65・無頼

 鐘が鳴り響くと同時に、普請に当たっていた皆の空気がガラリと変わる。鐘を連続で打ち鳴らすのは脅威大の意味だ。

 そして空気の変わり方も今回は変わっていた。今までであればここで驚きや恐怖の感情が湧き上がっていたのだが、今回は完全に怒りの感情に取って変わっている。

「この糞忙しい時に!」

誰が言ったのか、思わず零れたこの言葉が皆の気持ちを如実に表しているだろう。

「急げ、もう近くまで来ておるぞ!」

その瞬間、門からこちらに向けて見張りの菊婆が叫ぶ。

 家を建てているのはお堂から坂を下って直ぐの場所なので門は目と鼻の先だ。だから十分に叫べば聞こえる距離なのだ。

 それを聞いて、皆は慌てて戦支度の為にお堂に駆け上がり、俺は状況を確認に門へ走る。

「お婆、何があった。」

「今回はちと多目でしてな。それと森の縁を回って参りましたぞ。」

俺の質問に菊婆は北敷道を指差しながらそう答えた。

 成程、十五人程の武装した集団がかなり近い位置をこちらに向けて進んでいる。既に双凷川(田畑の在る西の川)が早瀬川に合流する場所から下流に向かって広がる沼地(冬に葦を刈り取る場所)の近くまで来ている。森に沿ってやって来たと言う事は最初からここを目的として、平林を通るのを避けたからだろう。つまり、今までの様なオマケでは無くなったと言う事だ。


 あの場所からだと走ると四半刻もあればここまで上って来られる。勿論、この坂を駆け上がればへとへとになって戦どころではなくなるだろうが、こちらの準備が間に合わなければかなりの脅威になる事も間違いが無い。

 祥猛を呼び戻す時間も無いだろう。丁度昼時の今頃は一番遠い場所に着く頃合だろうからだ。

「柵を立てて来る。他の連中が来たら決めた通りにと伝えてくれ。」

俺は菊婆にそう言うとまず、門の左側の土塁の端に莚で作った旗を垂らす。これは買出しに出た連中へ敵の接近を知らせる為に決めた合図だ。

 続いて門の脇に置いて有る柵を抱えて身を低くして坂へ飛び出す。これで下からは姿が見えにくくなるはずだが旗が掲げられるのは見えたかもしれないので効果の程は微妙かもしれん。


 柵を三段設置し終え、門へ戻ると、支度に手間の掛からない軽装の者達が既に待機しており、俺が入ると直ぐに門を閉めて固定する。

「今回は支度がギリギリ故に、追い返す事を目的とする。いつもの様に姿はギリギリまで隠しておくんだ。石はいつもより多目に懐に入れておけ。一番下の柵に敵が取り付いたら合図を出すぞ。」

集まっている者達にそう指示を出すと、各自割り当てられた場所で土塁の影に伏せる。

 そうこうしている内に具足を身に着けた連中も続々とやって来る。俺も自分の武具を受け取り、急いで身に着ける。

「下まで来ましたよ。」

土塁の上からそっと覗き込んでいる初がそう言う。

 土塁によじ登り、初と並んで覗き見れば川向こうでもこちらを伺う構えを見せる。

 暫くすると賊の中で比較的身形の良い、と言うか重武装の男が三人、他の者に対して指示を出し始める。真ん中の奴はかなりやりそうだ。遠目でもそう感じる佇まいをしている。


 しかし、指示を受けた十人と少しの人間とその三人が何やら言い争う様な素振りを見せ、中々その場から動こうとしない。

「あれは何をしているのですかな?」

いつの間にやら隣で覗いている和尚がそう聞いてくる。

「さぁ…」

本当に何してるんだろう…早く仕事に戻りたいんだけど…

 今は人が少ないとは言え人数はこちらの方が多い。いつもの様に姿を見せて威嚇すべきか?でも、敵には弓を持っている者も何人か居るしなぁ…


 そんな事を考えていると、

「む、進み始めましたぞ。」

和尚がそう伝えてくる。

 成程、指示を受けた側の十人程が恐る恐る進み始めた。だが、指示を出した三人は川向こうで動こうとしない。

「あやつ等は来ませんな?」

和尚も不思議そうにそう言う。

「そうですな、立場に差が有る様ですが後ろの者達は早瀬の国人連中と言う事は?」

「さて…拙僧には分かりかねますが…」

俺の疑問に和尚はそう答える。だが、この動きでは十人は捨駒。いや、まるで威力偵察の様ではないか…


===??===

 川向こうに見える崖の上を見れば土塁の上に粗末な竹の柵。門の場所にも似た様な竹の格子が嵌っている。一見、人の気配は無い様に見えるが俺にはこちらを伺っている者が何人か居るのが感じられる。

 この春に深緒の東の森を塒にしている連中が平林で大負けしたと言う噂が流れた。

 奴等はここいらでは俺達に次ぐ規模の無頼共だった。規模で言えば俺達の半分よりも大きかったが戦の達者な者が少なかったから集団の力としては半分以下だろう。それでも大負けしたと言う話は聞き捨てならなかった。


 そこで手下を何人かやった所、やられたのは半分程で、場所も平林ではなく、その奥の崖の上のちんけな村らしい。

 らしい、と言うのは誰も帰って来なかったからだ。分かっているのは行き掛けの駄賃に崖の上の村に頭を含む半分程の人間が向かった事。そして、誰も戻って来なかった事だ。


 結局、残りの十人程は俺の手下に収まった。率いる者が居なくなっちまったからだ。

 だが、そんな奴等はたった今、目の前の坂を登って行く。敵を仇を討たねぇ奴は認めねぇとか理由を付けたが、死んでも惜しくない連中だから相手の力を測るのに打って付けだっただけだ。

 屁っ放り腰の連中が坂を登って行く。あれじゃあ、俺の所じゃやっていけないな。そう思ったその時、奴等の頭の上から石が降り注いだ。相手は姿を見せない。見えるのは石を投げる腕だけだ。いや、時折頭も見える。碌に具足も着けちゃいない。それどころか女も多く混じっている様に見える。

 だが、確かにありゃあ有効だ。その証拠にもう奴等に立っている者は居ねぇ。成程、これは中々楽しめそうだ。

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