64・四掛四

 今年も代田への買出しの列が村を出て行く。だが、去年と違うのは村の男はほとんど含まれていないと言う点だろう。

「貴殿らには、明日ここを発って沓前国、代田へ行って貰いたい。」

吉兵衛へそう告げたのは昨晩の歓迎の夕餉の後だった。

「沓前へ!?我等はここへ手伝いに来たのではないのですか!?」

泡を食ってそう聞き返す吉兵衛に、

「うん、目的は食い物の運搬だ。貴殿等が食う物、報酬として持って帰る物もそこから出るので重要だぞ。」

俺はそう伝える。

「そ、それであれば…」

まだ飲み込み切れて居ない表情で吉兵衛はそう答えた。


 八郎が荷を積んだ蒼風を曳き先頭を行く。二頭の牝馬は春の種付けの結果、見事に仔を孕み現在は仕事から離れている。この点でも切端からの助っ人は実に時期を得ていた。続いて切端の男衆二十人。最後に、

「では兄者、行って参ります。」

「うん、去年同様慣れぬ者が多い。頼んだぞ。」

そう簡単に言葉を交わして祥智と千次郎。そして頑として譲らなかった小枝が出て行く。

 彼等二人は織機の構造を調べに同行する。曽杜湊の少し東に織物で名の知れた村が在るのだ。そこの領主の倅の一人が曽杜湊の八坂道場に通っていたのだ。その縁で見せて貰えないか頼むつもりなのだ。

 本当は千次郎では無く、より細かな仕事が得意な茂平を行かせようと思っていたのだが、本人がとてもそんな遠出は自信が無いと辞退したのだ。

 確かに茂平は手先が器用な反面、体を動かすのはあまり得意では無いのだが、千次郎は豊と夫婦になる予定なので小枝と二人で出すのは避けたかったのだが仕方が無い。

 女連れも一人位なら何とかなるだろう。この時期は沓前国ではあちこちを商人が行き来しているから、それに混じれば良いし、そもそも沓前国は周辺国とは距離を置いて独立独歩を行っている関係から割合国内の治安が良いのだ。


 さて、見送りも早々に我等も急ぎ作業に掛かる。切端からの助っ人が来た結果、住居の問題が喫緊の課題となったからだ。

 この問題にどう対応したかと言えば、溢れた俵を庫裏に詰め込み、残った部分に年寄と子供達も詰め込んだ上で、残りの者は二棟残っていた竪穴住居へ移る事になったのだ。

 当初は男衆だけが移り、女衆はお堂に残す事も検討したのだが、切端の者と間違いが起きぬはずが無いとの意見が出た為、全員が移る事になってしまった。

 結果としてどう考えても無理な人数が詰め込まれる事になった為、室内は人間の体温で中々暖かいと言う思わぬ副産物を生んだものの、横になっては寝られない程の有様になってしまった。その為、冬に行う予定だった家の建築を前倒しして、堰の建設と並行で行う事にした。


 現状は、礎石の代わりに設置する柱の大きさの凹みが作ってある三和土の束石を製作して、これを設置した地盤が締まるのを待っていた状況だ。

 今日からはこの上に柱と梁を立てて行く。柱と梁は全て太さ四寸で統一し、長さも一間と二間(ほぞの加工をする為の長さを若干追加して確保してある。)で統一した。規格の統一を図ったのだ。言ってみれば戦国2×4である。まぁ、四寸の正方形であるからして四掛四であろうか。

 更に作業の速度向上と資材の節約の為に、建物は所謂長屋構造として壁と柱の数を吝嗇った、もとい、削減した。

 この結果出来上がるのは、茅葺の切り妻屋根の三軒長屋の予定で、一軒の広さは二間四方で間取りは一間のみ、中央に囲炉裏を切る。しかしこれでは不便なので、一間の土間を付け足し、ここは茅葺屋根の下から緩やかな板屋根を突き出す形とした。取り合えずこれを二棟建てる。因みに三軒長屋なのは最初だからだ。慣れたらもっと数を増やして長くしても良いと考えている。

 既に加工の済んだ柱をどんどん立てて梁を枘で固定して行く。よりにもよってこの状況で大工の千次郎が出掛けてしまったのだが、材木の加工は済んでいるので茂平の監督だけでも何とか形になって行く。

 女衆も根太等の細い木材をどんどん運んで行く。助っ人が戻って来るまではお堂で寝起き出来るが、それ以降はまた地面に寝る事になると思えば皆必死に作業に取り組んでいる。この分なら明日には屋根の部分に取り掛かれるだろう。


 翌日は前日の見立て通りに棟上が完了した。大引と根太の設置も終わって家の形が見えて来る。

「やっぱりちょっと狭いんじゃないか?」

夕方になって山から戻ってきた祥猛がそんな事を言う。

 確かに二間四方と言うのは田舎の農家の住まいとしては狭い部類だろう。

「まぁな。だが現状で一番人数の多い家族だって三人なんだ。当面はこれで足りるさ。子沢山の家が出来たら大きな家を建てれば良い。後々は独り者が住めば良かろう。」

「まぁ、そうか。」

俺がそう言うと、あっさりと納得して引き下がる。

「それで、今日はどうだった?」

話題を変えてそう聞く。

「あぁ、三つだな。」

「おぉ、中々じゃないか。」

「まぁな、智の兄者が居ればもう少し増えるんだろうが俺と弥彦だけだとこんなもんだ。」

そう。ここ最近の狩猟班は狩りそっち退けで椎茸探しに邁進している。助っ人の人数が予定外に増えた事も有り、出費が想定より大幅に増えそうなのだ。

 日が傾いてもまだ仕事は続く。今度は女衆や子供達が集めて来た、柿や栗を干さねばならない。少しでも冬の食料を確保する為に、夕餉の後も囲炉裏や竃の火を明かりに作業を続ける。


 更にその翌日。男は外側の壁を積んで行く。梅雨時に造り溜めしてあった煉瓦状に成型した三和土のブロックを同じく三和土をセメント代わりに接着しながら、それこそ文字通り煉瓦の様に積んで行くのだ。これにより通常の土壁より遥かに早く壁が完成する。

 耐震性が問題になりそうだが、直ぐ内側に小舞を設置して内壁として土壁を施工する予定なのでそれが支えになってくれるのではないかと期待している。

 対して、女達は内壁と各部屋の仕切り壁の部分に小舞を結わいて行く。小舞は土壁の基礎になる竹を格子状に編んだ物だ。


 思いついた時には煉瓦作りの様な外見になると思った三和土ブロック壁だが、見た目が余り良く無い。何と言うか暗いのだ。いずれ余裕が出来たら漆喰を塗りたいな。布糊は波左衛門が用意出来ると言っていたし、いつの日か綺麗な白壁の長屋に仕上げよう。

 そんな事を考えていた時、

’カーンカーン’

と、門の鐘が打ち鳴らされた。

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