39・再始動
「くそっ、まだカチカチだ。」
「ちっと掘ればマシになるブツクサ言わずにやれ。田起こしまでに終わらせねばならんのだ。」
嘉助と満助の兄弟がそう言い合いながら村の入り口脇の土塁の上で雪をどかした地面に細い溝を掘って行く。
残雪も残り僅かとなった頃、村の男衆は村の防備を固める作業を開始した。ここいらでは年によっては冬場に食い物を食い尽くした賊共が田植え前にやって来る事も珍しくないと聞いたからだ。
外へ続く道は、村の入り口の内から見て右手に下って行く。右の門柱から道に面した部分と左の門柱から坂の頂上付近は土塁で守られているが柵や塀は無い。土塁自体は高さが七尺(約2.1m)程有り、そのままでも武装してこの高さを越えるのは中々骨が折れるが、やはり壁が欲しい。何より土塁上から敵を攻撃する味方が身を隠せないのだ。無防備に投石をさせる訳には行かない。
「すまんな、嘉助の言う通りなのだ。これが皆の身を守ってくれると思って気張ってくれ。」
俺は土を掘りながらそう詫びる。
「あ、いや、そんなつもりじゃ。」
満助が慌てた様子でそう言う。
「分かっているとも、さぁ、皆も頼むぞ。」
そう言うと俺は竹槍を握り直して地面に突き立てると梃子の原理で地面を掘り起こす。
なんで竹槍かって?そりゃ鋤なんかでこの硬い地面を掘っていたらすぐに壊れてしまいそうだからだ。先端だけでも鉄で拵えた物が作れれば良いのだろうが、残念ながらこの村には鉄なんて物はほとんどないのだ。鍛冶は居るのに…
そこで竹である。竹槍なら先端が駄目になっても惜しくない。それになにより壁として立てるのはなんの事はない、竹垣である。つまり竹槍で竹の幅の溝を掘って、都合良く先端の尖った竹を都合良く丁度良い幅に掘った溝に掛矢で打ち込んでしまおうと言うのだ。
因みにこの案を思い付いた時は我ながら天才だと思ったのだが誰も褒めてくれなかった…
「おい、これだけ飛び出してるぞ。」
「だって、硬くてこれ以上入っていかないんですよ。きっと石でも埋まってるんです。」
「しかし大分飛び出しちまってるぞ。」
今度は後ろで杭を打ち込んでいる茂平と千次郎の工作班からはそんな声が。
「茂平、細かい事は気にするな。今は何より時が惜しい。」
「へ、へい…」
俺がそう伝えると茂平は不承不承と言った様子でそう引き下がった。
防柵の時もそうだったが茂平は割りにきちっとしてなければ気が済まない性質で拘りが強い。対して千次郎は大工仕事は繊細な割りにかなり大らかと言うか大雑把で、建てた家が多少傾いていても「まぁ、倒れては来ないでしょうから良いではないですか。」なんて平気で言いそうな所がある。
正反対の二人だが俺の発注に対して、細部に拘り手詰まりになった茂平の案を千次郎が力技で解決したりして上手く補完し合っている。最も茂平はその解決案には大変に不満だったりするのだが「でも、他に仕様がないじゃないですか。」と千次郎に言われれば引き下がるしかないのだ。
再び掛矢を振るい始めた二人の奥に目をやると、そこには雪山も大分低くなった門がある。菊婆が雪山を拵えさせた時には、せめて門扉代わりの竹柵は外してからやって欲しかったと思ったものだがその柵も大分下の方まで顔を出して来ている。
今の悩みはあの門で行う見張りについてだ。秋冬は柳泉と菊婆が朝から夕方まで交代で行っていたが本来は夜を徹して行わなければならないのだ。
だが絶望的な人手不足の中、もう冬だしこれ以上賊が来る事もあるまい、と甘い考えを自分に言い聞かせて来たのだが、それもこれまでにしないといけないだろう。若い衆を交代で対応させるしか無いだろうな。また負担を増やしてしまうがどうしようもない。負担ばかりでなく何か楽しみも用意しないといけない…やはり風呂を急がせるか…俺の為にも…
「大将少しよろしいでしょうか。」
邪な考えに耽っていると土塁の下から月に声を掛けられる。
「うん、どうした。」
「こんな感じで宜しいでしょうか?」
そう言って手に持っていた竹編みの籠の様な物を見せてくる。大きさはラーメン屋で麺が並んで入っていた製麺所のトレイの様な大きさが近い。日頃、夫である猟師の弥彦の手伝いで罠を作る機会等も多く手先の器用な月に葛篭の蓋の要領で作って貰ったのだ。
「おぉ、正しくこんな感じだ。形や大きさは大体同じなら良い、多少歪でも目が粗かろうが構わないから女衆でどんどん拵えてくれ。」
「分かりました。得意そうな者で作ります。」
「うん、そうしてくれ。頼む。」
これも春への大切な準備だ。上手く行けばかなりの助けになると見込んでいる。
「大将、満助を連れて行っても構いませんか!?」
月が戻って行ったと思ったら次は石灰運びを終えた八郎だ。もうそんな時間か。
八郎と佐吉は毎日馬を三頭曳いて石切り場まで石灰石を採りに行っている。それが戻って来たと言う事はもう日暮れも近いと言う事だ。
「構わん。どうせ満助はもう仕事にならん。」
早く馬の世話をしに行きたい満助はもう心ここに在らずだ。もう使い物にならないのは明白なのでそう言う。言い終わるのも待たず満助は駆け出していた。兄の嘉助はガックリ、師匠の八郎は苦笑いだ。
「さぁ、もう一頑張りしたら湯で体を洗いに行こう。」
俺はそう皆に声を掛けた。
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