60・労働力

「お、おぉう…これが風呂か…」

おっかなびっくり爪先を湯に浸ける波左衛門。

「ここは湯が湧くのでこの形ですが、多くの場所では湯を沸かして湯気を浴びますな。」

風呂自体が初めてだそうなのでそう教える。

「う、うーん…」

どうにか足を湯に入れ、湯船の中で立つ。そして、大分経ってから、意を決した様に肩まで湯に入った。


「あー…これは確かに悪く無い。いや、だがやはりちと熱いな。」

すっかりと風呂に慣れた波左衛門がそんな事を言い出したので、

「では、少し水を足しましょう。」

そう伝えて水の水門を開く。

「おー、良く出来ておるなぁ!湯は何処から?」

「湯は柵の向こう側です。向こうは女子が使います。」

目を輝かせてそう聞く波左衛門に俺も答えて行く。


「これは、村の奴等も入れてやりたいものだ…」

そこまで気に入って貰えると饗した甲斐が有ったと言うものだ。いや、そうか…

「数人ずつなら構いますまい。時折連れていらっしゃると良い。」

俺がそう言うと、

「良いのか!?」

良い喰い付きで聞き返して来る。

「えぇ、その変わりにうちの連中に海を見せてやりたいんです。」

そう、特に女衆に海を見せてやりたいのだ。切端ならば獣にだけ注意していれば危険はほとんど無いと言える。

「そんな事で良いのか?」

ポカンとした顔でそう言う波左衛門。

「ここでは海は見る事が出来ませんからな。それに海の魚を食べる機会も無いですし。」

そう力説すると、

「そんなものだろうか?いや、こちらとしても全然構わない。それじゃあ、田が忙しく無い時期にでも。」

そう頷いた。


「そう言えば、秋の刈入れが終わると切端では何をするんです?」

冬の漁村の過ごし方について聞いてみる。

「む?一緒だと思うがな?冬を越す準備だな。畑では冬野菜を植えて、魚は干したり燻したりする位だな。あぁ、鮭の時期には鮭だ。冬を越すには鮭は絶対に必要だからな。」

ふむ…ひょっとすると。

「すると秋の終わりから冬場は割りと手が余るのですか?」

「そうさな。鮭を獲りに行く日位だな、人手が要るのは。」

これは、上手く行くと一気に話しが進むかもしれない。

「もし、出来る事なら収穫の後、人手を借りられませんか?仕事はキツイですが、飯は勿論こちらで用意しますし、少ないですが謝礼も出しましょう。」

「まぁ、鮭を獲りに行く時は村の者総出で一日掛かりで行くが、別に毎日の様に鮭はやって来るから一日で終わらせる必要も無いな…飯を食わせて貰えるなら悪くない話かもしれん。」

俺の提案に悪くない感触を示す波左衛門。これで人手が借りられれば一気に開拓が進められるのだが。

「謝礼と言うのは銭か?」

俺が波左衛門の考えが纏まるのを待っているとそう聞いて来る。

「銭が良いですか?」

銭なんて使う宛てが有るのか?そんな意図で聞き返すと、

「いや、出来れば食い物が良い。」

俺の質問に被せる様に波左衛門はそう答えた。

「では、その様に致しましょう。但し、あまり量は期待しないで下され。」

何だか期待値が上がっていそうなのでそう釘を刺す。

「そ、そうだな。お互い余裕は無い同士だ。当然の話だ。」

それを聞いて波左衛門は少し落ち着いた様ながっかりした様な表情でそう答える。

「それと、その時期は賊が襲って来る事も多く有る時期です。戦うのは我等が全て引き受けますが、もしもの時は逃げて頂く事になりますので、そこだけは予めお伝え致します。」

危険は先に伝えておかないと後で揉める。

「賊か。我等は喧嘩は日常茶飯事だが戦は経験が無いからそもそも役に立てんだろう。そうしてくれると助かるな。」

それを聞いた波左衛門は素直にそう話す。

「村同士の争いも無いのですか?」

海の男は荒っぽいと言う先入観が有るのだが…いや、喧嘩は多いのがそう言う訳か?

「稀に山の柴刈りで境を越えたのどうのというのは有るがそれ位だな。」

「川の水とか漁場の争いみたいな事は無いのですか?」

「一つの川に二つの村が有る場所は無いし、海も基本目の前の入り江から出ないからな。」

やはり海で魚が獲れると言うのは大きいのだろうな。そんな事を思いながら詳細を詰めて行く。


「そう言えば湊で売れる物なんですが。」

一段落付いた所でそう切り出す。

「おぉ、何か分かったのか!?」

「えぇ、まだ湊に行っていないので他にも有るかもしれませんが海鼠と鮑は間違いなく高く売れますが獲れますか?」

期待に顔を輝かせる波左衛門にそう尋ねる。

 所謂、俵物と言う物だが、この時代かなりの高級品として大陸に輸出されるのだ。

「沢山獲れる訳では無いが獲れるぞ。」

「熬海鼠と乾鮑にしてこちらに運んで貰えれば湊に一緒に運びますが。」

そう提案してみる。

「分かった。作らせよう。売れるとなれば皆も頑張って探すだろう。」

「なるべく大きな物だけを獲る様にして下さい。大きければ大きい程値が上がるらしいですから。逆に小さい物は買い叩かれてしまいますから海で大きく育つのを待つ方が良いでしょう。」

根こそぎ獲って来そうな雰囲気に慌ててそう付け加える。どうせなら最初から資源管理も教えておこう。

「成程、大きい物だけだな。それと、このわたはどうだ?貴人には酒の肴として珍重されると聞いた事が有るが。」

「このわたとは何です?」

聞き慣れない言葉にそう尋ねる。

「海鼠の腸を塩漬けにした物だ。知らぬか?」

「塩辛の様な物ですか?」

「そうだ、海鼠の塩辛だな。」

成程、珍重されるのなら運んでみる価値は有りそうだ。

「それも運んでみましょう。すぐに出来る物なのですか?」

「数日あれば出来る。」

「後は売れる程作れるか、ですかね。」

「そうか…まぁ、どの位出来るかも含めて試してみるか。」

「そうですね、試してみない事には分かりませんから、それが良いでしょう。」

話は尽きる事無く続いて行く。


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お陰さまで週間ランキングが14位と良い所まで上がって参りました。まだの方はフォローや★レビューをよろしくお願いします。

また、是非IFストーリー『戦雲迅く』の方もよろしくお願いします。こちらは連日、日間PVが二桁で泣いてしましそうですw

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