93・梶原党 壱

「兄者、来たぞ。」

何とも言えない祥猛の声に顔を上げると眼下には森の縁に沿う様にこちらへ進んで来る武装集団の姿が。

「もうかよ…早過ぎだろ。皆を集めてくれ。」

俺も溜息を吐きそうになりながらもそう答える。

 結局奴等が姿を見せたのはその翌日。稲刈りの二日目だった。前日に半分以上の作業を終えたらしい皆は、今日には稲刈りを終えて祭りに備えるんだと息巻いていたが、午前の内にその願いは叶わぬものとなった様だ。


===梶原克時===

「お頭…こいつぁ…」

重昌が顔を顰めながらこちらを窺う。

 重昌の表情も尤もだ。俺も内心でやれやれと思う。収穫を一年先延ばしにしただけのつもりだった崖上の小さな村。その入り口を守る土塁の上には、一体どこの城壁なんだと言いたくなる様な立派な塀がいつの間にやら立っていやがるんだからな。

「ありゃ、何で出来ていやがるんだ?」

見覚えの無い見た目をした壁を見上げながら俺はそう溢す。去年までは貧相な竹の柵が立っているだけだったはずなんだが…いや、夏前に物見を出した時も変わり無かった筈だ。であれば、あれは夏の間に拵えた事になる…


「確か、御塔山おとやまの城下の寺の塀があんなじゃなかったですかい?」

「築地塀か?あんな色だったか?あんな暗いのじゃなくて、もっとこう…明るい色をしていた様な覚えがあるが。」

 重昌の言う御塔山とは、守護の佐高家の城がある遠濱の中心の街だ。あれはまだ俺が餓鬼だった頃に、親父に連れられて一度だけ行った事があった。まだ、武家の息子で有る事に何の疑問も持たなかった頃だ。

 元服した兄貴が親父に連れられて初めて城へ登る間、俺は重昌を連れて宿を抜け出して街を走り回ったんだったか。そして、当然の結果として勝手に出掛けた事がバレて大目玉を食らったんだったな。


「そりゃあ、きっと使ってる土だの砂だのの色が違うんじゃあないですか?まぁ、難しい事はわかりませんが似た様なもんでしょう。」

つい昔の事に思いを馳せている俺を、重昌の言葉が現に引き戻す。

「つまり、ちっとやそっとじゃ崩せないって事か。」

「そうでしょうね…丸太で叩くとかせにゃ崩せないのでは?」

ちっ…門の前に一隊を張り付けて、敵を引き付けている間に残りが土塁を登ってあの貧相な柵を越える。それを基本に考えて用意して来たんだが、宛が外れたな。

「でも、門は変わって無いみたいですぜ?」

俺が塀を睨んでいると重昌がちょっと焦った様子でそう言って来る。

 ふむ、確かに門は去年と同じ竹の格子のままだ。塀はあんなに立派な物に作り直したのに何故門はそのままなのか…普通は門から先に直すもんじゃないのか?そんな疑問が湧き上がるが頭の隅に追い遣って考える。

 あの門なら取り付けさえすれば遣り様は有る。問題はあの投石だ。だが、こちらも弓持ちを村々から動員させて増やしているし、策も練って来た。やれるはずだ。

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「随分弓持ちが増えているな…」

 川を渡ってゆっくりと押し出して来るのは矢盾を掲げた男達とその影に隠れる様に続いて来る弓を構えた男達。それぞれ五人ずつだ。

「だけど弓持ちはちと腰が引けているぞ?新入りじゃないのか?」

俺の不満気な声を宥める様に祥猛の答えに敵陣を眺める。

 言われてみれば弓持ちはやや腰が引けて見えなくも無いのだが、弓を使える人間と言うのは専門職なのだ、前回の襲撃で数を減らした弓持ちの数が増えて戻って来るのは何とも解せぬ物がある。

「弓持ちばかりが五人も増えるかね?」

「そりゃあ…あぁ、そうか。」

「何だ?」

俺の疑問に一人納得した様な様子の祥猛。

「…いや、新入りが自分から入りたいとやって来たとは限らないと思ったのさ。」

「拐かした?いや、大の大人だ。兵に取ったのか!?」

「多分な。もうこれじゃあ、どっちが領主だか分からんな。」

一拍置いて祥猛はそう答えると、俺の思い至った事実に呆れた様にそう答える。


 つまり、あの弓持ち共は早瀬の村々の住人。それも武器として弓を扱う立場にある人間、若しくは仕事で弓を日常的に使う狩人と言う事になる。

「殺すのは拙いか?」

 領主やその跡取りなんて事は無かろうが、次男以降やら分家の人間なんて事は有り得る話だ。

 こちらに落ち度は何も無いが、かと言って余計な恨みを買わずに済むならそれに越した事は無い。

「そんな事を言っている余裕があるのか?」

「そうだな…」

「それより、こちらの出方は決めたのか?」

「あぁ。弥彦、祥智へ伝えてくれ。」

俺は祥猛に作戦を伝え、祥智へは弥彦を伝令に走らせる。そして俺も持ち場へ移動した。

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