59・突然の来客

「やはり毛皮が想定より大分少ないのが問題ですね。」

「そんな事言ったって俺達も夏場は普請の方を手伝う事が多かったんだから仕方ないじゃないか。」

「しかし、蒔きっ放なし雑穀が案外実っている。収穫量は去年の倍は望めそうだから何とかなるんじゃないか?」

風呂場に置いた竹の長椅子に座りながらそれぞれに意見を交わす。


 我等兄弟三人と柳泉和尚、そしておまけの宗太郎で何をしているかと言えば、秋に向けての収支、もっと言えば売れる物と買いたい物の収支についての相談なのだが、収入の少なさを指摘する祥智とその槍玉に挙げられた祥猛が言い争っているのだ。

「まぁ、毛皮はどうしようも無いだろう。狩りに行く機会が少なかったのだからな。それに塩は目処が付いたし、道具なんかの大きな出費は今年は無いだろうから大きな持ち出しにはならないのではないか?」

「そ、そうだよ。それに智の兄者がもっと頑張って椎茸を探せば全部解決するだろう?」

現状では祥猛に肩入れするしか無い。祥智は商売っ気が強いので赤字が気になって仕方が無いのだ。

「そんなあやふやな事では困ると…」

「分かっている、分かっているとも。しかし、一年で大分改善しそうではないか。元から数年掛かりになると話していたではないか。急いてはいかん。」

思わず声を荒げる祥智を慌ててそう宥める。

 やはり、祥智はここでの暮らしに不満が有るのだろう。何か考えてやらないといけないな。


 夏もそろそろ終わりが見えて来た頃。蕎麦の収穫が始まった。多くは草引きもしていない蒔きっ放しの畑で育てたのだが、他の雑草に負けず頭一つ高く育った蕎麦はそれなりの数の実を付けているのが見て取れる。

 ところで、蕎麦と言うのは同じ株でもそれぞれの実によって熟し方に差が出ると言う困った性質を持った植物で、全ての実が熟すのを待っていると先に熟した実がぽろぽろ落ちてしまうのだ。

 その為、七、八割の実が熟した株だけを選んでそっと刈り取って行くと言う収穫するには他に比べて手間の掛かる作業が必要になる。だから、他の穀類とは収穫時期が重ならない様に播種の時期を調節するのだが、今回は更に、多くは草引きもしていない蒔きっ放しの畑での収穫作業なのでその手間も倍増するのだ…


「これは思った以上に面倒ですね。」

刈入れをしていると彼方此方からそんな声が上がる。

「草引きをしなくて良かった分だと思ってくれ。」

その度にそう声を掛けて回る。残った草は緑肥として犂で土に混ぜ込んでやろう。少し位は役に立つだろう。

 そう言えば蓮華を秋に蒔いて春に緑肥にする手法が有った様な気がする。ちょっとした観光地になっていた覚えがある。伸び放題の雑草を見ながら悔し紛れにそんな事を考えつつ腰を屈めて蕎麦を刈る。


 目の前に立てられた稲架け用の竹の骨組みに、縛られた蕎麦が逆さに架けられて行く。雨が降ったらすぐに仕舞わなければならないので取り壊されていない竪穴住居の傍で干している。特に秋雨の前の時期に収穫する蕎麦は危ない。

 収穫の結果、放ったらかしだった畑でも普通の畑の三分の一程度の収穫は得られそうな感じで、蕎麦だけでも結構な量が確保出来そうな感じだ。皆の顔も心なしか明るく見える。


「大将!」

そこへ、慌てた様子で竹丸が走って来る。

「どうした?」

俺がそう聞くと返って来た答えは意外なものだった。

「切端って言う人が川の向こうに来てるんです。智樣がすぐ来て欲しいって。」

「なんと!」

思わずそう言うと俺は西の川に向けて駆け出した。


「おぉ、鷹山殿。」

川を渡った先では祥智と波左衛門が他の者に遠巻きに囲まれて立っていた。

「どうされたのです突然?」

駆け寄りながらそう尋ねると、

「お主も突然だったではないか。」

そう笑いながら返される。

 俺は先触れに和尚をと思わないでもないがまぁ良い。

「まぁ、兎も角付いて参られよ。」

そう言うと和尚の居る門に向う。


「しかし、何だな。恐ろしい物でも見る様に遠巻きにしていたな。」

先程の皆の態度の事だろう。

「切端の者達も似た様なものでしたよ。」

「そうだったか?」

俺がそう言い返すと波左衛門は意外そうにそう答える。

「えぇ。それより、何でまたこんな時期に。もう少し後なら御馳走のし甲斐も有ったものを。」

話題を変えて、一番気になった事を聞く。

「あぁ、その時期は我等だって忙しいからな。その前に一度お前さんとこを見ておきたかったのよ。」

悪びれずにそう答える波左衛門。つまり、本当に取引する余裕が有るのか確認したかったと言った所か。

「田畑の広さは我等の所と大差無いんだな。」

橋を渡り、田畑を通り過ぎるとそんな感想を漏らす。

「人が少ないですからね。徐々に広げるつもりですがまだこれからの話です。」

そんな事を言いながら門へ辿り着く。


「御坊、切端から波左衛門殿が参られましたよ。」

そう声を掛けると、

「これはこれは、突然で御座いますな。」

和尚も目を丸くしている。

「ははは、お邪魔しますぞ。」

又も悪びれずにそんな事を言う波左衛門。

「取り敢えず風呂で饗して居りますので何か有ればそちらへお願いします。」

俺はそう伝え、風呂へ向かった。

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