77・春近く、されど雪深し

 たまには朝更新にしてみました。決して間に合わなかった訳じゃないんだから!

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 高く鋭く厳しかった冬の空もやや低く険しさが和らぎ、低い雲に覆われ雪の降る日も減って来た。雪はまだ膝下程の深さがあるがこれからは減る一方だろう。春はもう近い。

 もう暫くすれば雪の下で耐えている麦の芽も徐々に太陽の下に顔を出して来るだろう。

 今年も冬は停滞の季節だった。雪深いこの地では致し方ない事だ。逆に見れば安全な季節とも言えない事もない。雪の少ない地域では冬は戦の季節なのだから。


 俺は梅崎のお堂の脇から眼下の田畑を望みながら考える。雪が解けたら何はなくとも田の整備の残りを為さねばならぬ。そうしないと去年より作付け面積が減りかねない。

 米は去年作柄の良かった二種類にするべきか。去年は元々この村で作られていた品種と曽杜湊で買い付けたここより北の沓前で作られている品種三種類の合計四種類を育てた。糯米も入れれば五種類か。

 やはり元から飯富で作られていた米は南の彌下平野で作られていた種だった為か他の米に比べて一際育ちが良くなかった。良し、残念だが元からの米は今年はやめて三種類にしよう。他は一年で判断を下すのは早いだろう。天候の変化に対して強み弱みを見せるかもしれない。いや、天候で言うと気温が高い年は元から作っていた米が強みを見せるかもしれん…一枚だけでも続けるべきだろうか。良し、これは有識者に相談だな。それに和尚に今までの天候と作柄の関連についても確認しよう。


 それはそうと美代に続いて、八郎と再婚した田鶴と嘉助の妻である里も懐妊したようだ。飯富村は一気にベービーラッシュとなりそうだ。食い物がマシになったからだろうか?

 特に里は同い年の初が早くに富丸を授かっている事から子が出来ない事に悩んでいた様子で、その喜び様と言ったら例え様の無いものであった。

 一方の田鶴は既に齢三十を越えており、この時代では中々の高齢出産と言える。勿論、同様の例は幾らでもあるし、何なら祥智なんかもその口だ。だが、危険が増すのは言うまでもなく、既に俺は度々気を揉んではその度に皆に笑われている。

 しかし、皆があの狭い長屋に寿司詰めに暮らしている中で一体どこで致しているのだろうかと疑問に思う。外か?寒くないのか?凍ってしまわないか?それとも愛の力は寒さも超越するのか??まさか風呂か?風呂なのか??奴等が致した後の風呂に入るのはちょっと嫌なんだが…

「大将ー!」

どんどん思考がしょうもない方へズレて行っていると、丘の下から誰かに呼ばれる。

「大将ー!産まれましたー!」

「何っ!?」

俺は慌てて丘の下に向かって駆け出した。


「かわいいねぇ…」

「ゎいぃねぇ!」

「可愛いなぁ…」

あれから三日、初の仔馬に我が村のチビっ子達は首ったけである。毎朝今までなら寝床でゴネていた時間から糸はいそいそと起き出し、富丸を起こすと馬の世話に向かう八郎や満助の後をちょこちょこと付いて行く様になった。尤も、その代わりに朝飯を食ったら二度寝を決めるのだが…春もちょくちょくやって来て世話を焼く様だし、宗太郎と寛太も来るらしい。二人はいつかは自分の馬をとでも思っているのかもしれない。


 あの日、丘の下から俺を呼んだのは満助だった。春が近付き牝馬の一頭である鹿の子が産気付いたと八郎が報告し、皆が仕事を放り出して厩代わりの竪穴住居に押し掛けた。

「少し早いのではないか?」

聞いていた時期より一月程早いお産を不安に思って八郎にそう尋ねると、

「まぁ、これ位なら良くある事です。きっと最初の種が当たったんでしょう。」

八郎は何でも無い事の様にそう答えた。

 専門家にそう言われししまうと何も言い返す事は出来ず、他の者と一緒に只息を荒くする鹿の子を見守る事しか出来なかったのだが、

「ほら、母馬の気が散るでしょうが!皆仕事に戻んな!」

そう言われて我等は厩から追い出されたのだった。


 まだよろよろと歩く仔馬がこちらにやって来る。

「かわいいねぇ…」

「ゎいぃねぇ!」

「可愛いなぁ…」

糸と富丸と一緒にその鼻面を撫でてやると仔馬は嬉しそうに顔を擦り付けて来る。

「かわいいねぇ…」

「ゎいぃねぇ!」

「可愛いなぁ…」

それ以外の言葉を忘れたかの様に仔馬を撫でていると、

「大将はいつまでチビ達と遊んでるんです!?さっさと仕事に戻って下さいよ。」

八郎に俺だけ追い出されてしまった…

 俺は大将なのに糸と富丸だけ仔馬と遊べるなんて全く酷い話だ。

 仕方無く、長屋へ戻る道すがら馬について考える。仔馬は一年程育てたら沓前で売る事が出来るだろう。蒼風の血を引いているから良い値段になるかもしれない。

 それを元手に牝馬を増やすか。今いる牝馬は八郎の見立てではそれなりに高齢らしい。仔を産めるのもそう長い期間ではないだろうからな。

 それは蒼風についても同じ事が言える。仔馬に良さそうな牡馬が産まれたら、その仔は後継者として残しても良いな。その為には仔馬を売って、代わりに母馬として良さそうな牝馬を手に入れるのが先か。

 兎も角、あの仔馬とこれから産まれるもう一頭が無事に育ってくれたらの話だ。その時にはきっと寂しくなるのだろうな。

 いや待てよ…その時は俺は子供達に嫌われてしまうのではないか?年上の子供達は分かってくれるだろうが糸と富丸はどうだ?「たいしょうだいっきらい!」とか言われちゃうのか!?そんなの絶対耐えられない!

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