、今だ!」
三人が逆茂木に攀じ登った所で兄者の声が響く。
幸達が全速力で車を押す。突き出される竹槍の間には縄が渡してあるので逆茂木の
上に登った者は避けようが無い。能々考えると中々酷い仕組みだ。
三人の内、両脇の二人は縄に引っ掛かって逆茂木から転げ落ちるが、真ん中の奴は ’バカっ’ と言う音を立てて竹槍が胸の真ん中にぶち当たる。勢い良く後ろに吹き飛ばされたそいつは後ろに居た仲間の上体に足を引っかけ、そのまま頭から後ろへ落ちて行き、そして悲鳴と共に消えて行った。
え?落ちたの?崖から?なんて酷い仕組みなんだ。もっと大掛かりに門の前に立った敵を纏めて突き落とす様に出来ないだろうか。
しかし、兄者はここまで考えてあれを作ったのだろうか…おっと、そんな事を考えていると盾を持った奴の何人かが土塁を登ろうとし始めた。兄者の方にも取り付いた様だ。ここまで来ると土塁は腰の高さ程しかない。門が塞がれている以上一つの選択肢ではあるが、そう簡単にここが登れると思われては困るな。
「大石だ。盾の上に落とせ。」
俺は残った男達に指示を出す。
直ぐに竹槍を置いた男達が敵の場所を確認すると大石を壁の向こうに落とし始める。すると一つが盾の中央に当たり、盾を持った敵は姿勢を崩す。当たった石は、傾いた盾に沿って転がると隣の男の腰に当たる。
もう良いだろう。そう俺は判断すると盾を構えて登ろうとする最後の一人の掲げる盾の上目掛けて壁の上から飛び降りた。
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前半シリアスだったのに後半コミカルになってしまった。なんか台無しになってないだろうかと心配です…そして戦いは終わらなかった…どんだけ続くんだこの戦いは!
さて、前回お知らせした通りに近況ノートにアンケートを用意しました。選択式で簡単にお答え頂けるようにしてありますので是非今後の参考にご協力頂けると幸いです。
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