55・失敗?完全にアウト
’ザーザー’と雨が降り続く。
入梅して半月程、ここ数日はかなりの雨が振り続き、仕事も滞っている。とは言え、稲も雑穀も順調に育っており、皆も梅雨の晴れ間に目を細めて田畑を眺めていた。
勿論、雨なら雨で女衆は糸積みで忙しくしており、男衆には竹細工用の竹割り作業を頼んである。
どうせなら売れる物を用意しようと懐かしの山之井籠を作ってみようと思ったのだ。懐かしのと言っても我等兄弟は今でも使っているし、猟師の弥彦は祥猛のを見て早々に月に頼んで作って貰っていた。更には、遠出する佐吉や八郎も使い始めているから、ここいらでもそれなりに売れるのではないかと期待している。
懸念の食料事情も初夏の山の幸や、切端から土産に貰った若布を干した物等を用いて、潤沢とは言えないまでも穀類を温存しながらも色々な種類の食事が食べられている。
塩にも目処が付いたので梅干しも漬けているし、秋に大豆が収穫出来れば味噌も作ろうと思う。秋には麹を買ってこよう。代田まで来る商人が麹を扱っているのは昨年確認している。
そんな中で現在の最大の懸念は東の川に作った堰である。風呂に水を引く為に作った堰だが、ここ数日の雨で水嵩が増した事で、堰体に歪みが出ている様に見えるのだ。また、何箇所か罅も入っている様子で現在堰より下流と堰の周辺は立ち入り禁止としている。
「あの…様子見てきます。」
俺が堰の様子を気にしているのを汲んでか、宗太郎がそう申し出る。
いや、皆で苦労した堰であり、尚且つ皆の楽しみである風呂に水を引く為の堰だから皆も気になるのだろう。
「いや、危険だから決して近付いてはならんと言ったはずだ。それに何か分かってもこの雨では手の打ち様が無いからな。」
「そ、そうですか…」
シュンとして宗太郎が引き下がる。
実際、堰が決壊した場合にはどの程度の被害が出るか分からないので、川に近い門の見張りも場所を門の前から西に続く土塁の上の西の端に移している位なのだ。
翌日の昼過ぎ、夜の内は止んでいた雨は朝方からまた降り始めていた。そこに見張りに立っていた竹丸が飛び込んで来る。
「川の水が一気に凄い量流れて!」
うん、恐れていた通り決壊した様だ…
周りで聞き耳を立てて居た者達も落胆した様子を見せる。それはそうだろう、今までやって来た事の中では最も大規模で労力の掛かった物だったのだから。
「水はどの辺りまで溢れた?」
俺は感情を出さない様に竹丸にそう聞く。
「門の辺りまで水浸しに。」
そう申し訳無さそうに答える竹丸。竹丸自身には全くこれっぽっちも非は無いのだがなぜだか申し訳無さそうである。
「特に何か壊れたとかそんな事も無さそうだな?」
「あ、はい。」
そうだろうな、何せ我が村の門は竹の格子だから水なんか通り抜け放題だ。あ、竹槍戦車が置いてあるんだった。まぁ、大丈夫だろう。結局あれはまだ使っていないな。そんなどうでも良い事を考えながら、
「では問題無い。どうせ地面は雨でずぶ濡れなんだ。多少水が増えた所でどうと言う事はあるまい。見張りを続けてくれ。」
そう答えると、俺の余りに気にしていない様子を見て狐に抓まれた様な顔をした竹丸は、
「わ、分かりました。」
そう言って門へ戻って行った。
「あ、一度で済むとは限らんから近付くなよ!」
俺はその背中に向かってそう注意喚起をした。
「あ、あの、見に行かないんですか?」
そのまま何事も無かったかの様に竹割りを続ける俺を見て宗太郎が声を掛けてくる。
「言ったろう。一度では無いかもしれん。だから今行っても危なくて近くには寄れないし、遠くからではこの雨で良く分からん。と言うことで雨が止むまで俺達に出来る事は竹を割ることだけだ。」
そう答えてまた竹を割る俺を皆は何とも言えない表情で見ながら作業を再開した。俺だって本当は気になっているんです!
そして更に一晩経って、翌日は久し振りに晴れ間の窺く日になった。ひょっとするとこれで梅雨が明けるのかもしれない、そんな事を思わせる力強く低い青空だ。
「まずは田畑を見回る。東はそれからだ。」
食事の間すら東ばかり見ている連中にそう告げ丘を下って西へ進む。
丘の上からは見える田は、水が少し多いかな程度にしか思われなかったが、実際には田は畔となっている自然堤防を越水して水が流れ込んでおり、水位が株の中程にまで達していた。まだ出穂の時期には遠いが頭まで水を被らなくて良かったと考えよう。
だが早急に排水した方が良いだろう。俺は春の直前に整備した排水側の水門を開ける事を指示した後、細かく田を見て回る。
結果としては、どうも越水したのは注水側の水門付近と思われ、自然堤防より一段低い止水板の上を水が越えたものと思われた。
ここも早急に対応しよう。これから夏になって野分が来る可能性も考えると堤防も嵩上げして起きたい所だが、そこまで手が回るかは不透明だ。
見回りの結果、畑は畦が小さく崩れた場所が数箇所見つかっただけで作物には大きな問題は見られなかったので、田の排水を進めつつ東の堰を確認しに行く事にする。
館跡の丘の下を過ぎると門が見えて来る。確かに門の奥は他より泥濘みが酷いし小さな石が多数散らばっている。これは中々かもしれない。
そう感じながら一度風呂へ行く。ここは館跡の丘の東の斜面の下部に当たり、堰とほぼ同じ高さなので状況が確認しやすいのだ。
「あぁ…」
誰かがそんな声を漏らす。
遠目で見る限り、左右の堰体の内、真ん中の堰体を支えていた辺りから崩れている様に見える。そこから水が轟々と噴き出している。中々に壮観な眺めだ。堰が崩れていると言う事実に目を瞑れば…
あれが綺麗な直線の堰体だったとしたら耐えられただろうか…疑念は尽きないが遠目ではこれ以上の情報が得られない。
もう少し水が引かないと明らかに危険と分かる状況に俺は一時解散を申し付ける。皆、不満が有りつつも眼の前に見せられると近寄るのも怖いと言った表情で各々仕事に戻って行く。さて、対策を考えねば…
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