72・冬支度

「それでは宝探しへ行って参りますよ。」

翌日の朝、いつも通りの態度で仁淳が巫山戯た調子でそう言う。彼はこれから山へ狩りに入る祥猛達に同行し山に生える薬となる植物を調査する為だ。

「うん、祥猛の指示にちゃんと従えよ?それと後ろには十分注意を払え。」

それに俺は半笑いでそう答える。

「はて、後ろですか?」

先程までの人を食った態度が一瞬影を潜め、目を丸くしてそう聞き返す仁淳。

「あぁ、どこから矢が飛んでくるか分からんからな。」

俺はそう言って笑う。

「あぁ、猛はそれで昨夜あんなに丁寧に鉈を研いでいたのか。」

しれっと祥智もそんな事を言う。

「また…」

頬をひくつかせながら仁淳が振り返るといつの間にか鉈を鞘から抜いた祥猛がそしらぬ顔で山の方を眺めながら鉈の腹を掌でポンポンと叩いている。


 さて、何故だか微妙にぎこちない歩みで山へ向かった仁淳を含む一行を見送った所で我等も仕事に掛かる。秋の収穫後、長屋の建設と堰の築造に全力を振り向けていた影響で冬篭りの準備が遅れているのだ。

 特に秋の山の幸の収穫はかなり落ち込んでおり、栗、柿は近場の木から子供達(主に春が)が頑張って採って来てくれたものの、その量は昨年の比では無く、お堂の軒先から垂れ下がる干し柿の量を見て糸は。

「すくないねぇ…」

と、がっかりした表情を浮かべ。その横で富丸が、

「くにゃいねぇ…」

等と可愛らしくお姉ちゃんの真似をしていたりする。

 これに関しては、今年は穀物の収量も増え、買い付けた蕎麦で少し酒造りをしてみようと思う程度には確保出来ているので何とかなる予定ではあるのだが、食の楽しみはそれとはまた別の問題なのだろう。

 因みに、収穫が増えたとはいえ、一年で何とか飢えずに済みそうになった事には絡繰が有る。それは現在の飯富村には年貢が無いと言う事である。つまり収穫が全て自分達の飯になる為に短期間の泥縄的な改革でも何とかなったのだ。勿論それでも収穫量的には去年の倍近くに増えているのだが(増えた多くの部分は蕎麦が占めるが)。

 山の幸と言う点では椎茸も探しに行く余裕が無かった。勿論、狩猟班は血眼になって探してくれてはいるのだが如何せん手が足りないし獲物を探しながらではどうしても片手落ちになってしまう為、秋の収穫は三本に留まった。そろそろ手持ちの銭も少なくなって来ている事を考えると来年は代田から穀物を買い付ける事は難しくなるかもしれず、より一層の食料増産を目指さなければならない。頼りは完成目前の堰と用水路になるだろう。兎も角、秋の実りはこれ以上期待出来ない。来年の春に向けて出来る事を始めるとしよう。


 子供達には昨年と同様に落ち葉集めを頼んだ。宗太郎が大人組に交じる様になった事で子供組の戦力が大幅に低下し、寛太の重要性が増した。本人も心中では毎日祥猛に付いて山に入りたいだろう所をぐっと堪えて何それとなく働いてくれている。

 男衆は、まず炭焼き用の細木と竹の伐採に取り掛かる。春の準備も、冬を越せなければ意味が無いのだ。才田殿への御歳暮としても必要だしな。

 女衆は竹の運搬と冬野菜の手入れだ。本当は崖下の沼地に葦も刈りに行きたいのだがこれはもう少し雪が増えて確実に襲撃が無いと確信出来るまでは危なくて行かせられない。雪が積もってから沼地で足を水に濡らすのは考えるだけでも嫌なものだ。

 それから飼育班はこちらも遅れに遅れていた冬の飼葉の刈り取りに行く。手が足りないのは去年の一件から明白なので今年は最初から数人人手を回す事にした。


 切り出して炭焼き窯に入れるのに丁度良い長さに切った丸太を背負子に背負い、更に数本両手で抱えて斜面を下る。馬を使えれば楽なのだが、二頭の牝馬はと言えば順調に腹を膨らませて、必死に飼葉を刈り取る八郎達の横で今日ものんびりと草を食んでおり、蒼風はすっかり底を着いた石灰石の運搬に勤しんでいるのだから如何ともし難い。

 斜面を下る途中で、遠く川向こうのお堂の丘の下を特別に拵えて貰った小さな背負籠を背負って糸と富丸が春に手を引かれながらトコトコ楽しそうに斜面に向かって歩いて行く。再び落ち葉を拾いに行くのだろう。

 寛太の姿が見えないから、彼は祥猛に言われた通り走って落ち葉を運んでいるのだろう。戰場では走れる奴が生き残れるのだ。背負う荷物も軽いからそう大変な仕事でもないし、果たした仕事も見た目から分かりやすい落ち葉運びは達成感の得られやすい手頃な走り込みと言えそうだ。祥猛もあれで良く考えている様だ。いずれは宗太郎を支える存在に育ってくれるだろう。

 一方、俺も宗太郎の教育については色々と悩んでいるのだが、中々これと言った方策が思い浮かばず、場当たり的な事しか出来ていない。対して、寛太の方は教える事が単純である為に成果が見え易いのだ。それが尚更、宗太郎の焦りに繋がっているのだろうと感じている。いや、俺もか…


「それで、どんな塩梅だった?」 

晩飯を済ませた長屋で仁淳にそう聞く。仁淳は手にした湯飲みに口を付け、

「ほう、これは香りも味も良いですな。」

そう言った。我等が手にしている湯呑に入っているのは蕎麦茶だ。

 いい加減白湯に飽きていた俺が、想定外に手に入った蕎麦を使って何となく拵えてみた物だ。勿論、蕎麦茶の作り方なんて知らないので、殻を外して鍋で適当に煎った物を煮出しただけなのだが、それでも色も香りも、そして味もそれっぽい出来になった。皆も旨そうに飲んでいる。麦茶も考えたのだが、それは夏前に畑の大麦が沢山収穫出来た時にしようと思う。

「あぁ、思ったより旨く出来たわ。それで?」

重ねて尋ねると、

「まぁ、時期が時期ですので黄連オウレンが少々と、時期を少し外しておりますが銀杏と赤芽柏の皮がこれも少々。榧実ひじつもほんの少し拾えましたがどれも落ちてから時が経っておるでしょうから乾かしてみてどうかですな。」

銀杏以外は良く分からない名前が並んだが、

「来年以降はそれなりに有望と考えて良いのか?」

取り敢えずそう聞いてみる。

「宜しいでしょう。これだけの山ですからな。特に高い山でしか採れない薬種は貴重故、出来れば上の方まで登ってみたい所ですな。」

「上か…御坊、双凷山の上まで登った者は今まで居りましたか?」

「いえ、存じませぬ。」

恐らく居ないだろうと思っていたがやはり居なかったか。そんな余裕は無かっただろうしな。


「それと、時期によっては人を回して貰わねばいけなくなりそうです。黄蘗きはだ等は木を切って運ばねばならんのですが、私一人ではとても無理と言うものですから。」

「黄蘗!?」

仁淳の答えに俺が返事をする前に小枝がそう大声を上げる。

「小枝、急にどうした?」

湯呑を握り締め立ち上がっている小枝に声を掛けると、

「黄蘗は、あ、赤芽柏もですけど染料になるんです。それは私に下さい!」

興奮気味にそう答える。

「娘よ、寄越せと言うが私は薬種として探して来たのだ。そうですかと渡す訳には、」

「大将!」

仁淳がそう述べるのが終わるのを待たず矛先は俺へと変わる。

「仁淳、黄蘗とやらは薬種としては高く売れるのか?」

「一本の木からかなりの量採れますからな、決して安くはありませんが、まぁ並と言った所ですか。」

「黄蘗染めの布は結構高く売れますよ!」

俺は矛先を逸らす意味も兼ねて仁淳に話を振り直したのだがそこにも先回りして来る小枝。

「村で薬として使う分を取った残りは染料として良い。だが、薬が優先だ。立派な服を着た死人では意味が無いからな。」

俺はそう言ってその場を締める。小枝はまだ少し不満そうだがそれでも話の内容には納得したのか引き下がった。


※※※※※※

 今回も時間が掛かってしまいました。連休最後に酷い風邪をひいて咳が止まらなくなったのもあるんですが、問題は薬師なんてものが登場した点です。いや、お前が登場させたんだろ、と言う話ですが…ならば多少生薬の事も調べておかなければなんて思ったのが運の尽き。いや、最初から調べておけよ(ry

 と、言う事で薬種関連の所は話四分の一くらいの感じで読んで頂けると助かります。


 それと連休明けから再開とお知らせしておりました戦雲の方は週明けから再開致します。ちょっと色々余裕がないもので…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る