67・xxはまだ無い
’カーン…カーン’
ゆっくりと鐘が鳴る。昨日の襲撃を受けて付け焼き刃ではあるが柵の強化をしていた俺と祥猛は、揃って顔を上げる。
恐らくは代田へ行った者達が帰って来たのだろうと思い東の谷筋を見遣ると、やはり馬を先頭にした二十人程の集団が荷を担いでこちらへ下って来る。
作業を中断して門の脇に置いておいた具足を身に着ける。少し離れた家の建築現場でも建物の中に置いておいた武具を取り出す男衆の姿が見える。昨日の襲撃を鑑みて、買出しに出た面々が村に近付く段階で護衛をする必要性が有ると判断したのだ。
慌ただしく武具を身に着けた皆を引き連れ、街道へ続く坂を下りて行く。
「来ると思うか?」
道すがら祥猛にそう尋ねてみる。
「昨日の今日は無いと思うけどな。わざわざ手の内まで確認しに来たんだろ?」
それに対して祥猛は緊張した様子も見せずにそう答える。
そう、そのはずだ。犠牲まで出してこちらの手の内を調べに来たのだ。最低でもその準備に一日二日は掛かる筈だ。自分の想定と同じ答えが返って来た事に安堵するがそれでも不安は消える事は無い。
「満助、八郎に急ぐ様に伝えてくれ。」
坂の下まで下り、川を渡って北敷道へ出ると満助にそう頼む。
「は、はい!」
満助はそれを聞くと勇んで東へ街道を駆けて行った。
西に向けて隊伍を組み暫く待つと、八郎が蒼風を曳いて小走りにやって来る。他の者は荷を運ぶのに慣れていない事もあり、まだ少し距離が有る。
「大将お待たせしました。」
そう頭を下げる八郎に、
「いや、良く無事に戻ってくれた。話は後で聞こう。先に上がってくれ。」
そう行って八郎に先に坂を登らせる。
その頃には徐々に足の速い者から辿り着き始めており、彼等も順に後を追わせる。そして、最後に皆を見守る様に戻って来たのが吉兵衛で、
「鷹山殿、襲撃が有ったとか。」
開口一番そう聞いて来た。
「うん、様子見で有った様なので次が有るやもと思ってな。一応迎えに出て参ったのだ。」
俺は吉兵衛にそう説明しながらも隊列の後ろを守る様に坂を登って行く。
「良し、皆は仕事に戻ってくれ。吉兵衛殿達は荷を降ろしたら今日はゆるりとなさってくだされ。」
門まで何事も無く戻ると、皆にそう伝える。
「八郎、急ぎの報告は有るか?」
「いえ、特には。」
「では、晩飯の時に聞こう。荷を仕舞うのを監督したらお前も休んでくれ。」
俺は八郎にそう確認すると柵の強化に戻る。
柵は既存の柵から斜め前に迫り出す様にもう一枚柵を取り付ける。坂の上に迫り出す様にして梯子を架け難くしたり、追加した柵を乗り越えたり隙間を潜ったりする時に敵の動きを限定させる程度の効果は期待出来るだろう。
「始めての他国は如何でしたかな?」
晩飯時に吉兵衛にそう尋ねる。
「そうですな、こちらとさして変わらないと思いましたな。まぁ…家々の造りは多少…」
それに対する吉兵衛の答えは最後には言葉を濁す形になった。
「あっはっはっ!さして変わらないと言う点はそうだろうな。他国と言えども一山越えただけだからな。そう大きくは変わるまい。ただ、能々話してみると物の呼び名が全然違っていたりする事も有るのだ。時には、思いもしない物を食料としている場所も有ったりしたものだ。まぁ、家の襤褸さでは日の本中見渡しても、ここより酷い場所はそう多くはないだろうな。それもこの冬までの話だがな。」
「あの新しく建てている家なら我等も住みたい位ですよ。」
俺がそう言って大笑いすると、気不味そうにしていた吉兵衛もそう言って少し笑った。
「そうか、そう言って貰えると建てた甲斐が有る。」
その後、俺達が巡って来た土地の話をすると吉兵衛は興味深そうに話を聞いていた。
「さて、八郎。報告を聞こう。」
吉兵衛との会話を終え、本題の八郎からの報告を受ける。
「まぁ、去年と大きな変わりは無かったですね。今年は蕎麦が良く穫れたそうで、かなりの量が買えました。只、蕎麦は嵩張るもんですからもう一回運ばにゃなりません。」
「そうか…襲撃が有るやもしれんから八郎には残って貰いたい所だが…満助をやるか?しかし、余所者を二十人も連れて何か有った時には奴では厳しいだろうな…」
そして、八郎の報告を聞いて俺は悩む事になる。何せ八郎は兵としても主力なのだ。
「うーん…御坊にも行って頂くか?そうすると今度は見張りが…」
今日も今日とて、我が村は人手不足である。
「おぉ、悪く無い。」
長屋の床に寝転んで祥猛がそんな感想を口にする。
「悪く無いなんてとんでもない!こんな立派な家、夢のようじゃありませんか。」
それに対してそう答えたのは一番向こうの部屋で寝る用意をしている田鶴だ。周りの者もうんうんと頷いている。
助っ人が帰還した影響で再び寝床のお堂を追い出された我等だが、外壁が出来、床板を敷いた事から長屋で寝起きする事になった。
見た通り、内壁は小舞を作っている段階なので声も視線も通り放題。なんなら屋根に至ってはまだ葺いていないので茅を押さえる押し木の格子の隙間から月が覗いている有り様だ。
「明日は絶対に茅を葺くぞ。」
俺が決意を込めてそう呟くと周りの皆も心の底から頷いてから眠るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます