56・夏である!

夏である!


 堰の決壊を齎した長雨を以って今年の梅雨は終わりを告げた様で、以来夏らしい天気が続いている。

 が、夏と言うのはこの時代の人間にとっては試練の季節である。なぜなら収穫期を目前に昨年の収穫の残りは乏しくなり、かと言って山野の実りも秋の結実に向けて成長に邁進する為か夏には然程多く手に入らないのだ。

 また、日が長いと言う特徴も、日が高い時間帯は外で仕事をするのは体に厳しい為、労働時間が格段に増やせるかと言えば一概にそうとも言えない。それは、山の裾野で盆地より一段高くなった風通しの良い場所に位置する、現代で言えば避暑地と言えそうな立地の飯富村ですらそうなのだから、眼下に見える陽炎立ち昇る早瀬盆地の真ん中等では文字通り命に係わる事だろう。


 そんな昼間に姿を見せ始めた蝉の声を背に受けながら我等が何をやっているのか言えば男も女も総出で堰の修復と強化である。日中は厳しいと行った傍から何をと思うかもしれないが、水に浸かりながらの作業であれば大分マシであろう。それでも人員を半分に分けて交代交代で作業に当たっている。

 結局、決壊した堰は中央の後から設置した部分と、それを受け止めていた部分が崩壊しており、左右の堰体の大部分は無事だった。この無事な部分を元に再建を目指しているのだが、やはり伏流水の水位をそのままに堰を再建するのは危険であろうと判断し、堰体の幅増しと構造の一体化及び形状の変更の作業をする事にした。形状については堤防もそうだがダムとか堰の堤体の断面は底辺が長い台形だった様な気がしたのだ。これはより規模の大きい西の川で堰を作る時の予行練習も兼ねている。

 現在はやや上流から三和土のU字溝を用いて水路の迂回を行い、川原の石を底までどける作業を進めている。どけたら冬に伐採した丸太から製材した板を焼いた焼板で水を堰き止め、堰本体の大型化と一体化をする予定だ。板に関してはまだ乾燥が不十分だと千次郎は言うがどうせ濡れる作業用だと言うと渋々製材してくれた。

「良し、地面が見えたぞ!」

石をどかしていた弥彦が声を上げる。

「早く板を打ち込んで!」

周囲の石が崩れてこない様に押さえていた月もそう声を上げる中、慌てて宗太郎が板を差し込み千次郎が掛矢で地面に板を突き刺して行く。

 この作業を川原の幅一杯まで続けた後、堰との間の石を全て取り除いて堤体の作業に取り掛かる予定だ。

 それでも冬の寒い中の作業に比べれば遥かに早い進捗速度なので夏の半ばには完成して西の川の堰作りに取り掛かれるのではないか、そんな風に期待している。


 そんな作業の様子を川沿いの木陰に設えた竹のベンチに腰掛けて、川の水で冷やした四太謹製の瓜を齧りながら腰掛けて眺める。我等は今休憩の班なのだ。

「やはり、何度食べても旨いな…」

「これっぽっちじゃなくて腹一杯食べたいもんです。」

俺の呟きを受けて同じ班の佐吉がそんな事を言う。

「馬鹿を言え。そんなに食べたら腹を下すぞ。」

「腹を下してでも食いたいですね。」

俺の注意にそう言ってのける佐吉の発言で皆から笑い声が上がる。

 半刻程で交代する作業の休憩時間には各班、一つずつの瓜が支給される。小振りのメロン程の大きさのそれを、十人程で分けるのだから一人当たりに行き渡る量はそう大した量ではないのでこんな声が上がるのだ。

 三太が主張した通り、四太の育てた瓜は瑞々しく、それでいてしっかりとした甘さを持った極上の逸品であった。

 寡黙ながら実直に仕事をする四太は元から皆に好ましく見られていたが、瓜が収穫される様になってからは村のちょっとした人気者である。特に子供達からはヒーローの様な扱いを受ける事になり、彼が瓜を収穫しに行く時には子供達が後ろに列を作って付いて行くのだ。

 これを一番喜んだのは本人ではなく兄の三太であって、弟が褒められる度に顔をクシャクシャにして喜ぶのである。

 来年はもっと四太に任せる畑を増やそう。俺もそう考えているし、他の皆もきっとそう期待しているだろう。

「あぁ、もう食っちまった…」

そんな言葉と共に佐吉が薄黄緑の皮を桶に投げ入れる。この皮は捨てられるのではなく、洗ってから塩で浅漬けにされて明日のおかずとなるのだ。これもまた皆の楽しみになっている。


’カーン’

 そこへすぐ近くの門で鐘が一回鳴らされた。

「またか…」

夏になると湧いて来るのが蚊と食い詰めた賊である。

 と言っても早瀬盆地には左程多くの賊は存在しない。何故なら生産力がそもそも余り高くないので、養える?賊の数もそう多くはないからだ。事実、この間来た連中も他に大きい所は一つと言っていた。

 そのはずなのだが…今年は昨年の作柄が余り宜しくなかったのか、梅雨が明けてから二度目の御来訪なのである。

 因みに前回は五人で、まともに武装した者は居らず、返り討ちにした所で手に入りそうな物は襤褸布の服位のものになりそうだったので、坂の上に皆で並んで見下ろしていたらそれを見て帰って行った。

 それでも、前回はキチンと鐘が鳴ったのだが、今回はカーンで終わりである…それも鐘を鳴らした田鶴が見張りを放っぽってこちらへトコトコ歩いて来る始末。腰を浮かせかけた俺も、それを見て座って待つことにした。

「何人だ?」

「三人です。」

俺の問いに呆れた表情でそう答える田鶴。

「それはなんとも…格好は?」

「槍だか棒だか担いでますけど…」

んー…なんか近くの村の連中が隙が有れば何か食い物をって感じなのかなぁ…それなら、逆に殺してしまうのは拙いか。

「近くなったらもう一度教えてくれ。この間みたいに並んで立っていれば帰って行くだろう。」

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