42・身を窶す者達

 祥猛と弥彦の支度を待って門へ向かう。身に着けた藍色の威毛おどしげで綴じられたこの腹巻は山之井から出る時に持ち出した爺様の鎧だ。兜は嵩張るので置いて来たが初陣のあの日以来、この鎧を使い続けている。槍も弓も途中で新しい物に交換する事になったが、これだけは修繕しながら使い続けている。高いから…


「大将!十人程こちらに向かって来ます!」

丘を下って門に向けて走っていると後ろから馬に跨った満助がそう叫んだ。

「良し、祥智はなんと言っていた?」

「近付いて詳しく見えたら戻ると。」

我等に追い付き馬から下りながらそう言う満助。

「分かった。敵は全員徒か?」

「はい、俺がこっちに向かった時には徒だけでした。」

「奪った荷物は担いでいるのか?それとも奪えなかったのか?」

「半分に分かれたみたいです。馬を曳いた奴等が南へ向かいました。」

「人数的にはどうだ?南へ行った連中とこちらに向かっている連中はどちらが多く見えた?」

「南に言ったのは遠くて細かくは…でも大体同じ位だと…」

俺は矢継ぎ早に敵の状況を確認する。

 しかし半分に分かれたのは面倒だな。一人でも逃がすとすぐにここが守りを固めた事が知られてしまうし、逃さなくても仲間が戻って来ない事を不審に思うだろう。規模的に全員で攻めてきた方が良かったとも言い切れないが扱いが面倒になった事は確かだろう…

「あ、あの…」

考え込んでいると満助が不安そうに声を掛けて来る。

「いや、大丈夫だ、良く報せてくれた。お前は役目をきちんと果たしている。」

そう言うと安堵の表情へと変わった。


 良し、決めた。門に着くまでの僅かな間に俺は方針を決める。

「皆、良く聞け。十人程がこちらに向かって来る。だが恐れるな。こちらの人数は敵の倍はいる。おまけに柵も門も作った。冬には調練もしただろう?今の我等を破るには我等の倍以上の兵が必要だ。落ち着いて俺達の指示を聞いて戦えば絶対に勝てる。良いか!?」

「「お、おぉ!」」

緊張した面持ちの中から疎らに声が上がる。

「声が小さい!良いか!?」

「おぉ!!」

今度は大分良い声が出た。それに伴って表情も若干緩む。

「良し、良い声だ。だが、これから物音は極力立てるなよ。姿も見せるな。敵にこちらが油断して気付いていないと思わせるんだ。」

続けて声を落としてそう言うと皆が黙ってこくこくと頷く。

「では、男衆は急ぎ門を開け坂道の柵を外して持って来てくれ。敵が少ないからな、壊されても癪だ。それになるべく門の近くまで誘い込んで全滅させてしまいたい。あ、猛と弥彦は残れ。分かったら仕事に掛かれ!大急ぎだ!」

指示を聞いた男衆が慌てて動き出す。


「猛。智と弥彦、それから女衆を連れて折り返しの近くに潜め。相手の後ろに付きながらこちらに向かって距離を詰めろ。戦端を開く時機はお前に任せる。一人も逃がすな。絶対にだ。」

猛にはそう指示を出す。

「はいよ。」

特に気負うでもなくそう答える祥猛。

「それから何人かは生きたまま捕らえたいと思う。頭の片隅に置いてくれ。」

「分かった。でも石はどこ当たるか分からんからな。」

「その時はその時だ。出来ればで良いさ。」

「あいよ。そんじゃ皆行こう。」

そうして散歩にでも行くかの様に弥彦と女衆を連れて持ち場へ向かって行った。あれも奴なりに皆の緊張を解そうとしての事だろうか。

 それから直ぐに祥智も戻って来た。やはり荷物を持たぬ徒の賊が十人。本当にこの村は盆地の村を襲うついでに襲撃される様だ。だが、それも今日までだ…俺は祥智を祥猛の所に行かせると作業を終えて門を閉め直した男衆を二つに分けて門の左右の土塁下に伏せさせた。


===???===

「ちっ、大した稼ぎにならなかったぜ…」

雪解けを完全に待たずに襲撃した平林の集落からは期待した程の戦利品は獲られなかった。それどころか想定以上の反撃を受け手下共の多くが手傷を負う羽目になった。

 それもそうか、昨秋は彌尖国、とりわけ早瀬盆地では不作だったらしい。俺達が奪った食料ももう幾らも残っちゃいない。

 天候もさる事ながら長年の遠濱からの重税が地域の力を根こそぎ奪って行っているのだろう。それ故村人達も残り少ない食料を守ろうと必死だ。

 良く考えたら自分達だってそれに耐えかねて集まって来た者達なのだ。そんな連中の中でちょいと良い家に生まれて、ちょいとだけ学と腕が立った、だからお頭なんかに選ばれた。そして只、生まれ故郷の彌下でやるのは気が引けたから峠を越えて早瀬にやって来ただけだ。


 だが、あれっぽちの戦利品じゃあ手下共を食わせてやれない。一番警戒の薄いだろう最奥の平林であれだけの警戒なら下流の村々も同様だろう。気が進まないが残るのはあの崖の上のしけた村だけだ。そもそもあそこにまともな食い物がありゃあの話だがな。

「お頭、あそこにゃ碌な食い物なんてありゃしないんじゃないですかい?」

手下の一人がうんざりした様子でそう言って来る。同じ事を考えて居た様だ。

「まぁ、そんときゃ又村の連中を攫って売りとばしゃ良いさ。あんな痩せっぽち共でも幾らか値で売れるだろう。」

そう言うと沈んでいた心の内がいつの間にやら熱くなって来る。

「そりゃそうっすね。」

それを聞いた手下もそう言って、うんざりした顔から獰猛な笑みを湛えた顔へと変えて行った。


 いつの間にか柵なんか作ってやがる。良く見えないが柱だけになっていた門にも何か格子の様な物が設置されている様に見える。襲う度に右往左往するだけだった連中にしては上出来じゃねぇか。こりゃ食い物も期待出来るかもしれん。

 しかし、それにしては人の気配が無い。もう門まで最後の曲がり道を曲がったと言うのになんの物音もしやしない。あんな物まで拵えているんだから警戒していない訳が無いだろうに。

「おい、ちっと様子を見て来い。」

手下の一人にそう命じる。

「お、俺ですかい?」

そいつは嫌そうな表情を隠そうともせずにそう聞き返して来た。

「嫌だってのか?」

ちょっと凄んでそう聞く。

「い、いや、そんな訳じゃねぇっすがね…」

慌てた様子でそいつはそう答える。そんなだから選ばれるんだ。だがそれをそいつが理解する事は無いだろう。

「じゃあ行け。」

「へ、へい…」

そうしてそいつは不承不承、屁っ放り腰で坂を上り始めた。


「誰も居ねぇ!」

坂の上から恐る恐る門の中を覗き込んだ奴が大声でそう伝えて来る。

「ちっ…馬鹿が…おい、行くぞ。」

余りに考えなしの行動に一言毒突くと回りの連中にそう言って再び坂を上り始めた。

そして最後の坂道を半分程進んだ所で背中と頭に唐突に衝撃を受ける。

「糞ったれ…何が誰も居ねぇだ…」

薄れ行く意識の中でそう再び毒突いた。

======

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る