94・梶原党 弐

===梶原克時===

 先鋒が盾を構えてジリジリと前へ進む。川を越えるが今の所相手の反応は無い。

 この間の様に崖際まで出て来て石を投げないのは、こちらの矢も崖上に届くと考えたからだろう。つまり、向こうの頭は人が減る事を嫌がっているんだろう。

 これは俺達には好都合だ。俺達にとっても一番嫌な事は近付く間に少しずつ戦力を削られる事なんだからな。

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 敵の先鋒が川を渡って尚、ゆっくりと進んで来る。盾に身を隠す盾持ちの兵と、その盾持ちの兵の体の後ろに身を隠す弓持ちの兵。

 前もってかなり訓練して来たのだろう、盾から体を曝す様な輩は一人も居ない。これでは、普通に矢と石を放っても効果は見込めないだろう。

 俺は門の北側、坂道の頂上に面した土塁の一番崖際から敵の様子を窺いながらそう判断する。


「春、祥猛に山成で大石を一回、その後は打って出て普通の石を一回と伝えてくれ。必ず一回で戻れと念押しを。」

「わ、分かりました!」

人が足りずに仕方無く伝令役を任せた春が緊張した面持ちで門を守る祥猛の下に駆けて行く。

 俺の居る門左側に位置する東側の土塁の内側は、坂を上がった正面に位置し、門から二間程の距離しか無いのだが、門からは土塁が直角に曲がっている上に、その上に塀を立ててしまった為に尚更視線が通らなくなってしまったのだ。また、大声で指示を出すと敵に聞かれてしまうかもしれず、今回は伝令を使う事にした。


「宗太郎、分かるか?」

俺の横で、顔を緊張に引き攣らせながらも俺を真似て敵情を観察する宗太郎に声を掛ける。

「お、大石は盾を破れるかもしれないからですか?で、でも、その後の普通の石は良く分かりません。盾が壊れたらですか?」

宗太郎は緊張でつっかえながらも必死にそう答える。

「大石にはその意図もある。だが、実際には相当当たり所が良くないと難しいだろう。だが、相手も盾が破られるかもしれない、そう思えば如何なる?」

俺は不安そうにこちらを見る宗太郎に改めてそう尋ねる。

 予定よりもかなり前倒しになってしまったが、今回の戦いで宗太郎を初陣に出す事にした。本当は十五になって元服させてから(宗太郎の家は元来、彌尖の領主の纏め役的な立ち位置の家柄だったらしい。)と考えていたのだが、人手が足りな過ぎて春を投入せざるを得ない事態に至り、一つ年上の宗太郎を出さない訳には行かなくなってしまったのだ。

 初陣に出すに当たってどの様に扱うか。下っ端として八郎辺りの下に付ける事も考えたのだが、聞けば彼の家は彌尖の国内では知らぬ者は居ない程の立ち位置の家らしい。それならばと俺の横で皆を率いる姿や考えを伝える事にしたのだ。

 まぁ、俺だって数十人規模の兵力を数度率いた事が有るに過ぎないので偉そうな事は言えないのだが…

 因みに、宗太郎が初陣となれば自分もと寛太が息巻いていたのだが、当然の如く却下となった。


「大将、伝えました!」

春が少し息を切らせて戻って来る。目と鼻の先を往復しただけなのだが緊張からだろう、息が切れている。

「御苦労、言った通りに角の所で俺の指示を伝えてくれるか?」

「は、はい!」

春は打ち合わせ通りに俺と祥猛の両方が見通せる土塁の曲がり角に立ち、俺の指示を祥猛に伝える役に付く。


「今だ!」

春に手を挙げて攻撃の時機を伝えると、春はそのまま祥猛に伝達する。

 直ぐ様門が開き、八郎を筆頭にした腕力の有る男達が門の前に飛び出す。飛び出すと行っても崖下に近付く敵の先鋒からは見えない位置までで、そこで投石紐を重そうに回し始める。

 男達は普段の投石に比べると大分遅い回転速度ながらも、一人ずつ少しの間を空けて順番に石を山形に飛ばして行く。

 投げる石はいつも投石するピンポン玉位の大きさ石ではなく、ソフトボール程度の物だ。

 大きな石と言うと人の頭程度の大きさを想像するかもしれないが、これでも普段の石に比べれば重さは数倍では効かない程有る。木製の盾を破壊するにはこれで十分可能なはずだし、そもそも、紐で回して飛ばすにはこれ位が限界なのだ。


 敵の先鋒の周りに石が順に落ちて行く。命中こそしないが予め練習しているので目標が見えなくても大凡その周辺には石を落とせるのだ。

 数は少なくとも次々と落ちて来る石の大きさに焦ったのか、ジリジリと進んでいた先鋒の足が一気に速まった。


===梶原克時===

 前を進む連中の足が速くなる。見えない所から石を飛ばして来やがった。引き籠もっていると思ったら手を打って来たな。

 飛んで来る石の数は少ないが、石はかなり大きい。あれは怖い。足が速まるのも当然だ。こちらから撃ち返そうにも、その為には足を止めなくてはならんから難しい。中々に嫌な手を打って来たな。これでは…


 殆ど駆け足になった先鋒の連中が飛び込む様に崖下にへばり付く。あそこなら石も飛んで来ないはずだと教えたのは俺だ。

 だが、その様子を見た後ろから続く連中も焦った様に足の進みが速まっている。自然、盾を構えるのが甘くなり、隊列も乱れる。そこへ、今度は崖際まで出て来た連中の礫が降り注ぐ。

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