58・順番

「ありゃ!?大将、もう底ですわ。」

西の川の河原の石を掘っていた佐吉がそう驚きの声を上げる。

「何?まだ二尺そこそこであろう?」

俺も驚いて穴を覗き込んだ。確かに膝より少し深い位の場所に川底の粘土層が覗いている。

 東の川の堰を復旧した後、我等は次の作業を決める為に西の川での工事規模の調査を行っているのだ。そこで川原の石の層の厚みを確認した所、想定外に厚みが薄い事が分かったのだ。

 因みに、東の川は石の層の厚さは四尺近く有った。これは川が流れた年月の違いに因るのだろうか。それとも地形に因るものだろうか。正解は分からないがとにかく我等にとっては朗報だ。作業が大幅に圧縮されるのだから。

「本当だ…いや、一箇所だけではまだ分からん。他にも何箇所か確認しよう。」

そう言うと佐吉他三人を引き連れて別の場所へ向かう。


 夏も終わりに向かい、刈入れまでに残された時間は多くない。我等以外の者達は来年以降に田畑を広げる為の用水路の開削に当たっている。

 当初の計画では、水路は全て三和土のU字溝で設置する予定だったが、主水路は一般的な水路の形に変更する事にした。ちょっと水量が足りないかなと思ったのと、やはりU字溝の必要量が多過ぎた為だ。

「これなら刈入れまでにこっちの堰も作れるんじゃありませんか?」

他の場所も似た様な厚みだったのを確認した佐吉が少し興奮した様子でそう言って来る。

「うん、可能かもしれんな…」

時間的には可能かもしれない…

「何か拙い事が有るんですか?」

煮え切らない態度を見た佐吉がそう聞いて来る。

「うん、これから野分も増える時期だし長雨も有る。雨が降ると作業が面倒だったろう?」

「あぁ…そういやそうですね…」

俺の答えに佐吉は顔を顰めてそう答える。

 東の川でも雨の日や夕立ちの後は、掘った部分に雨水が溜まったり、迂回水路が溢れたりで作業現場の周囲が水没する事が間々有り、その度に水を掻き出したり乾くのを待ったりする羽目になったのだ。佐吉もそれを思い出したのだろう。

「これなら、刈り入れの後から始めても雪が降るまでには終えられるだろう。今は水路やら田畑を広げる事に力を入れよう。」

俺はそう言って今後の方針を決めた。

 大雨が降って万が一、堰が決壊なんて事になると育った稲が台無しになりかねない。やはり、堰は渇水期に造りたいと思う。


 その後、我等は水路をどんどん伸ばして行く。水路の設置は堰の建設と違い負担が少なく、風呂の設置工事での慣れも合わさり進捗が速い。少しでも多く田畑を増やせる様にしたいものだ。

 しかし、水路以外にも田に切り替える畑は一度掘り返して排水構造を仕込んだりしなければならないのだが、そちらは今植えている作物を収穫してからでないと作業出来ない。

 そして、畑を広げようと考えていた場所は既に春に掘り起こして雑穀を撒いたまま放置してある為、こちらも収穫まで手出しが出来ない状況になってしまっている。

 さて、水路を敷き終わった後何をするかを決めないといけないな。


 暫くの後、野分と思しき暴風雨の翌日、作業を皆に任せ、俺は祥智と三太を連れ狭間の先の西の原野に在る西の川に向う事にした。田畑の有る西の川も西の川なのでややこしい。そろそろキチンと地名を付けた方が良いな。

 西の川を丸木橋で渡る。水は橋の側面に当たる高さまで上がっており、側面に当たった水は当然橋の上を乗り越える。落ちない様に慎重に渡らねばならない。何故なら、只でさえ危険な増水した川だが、飯富に川は余所には無い危険が有るからなのだ。

 それは、飯富村の地形に原因がある。そう、崖の上に位置する飯富村を流れる川は、直ぐ先で滝となって早瀬川に落ちるのだ。絶対に落ちたく無い!

 その先の草地は多少泥濘んでいる程度なので問題無く進める。そして、狭間では近くに迫る斜面からの水の流れで数本の小川が形作られ、それが狭い平地を横切っていた。

 狭間を抜けた先の西の原野は相変わらず灌木があちらこちらに生えている。その中を一筋、草の生えていない細い道が続いて行く。佐吉や八郎が毎日せっせと石灰を運んだ事によって刻まれた道だ。


 そのまま暫く進めば西の原野の西の川に辿り着いた。大雨の後にこの川の周辺がどんな様子になるのかを確認する事が今回の目的だ。

 先程渡った西の川は、増水しているとは言え轟々と言うよりはまだザーザーと言った方がしっくり来る流れだったが、こちらはしっかりと轟々と茶色い水が流れている。

 一方で周囲に水が溢れている様子は見られない。これならこちらに田畑を増やす計画もそう難しい事では無いかもしれない。

「どう思う?」

俺がそう聞くと、

「堰を作る前にこっちをやっちまった方が早いんじゃないですかね?」

三太がすかさずそう答える。

「でも、それを今までやらなかったのは平林の集落に近い事が原因なんですよね?兄者は俺達の存在を気付かれたく無いと考えているなら尚の事避けた方が良いと思うんですが。」

それに対して祥智はそう返す。

「その前提は考えなければどう思う?」

俺はそう付け加えて聞き直す。

「それであれば、悪くないと思うけれど、向こうはそれなりに整地されている。こっちは田畑も一から始めないといけないのを考えると、やっぱりまずは向こうからの方が良いと思うけれど。」

それでも祥智はそう答えた。

「成程…俺としては村の方を優先してこっちは出来る部分だけ開墾して蒔きっ放しにしようかと考えているんだがどう思う?それなら暮らしの煙も上がらんから早々にバレる事も無いと思うんだが。」

「そりゃ良いかもしれません。向こうの蕎麦や黍も案外良い量収穫出来そうな感じで育ってますし、ここはちょいと遠いですけど蒔いて刈るだけなら手間もそれなりで済みます。」

「但し、開墾の時はどうしても大声が出たりしますから気を付けないと。それに手間もそれなりと言っても収穫が重なれば負担は相応に大きくなります。時期を逃すと無駄にしてしまう物も出て来るかもしれません。」

顔を輝かせて俺の意見に賛成する三太に対して、祥智はそう釘を刺す。

「では、植える物を分けるか。向こうは米と蕎麦、こちらは植える時期が遅い粟と黍の様にしたらどうだろう?」

「確かにそれなら上手く行くかもしれない。」

再度の提案に祥智も頷く。

「でも煙を気にするなら、草を焼いたりは出来ないですかね?」

上手く纏まりかけた所に三太がそう新たな問題を提起する。

「「あぁ…確かに…」」

やはり東で出来る事をやってからの方が良いか。

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