54・専らの話題

 田植えに続き、雑穀の種蒔きも終えて飯富村の春の農繁期は一段落付いた。

切端村との交渉も滞り無く進み、祥智も塩を買い付けて戻って来た。

 宗太郎に続いて嘉助と満助も供として湊に行った事から、次に湊に行くのは誰かと言うのがここ最近の飯富村の専らの話題である。


 その話題の蚊帳の外なのが女衆で、楽しげに話す男衆に冷たい目や言葉が飛んだりしている。

 もう少し人が多ければ女が何人か混じっても良かろうが数人の旅では良からぬ輩を引き寄せかねない…切端から船が出せる様になれば連れて行ってやれるだろうか…


 梅雨を目前にしたこの時期、次の改革に向けての準備を始める。

 竹の筒に水を張って水平を図れる様にした簡易な水準器を用いて用水路を引く場所の調査を進めているのだ。これには人員は要さないので茂平と千次郎を手伝いとして作業を進める。

「あー、そこは少し登っているな。少し掘り下げないと駄目だ。その先へ行ってくれ。」

俺の言葉を受けて千次郎が離れて行って、また棒を立てる。水準器に開けた穴を覗いて再び高低を図る。

「あぁ、そこはちゃんと下っているな。では先程の場所は掘り下げだ。」

その言葉を受けて茂平が先程千次郎が立っていた場所に掘り下げと書いた杭を、そして今立っている場所に無地の杭を打ち込んでいく。最終的にこの杭を繋いで水路を開削して行くのだ。


 他の男衆は、農作業の合間にお堂と館跡の丘の斜面に残っている冬の間に伐採した木の切り株を抜根している。両方の丘には果樹を植えたいのだ。

 開拓の中で最も困難な作業の一つであろう抜根の為にチェーンブロックを作らせようと思ったのだが(但し、構造は俺が想像しただけで実物の中身は見たことが無い。)、構造も複雑で、そもそも木製だと強度が確保出来そうにもないので、竹で組んだ三本足の骨組みに動滑車を設置した起重機を用意した。

 それを馬と人で引いて抜根作業を進める。今も少し離れた斜面から声を上げて綱を引く作業の音が聞こえて来る。


 因みに植える為の果樹の苗木は源泉周りの偽温室区画で植木鉢に入れて促成栽培している。ここでは種子から育てている物と挿し木で育てている物の両方が有る。

 挿し木は上手くいったりいかなかったりと種類によってまちまちだが収穫出来るまで成長に要する期間を考えると極力挿し木で育てた物を使いたい所ではある。


 一方で女衆はと言えばこの時期に実る桑や枇杷、そして梅の実、それから蕗や真竹の竹の子等、この時期の山菜を採って回っている。夏場に向けて少しでも穀類の消費を減らしたいからだ。勿論、筌で魚も獲る様にしているがこれは子供達の仕事だ。


 これは食料確保に加えて前述の苗木にする種子の選抜も兼ねており、春の果物は昨年種の確保が出来なかったのでここで実が大きかったり味の良い物を実らせる木の種と枝を使って苗木を育てる予定だ。


 それに加えて藤と葛の糸積みもしている。どちらも熱湯で茹でる作業が有ると言うので、それならばと少量源泉に放り込んでみた。結果としては正規の手順で木灰を加えて茹でた方が質が良いしその後の作業も行いやすいと言う事が分かった。中々全てが上手く行くと言う訳にはいかないものだ。


 糸積みがまぁまぁ順調な一方で機織に関しては余り進んでいない。それと言うのも小枝が求めている織機が高機と言う余り一般的では無い高度な織機の様で、工作班との意図の共有が上手く図れていないのが原因だ。

 どうもこの高機と言う物は高級な布を生産する集団でのみ用いられている物の様で、一般には見かける事が少ない高級品らしいのだ。

 小枝も使う事はあれ、具体的に詳細な構造を把握する程では無かった様で、難航している。

 もっと簡易で一般的な腰機や地機と呼ばれる物であれば作れそうなのだが小枝的には納得がいかないらしい。千次郎を秋の買出しに行かせてどこかで実物を見られる機会が無いか試してみるかと考えている。それで収穫が無ければ高機の導入は見送りだ。


「四太、どんな具合だ?」

日暮れも近くなり、帰り道で畑で屈み込む四太の姿を見かけて声を掛ける。

 ここは事前の希望の通りに瓜の生産の為に四太に割り当てた畑だ。そう広い範囲では無い。二間四方と言った所か。

 抜根の作業を終え、自分の任された畑の様子が気になって見に来たのだろう。

「んー…」

俺の問いにそう首を傾げる四太。

「余り良くないのか?」

「ん-…」

今度の問いにも首を傾げる。

「まだ、良く分からんか?」

「ん。」

成程。

「まぁ、初めての畑だ。今年上手く行かなくとも来年、再来年と試して行けば良いさ。今日はもう風呂に行こう。」

俺がそう声を掛けると四太も腰を上げる。

 夕日を背に受け、風呂に向う我等の目の前には自らの長い影が伸びていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る