98・梶原党 陸 宗太郎初陣

===宗太郎===

 最後の柵に賊が取り付く。柵は門から坂に出て右に曲がって直ぐの場所に有る。要するに、敵はもう門の目の前だ。怒声を挙げながら突っ込んで来る敵の姿に膝が震える。


 この間、土塁の上に壁が出来た頃。何度かやって来た早瀬で一番大きな賊がいよいよ本格的に攻め寄せて来るだろうと予想されると言う事で、お堂に集められた皆の前で、大将達からいざその時には誰が何処で何をするのかと言う事が説明された。これまではその都度その場で指示されていたと聞いたから、それだけ重大な事なのだろうと何となく思いながらも俺は話を聞いていた。


 そして説明も粗方終わったと思った頃、その大将が伝令役が一人欲しいと言ったんだ。だから俺は勢い勇んで手を挙げた。

 俺だってそろそろ戦に出たい。鍛練だって毎日欠かしていない。だから、北敷から来た大人達にも最初は勝ったんだ(その後、あの人達も大将達の教えを受けたから、大人の腕力で抑え込まれる事が多くなって中々勝てなくなってしまったけれど…)。


 だから、そろそろ俺だって。でも、大将は俺をまだ戦に出したくないらしい。大事にして貰っているのは分かる。だけど、俺だって皆の役に立ちたい。皆と一緒に戦いたいんだ。

 そこに伝令の話が降って湧いた。伝令なら、直接戦わない伝令なら許して貰えるんじゃないか。そう思って手を挙げたけれど、やっぱり大将の表情は苦いものだった。俺は伝令なら危なくないし決して戦わないからと必死に頼み込んだ。

「春、伝令をやってくれるか?宗太郎は俺の隣で全体を観ていろ。」

そして暫く考え込んだ大将は、思いもかけずそう言った。

「え?は、はい!え?で、でも私、何をすれば良いかなんて!」

キョトンとして声の出ない俺に対して、春は慌てた様子で返事をすると、更に慌ててそう言い募った。

「うん、それはこれから説明する。お前の役目は俺の指示や合図を門の前に居る猛に正確に伝える事だ。俺の場所から門の前に居る猛は見えないだろう?だから…」

大将は門や壁の描き込まれた絵図を使いながら春にやるべき事を説明している。それを聞きながら俺は未だ大将の言葉の意味を図りかねていた…


「あ、あの…」

春が大将の説明を聞き終わった頃、俺はおずおずとそう切り出した。

「俺は見るだけですか?」

確かに大将はいつも稽古の時は相手を見ろ相手を見ろと口を酸っぱく言っている。北敷の四人にも最初はそれで勝てたんだった。でも…

「宗太郎、周りの者達の事を能く見ろ。」

唐突にそう言われて面喰らう。

 能く分からぬまま周りを見渡す。皆見知った顔だ。産まれた時から周りにいるのが当たり前の人達。大将達が来てくれるまでは他に仲間は居なかった人達。だけど皆の顔を見てどうすれば良いのか…

「その者達はお前がいずれ命を預かる事になる者達だ。お前はいずれこの村を背負って立つ男にならねばならん。だから、お前が初陣でするべきは、伝令みたいな下っ端の仕事ではない。俺の隣で皆を率いるとはどう言う事かしっかり学ぶ事だ。良いか。」

「は、はい!」

何を言われているか分からない俺に対して、大将は普段と違う厳しい表情で俺にそう言った。

 でもその時の俺は、初陣。そして、それを大将の真横で果たせると言う事にすっかり舞い上がって居たんだと思う。皆の命を預かる立場になると言う言葉は大変な事だと思ったけれど、それだって大将達が居てくれるのだから随分と先の事になるに決まっている。そんな風に思っていた。


「叩けぇ!」

「「えいっ!」」

「「えいっ!」」

突然、猛様の大音声の号令が響き渡る。

 敵の動きが思わず一瞬止まる程の大音声だ。逆に皆はその声に背中を押される様に訓練では出さない様な大きな声に合わせて、勢い良く槍で敵の盾を叩き始めた。そこで、俺はそれで我に返った。


 正直甘く見ていたんだ。だって大将達が来てくれてから、賊に攻められても負ける事なんて無くなった。負けるかもしれないなんて思う事すら無かった。だって、石を投げるだけで追い払えた事だってあったし、大きな怪我をした人も居ない。勿論死んだ人なんて一人も居ないんだ…でも、目の前のこれは思ってたのと違う…

 何で伝令役は危なくないなんて思ったんだろう。春は運悪く矢に当たってしまった。春は俺が守らなきゃいけなかったのに。

 何で負けるわけないなんて思ったんだろう。あの敵の手がここまで届いたら皆死んでしまうのに。ひょっとしたら大将だって…

 そうだった、あの日だって父ちゃんはいきなり死んでしまった。父ちゃんがやられるはずなんて無いって思ってたのに本当に呆気なく死んでしまった。


 今、大将がやられちゃったら俺が大将の代わりをしなきゃいけない事になるのか?

「その者達はお前がいずれ命を預かる事になる者達だ。お前はいずれこの村を背負って立つ男にならねばならん。」

何であの言葉が現実になるのは、まだまだ先の事だって思い込んで安心していたんだろう。

 いつの間にかぼろぼろ零れ出ていた涙越しに、俺は必死に大将と敵を見る。俺が今出来る事は見る事だけなんだから。


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