62・喜びの季節 弐

「えいっ!」「……さっ!」「えいっ!」「……さっ!」

目の前で利吉と竹丸の二人が危なっかしく餅を搗いている。

「「あははは!」」

それを見て嘉助と満助が大笑いをしている。

「煩ぇ、笑うな!」

笑われた竹丸がそう怒鳴るが、

「お前だって暮れには散々俺達の事を笑ってたじゃないか。」

嘉助がそう言い返す。

「竹丸、余所見してないでびっとやってくれ!」

杵を振るう利吉が調子の狂った返し手の竹丸に対して堪らずそう叫ぶ。

「とぉちゃ、がんばぇ♪」

最近言葉を喋りだした富丸がそれを見て可愛らしくそう声を上げる。臼に近付かない様に富丸を抑える母の初も、それを見守る祖母の周も楽しそうだ。

 収穫を終えてもやる事が山積の飯富村だが、一日だけでもと言う事で細やかな祭りを行う事になった。

 神領ながら社すら無い飯富村だが、裏手の双凷山に向かって慣れない拍手を打って秋の実りを感謝した後、子供達のたっての願いで餅を突く運びとなった。

 因みに彌尖大社の祀る御柱はバリバリの海神だったりするのだが、感謝の気持ちを忘れない事が大切と和尚との共通見解で分かり易い裏山を拝む事にしたのだ。


 突きたての餅に熟し始めた栗で作った餡を付けて子供達や女衆が嬉しそうに頬張っている。男達も旨そうに餅を食べている。酒でも用意してやれれば良いのだが…

 酒か…米から日本酒を造る余裕は無いが、雑穀から何か出来ないだろうか?まぁ、それも食料が余ったらの話だ。余った分は貯蓄にも回したいしやはり当面は無理か。そんな取り留めの無い事を考えていると、

「あの、大将…」

八郎がオズオズと声を掛けて来た。

「どうした?」

いつもと違う様子に首を傾げながらそう尋ねる。

 そこで八郎は横に並んで立つ田鶴にチラリと視線をやってから、

「実は夫婦になろうと思いまして…」

そう恥ずかしそうに小さな声で言った。

「なんと、何時の間にそんな事になっていたのだ…」

それを聞いて俺は思わずそう呟く。

「…知らなかったのか兄者?前々からそんな雰囲気だったじゃないか。」

呆れた様子で横から祥猛がそう言う。祥智も同様の内容を目で語っている。

「そ、そうだったのか…」

おかしい、他の者も似た様な視線を向けて来るのだが…

「な、何はともあれ目出度い事だ。御坊、祝言はどの様にされているのです?」

ちょっと慌てながらそう祝った後、和尚に確認する。

「この村ではこれと言って特別な事は出来ませんので、今日の様に皆で集まってちょっと良い物を食べる。そんなものです。少し前までは花嫁用の着物が有ったのですが…」

燃えたか奪われたか、どちらかだろう。

 花嫁衣裳か。今度湊に行った時に…いや、予算的に厳しいな。椎茸が大豊作にでもなれば別だが厳しかろう。となると小枝が望む高機が手に入れば…いや、染色や仕立ても考えれば出来上がりがいつになるか分からない。祥智におねだりするしかないか…


「ねぇ…」

「わ、分かってるよ。あ、あの大将…」

八郎と田鶴が皆に祝われている中で豊に責付かれる様にして千次郎が声を掛けて来る。

「今度は千次郎か。どうした?」

そう聞くがモジモジとして中々答えない。

「…もぉ、ちょっと!」

煮え切らない態度に業を煮やした豊が肘で千次郎の脇を突く。

「何だ、お前達もか!?」

流石にそれで察しが付いた俺は再びそう声を上げる。

「は、はい!」

それを受けて千次郎が声を裏返してそう答える。

「…知らなかったのか兄者?」

見事に面白くない天丼が完成する…

 いやしかし、豊には満助が居るのではないか?確かに余り折り合いが良くないとも聞いたが、満助は良いのだろうか…

 そう思ってチラりと満助の方を見ると、一切こちらを気にする様子は無く、寧ろ師匠の八郎の慶事に喜びを露わにしている様に見える。

「二人が決めたなら俺からは何も言わん。目出度いな。」

問題が無いなら俺から言う事は祝いの言葉だけだろう。

「「はい。」」

それに対して二人は嬉しそうに答えた。


「皆、聞いてくれ。」

そこで俺は皆に声を掛ける。

「目出度く、二組の夫婦が生まれる事になるが、知っての通りこの後は色々と立て込んでいる。祝言は暫くして、諸々落ち着いてからになるだろう。四人もそれは勘弁して欲しい。」

そう言って見回すと四人も頷いた。

「それから、この村の者もあちこち周囲に出掛ける事が多くなった。だが、ここいらには名がちゃんと決まっていない場所が多い。例えば西の川と言っても田畑の所と石切り場の手前でどちらかパッと分からん事がある。そこで俺なりに名を付けてみた。」

そこで一度皆の顔を見渡す。

「まず、お堂の在る丘は桃山としよう。ここには桃の木を沢山植えたいと思う。館の方は梅崎としよう。当然、こちらは梅の木を植える。次は川だ東の川は湯の川としよう。出湯の池は熱壺あつぼ、そこからの沢は湯の沢としようと思う。」

単純な名が多いが、分かり易い事も大切だからな。

「田畑の有る川は双凷川。その先の草原は西原としよう。挟間は中狭間なかさま、その先の原野は…」

秋の爽やかな空気の中、話は続いて行く。


※※※※※※

有難い事に一時は日間のPVが三桁と振るわなかった本作も皆さんのご支援を賜りまして日間三千近くのPV数を得る所まで復活して参りました。

が…四月に入って猛烈にスランプですw全然書けてませんw毎日、ブラウザを開いて取り掛かるのですが四月になってから書けた文字数は恐らく一話分にも満たない程度だと思います…困ったもんだ…まだストックがありますのでそれが切れるまでには何とか脱出したいものです。

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