80・惜しい者

===梶原克時===

「あんた達!やっちまいな!!」

崖の上からやたら体格の良い女が大声を上げる。

 それと同時に村の連中が門から崖際まで飛び出して来て、川を渡った子分共に石やら矢を浴びせる。前回は門の中に立て篭もっていたのに今回は打って出て来た。

「相変わらず凄ぇ声だ…」

隣で重昌が呆れた様な声を上げる。

 確かにそこいらの足軽大将なんかよりも遥かに大きく勢いの有る声ではある。前回もあの女が大声で指示を飛ばしていた覚えがあるがあれが本当に頭なのか?そんな事をぼんやり思っていると、

「あーあー…」

重昌が再び呆れた様な声を再び上げた。

 視線を下げると案の定一方的に打ち据えられる正次達の姿が。特に矢の狙いが的確だ。三人の射手は殆ど狙いを外す事無く矢を放って来る。身形から猟師であろうか?一人は毛色が違う様にも見えるが、日頃から腕を磨いているのが良く分かる。

 既に数人が倒された。ご丁寧にこちらの弓持ちを優先して狙って来ている。俺達にしても弓を扱える奴は貴重なのだ。俺と重昌を除けば三人しか居ない。こんなつまらん事で傷付けたくはない。ないが、あの馬鹿共にもう一度俺の恐ろしさを分からせないといかん。真っ先に正次を狙ってくれれば良いものを…


 だが正次も腐っても副頭領。直ぐに指示を飛ばすと先頭を切って走り、崖下に張り付く。

「そんで、そっからどうすんだい?」

重昌が笑いを含んだ声でそう言う。

 確かに崖下に貼り付けば上からは狙えなくはなるが…進もうが退こうがもう一度敵の射線に身を晒す事になる。案の定手詰まりだ。正次もそれに気が付いたのだろう。あっちを見たりこっちを見たり落ち着き無い姿を見せている。弓持ちが健在なら牽制する事も出来ようが、二人は既に倒れ、もう一人も崖下に張り付いて居るが手負いの様相だ。

 二進も三進も行かなくなった。崖の上の連中に動きは無い。じっくりこちらの動きを見極める腹積もりだろう。正次は焦りから完全に思考が停止しているな。どう考えてもあの声の大きな女の考えられる事では無いはずだ。必ず裏で糸を引いている奴が居る。雰囲気の違う弓持ちの細身の方か。それとも…

 兎も角、これ以上は傷口を広げるのは面白くない。何とか無事な奴だけでも引き上げさせねばならん。日暮れまで待つのも一手ではあるが。さて、どうするか。


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「おっと、やる気か!?」

崖際で祥猛が心底驚いた声を上げる。門柱に梯子を掛けて門柱の上から頭を出している俺も内心同様に思う。

 崖下で手詰まりになった賊の様子を伺って居たら、川向こうの残りの五人が武器を構えて近づいて来た。しかも馬を下りて密集隊形を組んでいる。この状況で何をしようと言うのか…

「兄者、どうする?」

「射程に入ったら撃って良いが狙いが分からんな。下の連中を助けたいんだろうが、どうしようってんだ?」

前を向いたまま祥猛が聞いて来たのでそう答える。

 そうこうしている間に、五人は川を渡り、駆け足になって進んで来る。隊形もそのままだ。もう射程に入る。これ以上考えている暇は無い。

「放てぇ!」

幸が再び声を上げる。まるで采配を振るう様に右手を振り上げるおまけ付きだ。ノリノリじゃないですか…

 そして、皆から矢と石が放たれるその瞬間。いや、後から思えば恐らく幸の声に合わせてだろう。五人は急激に進路を右へ曲げた。矢と石は間一髪間に合わず、地面を打つ。五人はそのまま崖下を上流に走り、湯の川を渡って行く。しまった…

「祥猛、逆だ!残りが右に逃げるぞ!」

右下を見ると、身動きが取れなくなって居た連中が我先にと川下へと駆け出している。

 祥猛と祥智は直ぐに反応出来たが、他の者はそうは行かない。既に射程外に出ようと言う五人に向かって石を飛ばそうと紐を回している。その中で二人だけが向きを変えて矢を射るのは危険だ。

「幸、そこまでだ。やめさせてくれ。」

「やめな!そこまでだ!」

俺が少し声を大きくして指示すると、その数倍の声でそう言った。

 皆がそれを聞いて紐を回すのを止めた瞬間、祥猛と祥智は逃げた連中の最後尾に向かって矢を放つ。一本は敵の腹当に刺さったが、そいつはそのまま駆けて行く。もう一本は別の敵の膝の裏辺りに当たった様だ。その場で一度崩れ落ちた後、這う様に逃げて行く。だが、直ぐに追撃の矢が二本突き刺さるとそのまま動かなくなった。


「やられたな。」

川向こうで馬を回収してから引き上げて行く五人を見送りながら祥猛がそう言う。

「自分を囮にするとは何とも豪気な者だ。向こうが一枚上手だったな。」

俺もそれを認めてそう答える。

 豪気に見えるが、その根底にはしっかりと状況を見極める戦術眼が備わっていないとあんな行動は採れない。戦が好きで仕方が無い。そう言う人物なのであろう。きちんと手綱を握れる人間が居れば一廉の武将になったであろうと思わせる。何とも惜しい事だ。

「何人倒した?」

「合わせて五人かな。」

俺の問いに祥猛がそう答える。

「五人か…帰ったら首謀者は見せしめに殺されるだろうからもう少し減るだろうが…」

「それで向こうは引き締めが図れるからな。頭領の恐ろしさを示せるって訳だ。」

「ついでにさっきの行動で頼もしさも示せただろう。」

「次が本番か…夏か秋。怪我人の事を考えたら秋かな。」

「そうなるだろう。刈入れ前か後か…」

「刈入れ後だろ?」

「どうしてそう言い切れる?」

「だって、刈入れ前だと下手すりゃ奴等が自分達で刈入れをしなきゃいけなくなるからな。賊なんてのには、そう言う面倒が嫌な奴がなるもんさ。」

「ふ、あははははは。成程成程、一理も二理も有るな。」


「さぁ皆、仕事に戻ろう。これで奴等にも俺達が村に篭るだけではないと分かったであろうからな。」

俺は賊の大半を逃がし悔しがる皆にそう声を掛けると、率先して田に戻った。

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