92・外交展望
空は見事な秋晴れで、村の門からは早瀬の盆地を越えた遥か南の山々まで綺麗に見渡せる。
視線を下げて盆地を見れば、刈入れの済んだ田に稲架掛けにされた稲が干してあるのが見て取れる。今年の夏は相当暑かったのだが盆地の作柄はどうであろうか。暑さのせいで不作となると我々の生活にも影響が出るのだが…残念ながらここからでは干してある稲の実入りまでは見て取れない。
さて、眼下の盆地では稲刈りが済んでいるが、少し標高の高い飯富村では今正に稲刈りの真っ最中である。昨年は育苗の成果か我等が盆地に比して収穫が早かったのだが、今年の夏は暑かったせいか盆地の方が稲の育ちが早かった様で、例年通りの収穫順となった様だ。
作柄は去年より少し悪いか。今年は沓前の稲を中心に育てたが、想定外に夏が暑くなってしまったので少し実入りが悪くなってしまった様だ。
逆に少しだけ作付けした、元から育てていた品種は出来が良かったので、やはり暖かい気候に適した稲なのだろう。それでも冷害の心配を考慮に入れれば来年以降も今年と同様に寒さに強い稲が多目の割合で作付けするのが良さそうだと思う。
尤も作柄がやや悪化したとは言え、我が飯富村は去年に比べて田の面積が倍近くに増えている。当然収穫量もそれに近い割合で増加する訳で、昨晩からやる気に漲る者、楽しそうにする者と皆思い思いに今日の稲刈りに思いを馳せていた。
ところで、そんな絶賛稲刈りの最中にあって、何故俺がこんな所で管を巻いているかと言えば。眼下の稲刈りの済んだ盆地が原因なのだ。
去年までは我等が先に刈入れを行った為に気にも留めていなかったのだが、盆地に暮らす人間からしたら自分の周りの稲刈りが終わったのならば、こちらも終わっているだろうと考えかねないと思い至ったのだ。
つまり、稲刈り中に襲撃されては敵わない。故に即時に判断出来て少数での戦闘力も持ち合わせている俺と祥猛が見張りに立ちつつ防備の強化等に励んでいる訳だ。因みに流石に三人共居ないのは如何かと言う事で、祥智は田で稲刈りの監督をしている。
夏の盛りに積み上げて行った胸壁は土塁の上に大凡、幅一尺、高さ一間の大きさで完成に至った。その結果、背丈を越える程の高さになった胸壁に因って、内側からの攻撃も困難になってしまったのである。
そこで、我等二人はせっせと足場を拵えているのである。勿論、竹を材料に。
「やっぱり、あいつ等を残して置いた方が良かったんじゃないか?」
祥猛が言うのは吉兵衛達の事だ。
「だがなぁ…正直皆の我慢も限界だっただろう。」
彼等は表向き、刈入れの時期が近いから一度帰した事になっているが、本当はもう一つ理由がある。
弱小とは言え、彼等は支配者層の人間である。そう、つまり普段から多少なりとも良い生活をしているのだ。
それが最も如実に表れるのが食事であって、我等の提供する食事では質、量共に彼等は満足し得ない。流石に声高にそれを主張するなんて事は無いのだが、若い朱崎清介辺りは不満気な様子を隠す事は出来ていなかったし、それは周りの者にも確実に伝わっていた。
勿論、彼等とてここに来るに当たって自分の食い扶持にと米やら雑穀やらを持ち込んで来ているし、土産として塩やら何やらを持って来てくれてはいる。
いるのだが、人間飯だけ食っている訳には行かぬのは自明の理。だが、夏場になって彼等の分の肉やら野菜を捻出し続ける事が飯富村にとっては中々に重荷となっていたのであった。
思い返すと我等も各地の道場に厄介になる時には、米俵を担いで行き「我等の食い扶持は自分で用意しておりますので。」等と偉そうに宣もうて居たものだった。しかしながら今になって道場主や奥方達が裏でどれだけ苦労していたのかと漸く思い至り、顔が青くなるやら赤くなるやらだ。この村が独り立ち出来る様になったらまずは世話になった道場に詫びを入れに回ろう。作業をしながらそんな事を思うのであった。
そんなこんなで夏場になって米の残りも乏しくなり、副菜も量が減り始めるに至って、両者の不満が爆発するのも時間の問題となってしまった事もあり、理由を付けての一時帰還となったのだ。
なったのだが、祥猛的には戦力を考えれば無理をしてでも残すべきだったのではないかと言いたいのだ。勿論、短期的な目で見れば悪い手では無いと思うのだが、それだと事実上援軍を借りた事に近しい状態となり、それは今後の北敷衆との関係性を考えると出来れば避けたい事態なのだ。
「奴等は出来れば丸ごと配下に加えたい。今余計な借りは作りたく無いんだ。」
「配下って、それより目の前の敵じゃないのか?それに奴等は海の民だ。俺達に素直に従うとはとても思えないぞ。」
俺の言葉に祥猛は眉を顰めてそう言う。
「確かに目の前の敵も脅威だが、どの道この村だけではジリ貧になる。何せ南は皆敵、東は才田殿に良くして貰っているとは言え他国だ。味方に出来るのは奴等しかいないんだ。」
「それはそうかもしれないけどさぁ…」
祥猛の心配も分からなくはない。そもそも南の勢力はと言えば、極端に言えば最寄の平林からであれば一刻あれば十分に攻め寄せて来られるのである。翻って北敷の村々とは相応の距離が有り、最短でも味方が駆け付けて来るのに四日は必要になるのだ。これでは例え彼等を味方にしても有事の際の援軍として期待するのは困難だと思うのも当然だろう。
だが、それでも北への、もっとはっきりと言えば海への道は確保しておかないと今後の発展に大きな足枷になる。俺はそう考えている。
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一週間空いてしまいました。毎日PCの前に座るのですが一向に筆が進まず…一度調子を崩すと中々元に戻すのは難しいですね…暫く不定期に書きあがり次第の更新になるかと思います。
また、前回投稿時に内容が繰り返し入力された状態で投稿してしまいました。推敲した後、各サイトに投稿するのですがキーボードのVボタンが引っ掛かってペーストが連打されてしまったのが原因のようです。失礼致しました。
夏に弱い作者が夏を乗り切る為に是非☆も投入して頂けると元気が出るやもしれません。よろしくお願いします。
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