78・再始動 弐
「くそっ、まだカチカチだ。」
「ちっと掘ればマシになるブツクサ言わずにやれ。田起こしまでに終わらせねばならんのだ。」
嘉助と満助の兄弟がそう言い合いながら整備の終わっていない田の上で雪を退かした地面を深く掘って行く。
残雪も残り僅かとなった頃、村総出で田の整備作業を再開した。昨年から襲撃が想定される大規模な賊の襲来が予想される為、困難とは分かっていても雪が解けきる前に作業を開始する事にしたのだ。
「すまんな、嘉助の言う通りなのだ。飯の為だと思って気張ってくれ。」
俺は土を掘りながらそう詫びる。
「あ、いや、そんなつもりじゃ。」
満助が慌てた様子でそう言う。
「分かっているとも、さぁ、皆も頼むぞ。」
そう言うと俺は冬の間に工作班が拵えたスコップに似た形の鋤(先が丸い事から
「あの三人去年も同じ事言ってなかったか?」
「気にするな。それより手が止まってるぞ。」
後ろから何やら聞こえた気がするが気にしてはいられない。
我等男衆が掘り返した土は天秤棒と笊を使って女衆が次々に運び出して行く。狩猟も工作も炭焼きも糸績みも石灰運びも全部中断だ。見張りの菊婆と年下の子供達以外は洩れ無く全員が作業している。
「ひゃあ!冷てぇ!水が染み出して来やがった!」
誰かがそう叫び声を上げた。
表層の凍った土を剥がせばその下は泥田だ。直ぐに水が、それも雪解けの水が滲み出して来る。直ぐに足先から冷え、長く浸かればあっと言う間に体力が奪われる。いや、その前に凍傷で足が壊死しかねない。その為、畔では焚火を熾し、常に湯を沸かしている。冬の初めに作業していた頃はいちいち風呂まで足を温めに行っていたが、水の温度が段違いに低くなった今はそんな悠長な事はしていられない。
「足が動く内に暖めろよ。無理をすると泥の中で動けなくなるぞ。」
俺は改めてそう皆に注意を促す。
頻繁な休憩に加えて、いざ襲撃が有った場合に備えて体力を残しておく事も考慮せねばならず、作業を行える時間は想定外に短くなっている。田植えを遅らせるか、整備の終わっている場所だけ先に田植えをする等と言った何かしらの対策が必要になるかもしれない。
「あー、足がビリビリする!」
日の高い内に作業を切り上げ、皆で風呂に入る。霜焼けの手足に血行が戻って来たのだろう。あちこちから悲鳴が上がる。
「何か水に浸からなくても泥を掻き出せる仕組みを考えても良いのでは?」
祥智が隣でそんな事を言う。
「何か妙案があるのか?試行錯誤する暇はもう無いぞ?」
「田下駄が有れば多少マシになるのでは?」
俺がそう聞き返すと、祥智はそう提案して来た。
「田下駄なぁ…」
田下駄とは泥濘んだ田で作業をする時に履く履物で、下駄が二段になった様な形の物や、
足を濡らさない事が目的なので、作るとしたら二段の形の物になるだろうが泥を退かす様な、力が掛かり、捻りの動作を含む作業に耐えられるのか。
「そもそも、この村は何で田下駄を使っていないんだ?」
俺が祥智に疑問で返す。
「さぁ…何でです?」
答えに窮した祥智は側に居た利吉に話を振る。
「さ、さぁ…そもそも田下駄ってのが何なのかすら…」
利吉は困惑の表情でそう答える。
外との交流が極めて少ないこの村では、村に無い物の知識を持たないのは当然だろう。
「多分ですけど…」
そこへ三太が遠慮がちに口を挟む。
「うん、言ってくれ。」
俺は続きを促す。
「田の泥が弛過ぎるんじゃないかと…沈まない様にするには下駄が大きくなり過ぎるんじゃないかと思います。それと泥が深いんで一回沈んじまうと一人じゃもう抜け出せなくなっちまうと思います。」
と、専門家らしい的確な意見を述べた。
「成程…」
暫くの後、残雪は山の上や森の中の木陰でしか見られなくなった頃、大幅に効率を上げた作業のお陰で田の整備は終わりが見え始めていた。
何をしたのか、三太が田下駄では大きさに問題が出ると指摘をした事から、じゃあもっと大きな物で泥に浮けば良いと言う事で、竹で組んだ筏を連結して浮かべてやったのだ。泥を運ぶ女衆も筏の上を歩いて田の中まで入れる様になったので男女どちらの効率も大幅に改善される事になった。またしても竹である。最早竹に足を向けて寝られぬし、そろそろ竹を祀る竹神社でも建立した方が良いのでは無いかと思う程だ。
そんな忙しい毎日を送っている中、
’カンカンカン’
門の鐘が激しく打ち鳴らされた。
※※※※※※
更新が遅くなりまして申し訳ありません。先週後半より謎の体調不良で日常生活に支障が出ており、制作に手が回っておりません。当面定期更新は厳しいかもしれませんが気長にお待ち頂ければ幸いです。
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