66・替え玉

 十人と少しの賊は今までの通り、投石によってあっと言う間に倒す事が出来た。問題は川向こうでこちらを伺っている三人である。やはりと言うべきか、攻めてきた者達は捨て駒だった様だ。

 こちらの手の内が一つ知られてしまったと考えるべきだろう。そしてその手の内、つまり投石は現状、我等の最大の強みだと言う事も問題だ。これ以上の情報を与えたくない。そうだ、

「幸!」

俺は今日も今日とて竹槍車の後ろで待機したまま終わった幸を呼ぶ。

「なんでしょう?」

幸が車の後ろからそう答える。

「今からお前がこの村の大将だ。俺が居る事を向こう岸の奴等に知られたくない。やる事は指示するからちょいと一芝居打ってくれ。」

俺がそう頼むと、

「えぇ!?そんな事出来やしませんよ!」

幸はそう叫ぶ。

「いつも佐吉をどやしているみたいにやれば良い。」

俺がそう考え無しに言うと、

「あたしがいつそんな事したってんです!?」

そう凄まれた…

「そ、それだ、その感じ!その感じでやってくれ!」

怖かった…


 その後、なんとか幸を宥めると、幸を先頭に俺を残して皆で門を開けて外へ出て行った。柵を外しながら倒れ伏す賊の下へ向かう。

「さっさと柵を外しな!ぼさっとすんじゃないよ!」

幸がそう声を上げながら皆に指示を出す。ノリノリじゃないですか…

「それ、放て!」

まだ息の有る賊を縛り上げた後、皆が崖の端から下の三人に向かって石を投げる。

 投げるとは言っても紐は使わない。手で投げる。紐を使っているのが土塁越しに気付かれていなければこれも目晦ましの一つ位にはなるだろう。

 当然、女達の投げた石は遥か手前に落ちてしまうが、何人かの投石の得意な男が投げた石は三人の近くに落ち始める。それを見た三人は余裕綽々と言った様子で踵を返し、下流へ向けて去って行った。

 撃って出て討ち取るべきだっただろうか…いや、遠めに見ても手練れと分かる連中だった。村の男衆では手に余るだろう。せめて祥猛が居れば話は違っただろうが…それに数を頼みに撃って出れば、向こうは逃げの一手だっただろう。そう自分に言い聞かせる。どうして守りの思考になってしまうのは戦力が足りないからか、それとも守らねばならぬものが出来たからか…


 そんな事を考えていると、倒れた賊を運んで皆が戻って来る。使うのは竹編みの担架だ。竹の棒二本の間に粗く編んだ竹編みを張った物だ。戸板の無いこの村では必要だろうと雨の日に試しに作ってみたのだが悪くなさそうだ。

「生きている者はここへ降ろしてくれ。」

俺がそう言うと五人程の賊がそこへ担架ごと降ろされた。弓を使う者が居なかったから案外生存者が多いな。止めを刺さなければならない事を考えると憂鬱になる。


「おい、お前等、春に平林の村を襲った連中の残りか?深緒の東の森の中を塒にしていると言う。」

俺は一番軽傷の(それでもあちこち骨が折れていそうだが)壮年の男に尋ねる。身形的にそれなりの立場にはありそうだ。

「あ、あぁ、そうだ。やっぱり頭達はここで殺られちまったのか…」

やはり、あの時の残りの連中の様だ。

「では、下に居た三人は何だ?」

「…話したら何をくれる?」

痛みを堪えながらそう聞き返す男。

「皆、楽に逝かせてやる。それに先に逝った仲間達と同じ場所に埋めてやろう。」

男が望んだのは助命だったのだろうか。だが、俺に提案出来るのはそれ位しか無い。

「ふ、そうか…」

男はどこか晴れやかな顔でそう言うと、喋り出した。


 男衆が賊の遺体を埋めて行く。たった一年で皆、随分と慣れてしまったものだ…良いか悪いか、良い訳が無いな…そこへ、

「兄者、また来たのか?」

山から下りて来た祥猛がやって来てそう聞く。

「あぁ、此度は最初から我等が狙いだった様だ。」

「何でまた?」

俺の答えに祥猛が呆れた様に言う。

 奴等から聞き出した話に拠れば、春の戦いで頭を含む半数の仲間を喪った奴等は途方に暮れていたらしい。当然だろう、指示を出す人間が居なくなってしまったのだから。

 それでも直前に奪った食料で何とか食い繋いでいた所に先程の三人の属する賊、早瀬で最大勢力の賊から声が掛かったのだと言う。第二勢力がいきなり半壊した事に興味を抱いたらしい。

 先行きの見通せなかった奴等はそのまま最大勢力に合流。事情を聞かれて正直に答えた結果、仇を討ったら郎党に加えてやると言われ今回の仕儀に至ったと言う事らしい。

 尤も、奴等は同行した手練れの三人が加勢すると思ってここまで来ており、直前で襲うのは自分達だけだと知らされた為に揉めていたと言う事らしい。

 因みに、三人の中で最も身形の良かった男が頭本人であったらしく、無理をしてでも討って出るべきだったと後悔した。


「んで結局の所、何でこんな貧乏臭い村にわざわざやって来たんだ?」

話を聞いた祥猛が身も蓋も無い事を言う。

「早瀬の村々は大也小也奴等に上納して難を逃れているらしい。襲う所が無いのだろう。」

手練れを多く抱えた連中と遣り合うのは負けはしなくとも被害が大きい。それ位なら多少の支払いは目を瞑ると言う事だろう。

 更に巧妙な点は、早瀬、馬下と言った遠濱の者が直接治める村々へは襲撃を控えている点だろう(しない訳では無い。看過できる程度に留めていると言う事だ。)。これに因り、大規模な討伐が行われない様に立ち回っているのだ。

「それと、頭の克時なる男は戦好きの戦上手だそうだ…人を殺すのもな…」

そして、問題はこちらだろう…

「うわ、最悪だな…それは必ず来るな。」

祥猛も俺と同じ事を思ったのだろう、顔を顰めてそう言った。旅の途中、戦好き、と言うか戦狂いと言った方が良い人物にも出会った事が有るからだ。

「防備を固めるか?」

祥猛が続けて、そう聞いて来る。

「だが、これ以上となると時間が掛かる。次の春までならまだしも今年の内にとなると何ともならん。」

俺は現状から考えてそう答える。

「だけど、何もしない訳にも行かないだろう。何か考えよう。」

「そうだな…」

そうして二人で頭を悩ませる事になる。

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