91 ・呼んで無い

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※※※※※※


「よぉ、来たぞ。」

「いや、呼んで無いが…」

そう、全く呼んで無い。

 目の前には、俺の返事等何処吹く風とばかりにニコニコとする切端波左衛門の姿が。

 何故この様な事になったのか。それは、小さな野分が通り過ぎた四日前。盆を目前として流澤吉兵衛を筆頭とした田之濱安継、一之津兼広、そして朱崎清介の四人を一度家へ戻す事にした事に始まると思われる。


 飯富でも野分の被害はそう大きなものではなかったし、これまでもそれぞれの村から火急の報せが来る事もなかったので各村は大過無いのだろうと思っていた。だが、収穫の時期が近付いて来た事もあり、帰らせる事にしたのだ。

 何故ならばこの四人、揃いも揃って各村の領主、またはその息子達なのだ。吉兵衛が養子として流澤家の嫡男の座に着いているのは無論の事、清介は朱崎家の跡取りだし、兼広は一之津家を継いだばかりなのに隠居した父親に再び家の事を押し付けて来ている。極め付けは安継であって、この男は元服したばかりの嫡男に村を放り投げてやって来たらしい。

 何故、各村を束ねる地位にある男ばかりが稽古に来ているかと言えば、各村で一番力(地位)のある馬鹿が「煩ぇ、俺が行く!」と言っただけの話らしい。

 とは言え、野分の被害が有ったやもしれぬし、稲刈りの時期に領主が居ない言うのも問題だろうと言う事で一度帰ると言う事になったのだ。因みに春が当然の顔をして四人に同行して切端に向かったので今回は寛太も夏休みで付けてやった。


 だが、今度は一番力のある馬鹿がやって来たのだった。

「お主、何をしに来た?」

普段は貴殿だとか波左衛門殿だとか呼んでいるが、最早そこに思い至る余裕すらなくそう聞く。

「随分な御挨拶じゃないか。吉兵衛から聞いたぞ。随分おもしろい物を飲み食いさせてくれるらしいじゃないか。」

俺の剣呑な問いにもニヤニヤとそう答える波左衛門。

 面白い物とは何だ?ここでの食事で面白い物なんてあるだろうか?

「氷で冷やした驚く程冷たい瓜と蕎麦から作った飲み物が有るのだろう!?」

俺が考え込んでいると波左衛門は痺れを切らした様子でそう言い募る。

「あぁ、それの事か。確かに。だが、もう無いぞ?」

「…何?」

俺がそれを聞いて呆れた様にそう伝えると波左衛門は全ての表情が消えた顔でそう聞き返す。

「瓜はそろそろ季節が終わってしまっただろう?最後の瓜を食べたは…六日程前だ。うん、野分の前の夕方だから間違い無い。それに氷室の氷ももう皆融けてしまったから茶も冷やせんぞ?」

再びの俺の答えに波左衛門は呆然と立ち尽くしている。

「吉兵衛達も知っているはずだが聞いておらぬのか?」

無言でコックリと頷き暫くすると…

「ぁ、ぁぃっ…あいつらぁ!知ってて黙っていやがったんだ!許せん!俺は帰る!またな!」

ボソボソと何かを言い始めたと思ったら、突然大声でそう叫ぶと来た道を引き返して行ってしまった。


「それで、あの三人はどんな具合だった?」

波左衛門がそう尋ねて来る。

 怒り心頭で来た道を引き返し始めた波左衛門を何とか宥め、風呂に入れた後、井戸で冷やした蕎麦茶を振る舞いながら寝椅子に二人並んで寛ぐ。男湯には本来一脚しかない寝椅子だが、女湯から失敬して来た。上には日差しを避ける為の葦簀が張って有ってまだ日の高い今も中々に快適だ。

「個の武で言うと清介だろう。若いし何より勘が良い。」

「ふん、あんな奴でも一つ位は良い所があったか。」

俺が最初に清介を話題に挙げると波左衛門は顔を顰めてそう言う。

「ふむ、その言い様だと清介の人品には北敷でも疑問が付いているのか?」

「あぁ、兎に角周りが見えんのよ。あれの親父も困っておってな…」

「やはりそうか、我等の評価も一対一の勝負をするなら優秀だが、兵としても将としても才無し、そんな感じだ。」

波左衛門は更に顔を顰めて黙り込む。

 朱崎清介と言う齢十七の青年は、切端村の西隣の村を治める家の嫡男だ。その性格は一言で言って直情径行。思い込んだら一直線で周りが見えなくなる傾向にある。

 その長所は非常に勘が鋭い事で、最近では俺や祥猛と打ち合いの稽古をしても、技量の問題から攻めはまだまだ拙いものの、守りではかなりの粘りを見せる様になっており、一対一の戦いでは今後に期待を抱かせる。

 一方で状況判断は絶望的で、何度か実施した小勢同士での模擬戦では率いても率いられても我先にと突き進むばかりであって、兵の立場でも将の立場でも問題が有った。恐らく、領主としても上手く立ち回れないであろう事は容易に想像出来る。


「…他の二人は?」

気を取り直して、と言うよりは臭い物には蓋をしてと言った表情で波左衛門が続きを促す。

「兼広殿は全体的に秀でているな。ちと考え過ぎると言うか、納得のいかぬ事が有ると動きが止まる傾向が有るが、総じて優秀だ。」

「ふむ、悔しいがあいつは子供の頃からそう言う評判の男だったわ。」

今度は悔しそうに顔を顰める波左衛門。何故、良い報告でも悪い報告でも顔を顰めるのか…

 一之津は北敷の村々の中では一番西に位置し、その名は彌尖大社から一番最初に辿り着く湊を意味するらしい。因みにこれっ切り最後の端っこの村を意味するのが東の端に位置する切端だそうだ。兼広はその一之津村の領主を一昨年、父親から引き継いだらしい。

 彼は三人の中では寡黙な性質で、理屈や過程を重視する性格をしており、打ち合いの稽古の様な常に状況が変化する様な稽古より、型稽古の様な一つ一つ腰を据えて納得行くまで繰り返せる稽古を好む傾向にあった。祥智や祥猛に言わせると俺に似た所があり、祥猛等は「口数の少ない兄者」等と評していた。俺は口数が少ない理屈屋なら祥智似だと思うのだが…


「安継の野郎はどうだ?」

「あの親父はちと特殊だな。そもそもあれは自分が強くなる気は余り無い様だ。」

最後に田之濱安継の話になる。

「はっ?何だそりゃ?」

「俺も意外だったんだが、あの親父が一番知りたがるのは俺達が如何教えるかなんだ。どうも話を聞くに息子達に自分が教えてやりたい様子だぞ。」

 田之濱村は一之津村の東隣(隣と言っても距離はかなり有るらしいが)に位置する村で、安継はその領主だ。若くして子に多く恵まれ、先頃元服した長男を筆頭に息子が五人も居るそうだ。

 一番最初の印象からは想像出来なかったのだが、彼は息子達や村の者達の為に技術を持ち帰る事を目的にやって来た様で、それ故の「あんたが一番強いのか?」(俺達に教える物を持っているのか?)だったらしい。

「あいつは面倒見だけは良いからなぁ…」

「言葉遣いで全部台無しにしている気がするけどな…」

「ははは、違ぇねぇ!」


「結局、あいつ等はあいつ等って事か。」

「そりゃそうだ、剣の修行をちょろっとした位で中身が変わる訳あるまい。」

「それもそうか。」

「もう一杯如何か?」

「貰おう。」

そんな話をしながら波左衛門の椀に蕎麦茶を注ぐ。そうして日が傾いて行った。


※※※※※※


 何のことはない、コロナでした。匂いが全くしません。お酢の瓶に鼻を近づけても何も感じない恐ろしさよ…


 そう言えば少し前のコメントで「☆1700で燻ぶる作品ではない」というコメントを頂いておりました(最近コメント返信出来てません…ゴメンナサイ)。ありがたい評価です。

 と、言う事で…現状フォローして頂いている方が約3200名様、その内☆を頂いている方が654名様。フォロワー様全員がアクティブではないだろうし、完結しないと☆を付けないマイルールの方もいらっしゃるでしょう。でも、もしそうじゃないなら是非☆による評価をお願い致します!!

 以上、夏バテのコロナ乗せで生命力が干上がっている作者からの珍しいオネダリでした。

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