79・簡単ではない

===梶原克時===

’カンカンカン’

目的の村がもうすぐ視界に入ろうかと言う辺りで前方から鐘が打ち鳴らされる音が聞こえる。

「ちっ…」

最後尾を進む俺は舌打ちを一つ打つ。

 秋から先延ばしにした襲撃に向かう道中。目的の村までまだ大分ある所で警戒の鐘と思しきものを鳴らされた。前回は森に沿って姿を隠して近付いたから鐘が鳴らされたのはもっと村の近くだったと言うのに。

「だから、言わんこっちゃねぇ。」

だらけた隊列を組み前方を進む手下共を見て悪態を吐く。


 雪が粗方解けて、先延ばしにしていた襲撃を実行しようと考えていた俺の計画は、またしても手下共のせいで不本意な事態に陥った。前回同様、不満を持つ者が多く見られ。挙句、脅威になるであろう投石から身を守る盾を作る様に命じたが、奴等は面倒がってそれを拒んだのだ。

 最後には襲撃に行く事には同意したが、奴等は完全に相手を侮っており。目の前に見える有様で、ノロノロと道を進んだ挙句に敵に早々に見つかって警戒されているのだ。

「見つかりましたな。」

俺と一緒に最後尾を進む副頭領の重昌が無表情のままでそう言う。

「当たり前だ。」

答えた俺も似た様な顔をしているのだろう。

「ぎゃはははは!」

「慌てて居やがるぜ!」

前からは油断し切った馬鹿笑いが響く。

「しくじったな…」

これは完全に俺が手綱の扱いを誤った。甘やかし過ぎたのだ。そして、俺も上手く行き過ぎて油断したのだろう。

「一度痛い目を見なければ分からんでしょう。」

「そうだな。そしてその後はもう一度、俺の恐ろしさを奴等に分からせねばならん。」

慰める様に言う重昌に俺はそう答えた。きっと今の俺は早瀬の連中が震え上がった時の表情をしているだろう。


「で、御頭着きましたけど如何しますんで?」

先頭を進んでいたもう一人の副頭領、正次がヘラヘラしながらやって来る。正次は俺達が早瀬で仕事を始めて直に配下に加わった男だ。元は小さな賊を率いていたが気が付けば多数派になった早瀬出身の手下共の纏め役の様な立場になっていた。それ故、副頭領としたのだが…

「好きにやれ。俺の話も聞かずに来たのはお前等だ。精々結果を見せてみろ。」

無表情のままそう言ってやる。

「へっ、そうですかい?後で分け前が何だとか言わんで下さいよ?」

そう吐き捨て正次は手下を引き連れ前へ進む。

「分け前な。終わった時に分ける者が有れば良いがな。」

俺もつい鼻で笑いながらそう口を吐く。

 そもそも門に辿り着ける者が何人居るか。重昌を始め、彌下から俺に付き従ってきた男達五人が俺の周りを固める。


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「なんだありゃあ?」

余りに締りの無い隊列で近付いて来る賊を遠くに眺め、思わずそう口走る。

 何なら前回やって来た、使い潰された生き残りの連中の方が遥かにマシだった位だ。二十人程のそんな連中の後ろには少し離れて馬に乗った男が、そしてその周りを数人の男が囲む様に進んでいる。遠目ではっきりしないが馬に乗った男はこの間の男だと思うのだが…

「ははあ…ありゃ仲間割れって言うか、調子に乗って言う事聞かなくなった連中が居るな。」

それを横で見ていた祥猛が苦笑いを浮かべながらそう言う。

 いつもは狩りの為に山に入っている事が多い祥猛だが、今回は田の整備に全員駆り出している関係で最初から戦列に加わっている。

「どう言う事だ?」

「まぁ、負け知らずで急激に勢力を拡大した破落戸連中にはありがちな話さ。一部の連中が慢心して上の言う事を聞かなくなるんだ。前を進む連中の真ん中辺りにちょっと良い具足を着けた奴が居るだろう?あいつが多分、調子に乗っちまった連中の中心だよ。んで、後ろで固まっているのがそれを快く思わない連中ってとこかな。」

「賊を束ねるのも簡単ではないと言う事か。」

「そりゃそうさ。むしろ一筋縄じゃ行かない連中だけが集まっている様なもんだからな。」

俺はそう聞き返すと、祥猛は事も無げにそう答えた。

 俺達の中で破落戸の様な連中と一番上手く付き合うのが祥猛だ。腕っ節が強く、表裏の無い性格が連中に受け入れられ易いのか、大きな町に滞在する時には気が付くとそんな奴等と仲良くなっている事が多い。別に一緒になって悪事を働く訳では無いので特に問題にしなかったのだが、以外な所で役に立ったのかもしれない。


「で、どう来ると思う?」

「あのままさ。前の連中はそのまま勢い任せに来るだろうよ。後ろの連中はそれを見てるんじゃないか。きっと痛い目を見せた後に中心に居る奴を締め上げて引き締めを図る。そんな所だと思うぜ。」

俺の質問に対して祥猛はそう答える。

「じゃあ、こっちもそれを利用させて貰うか。猛と智は具足を外せ。弥彦と三人で猟師っぽく見える様にな。」

「何だよ、折角着たのに脱ぐのか。」

俺がそう指示すると祥猛はぶつくさ言いながら、祥智はさっさと具足を脱ぎ始めた。

「幸、門の固定を一度外せ!投石と弓の者は門の外に打って出るぞ!」

更に皆にそう指示を出すとざわめきが起こる。多くは不安に因る物だろう。

「何、門の前まで行って、相手の矢が届かぬ間だけ石を投げるだけだ。我等がいつまでもやられるだけの者では無いと言う事を相手に教えてやるのよ。そら、皆袖に石を詰めるんだ!」

俺がそう発破を掛けると皆オズオズと動き出す。

「猛、指揮はお前が執れ。但し、声を上げるのは幸にやらせるんだ。」

「なんだ、また幸にやらせるのか?」

「中々堂に入っていたからな。俺達みたいなのが関わっているのはまだ隠しておこう。」

「意味あんのかね?」

俺の指示にそうボヤキながらも祥猛は用意を始める。

「大将、門が開けられますよ。」

そこへ幸がやって来てそう告げる。

「良し、では幸はこの間の調子で皆に檄を飛ばしてくれよ。」

「はいはい、分かりました。」

口調は嫌々ながらも表情はまんざらでもなく幸は戻って行く。

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