38・望春

 あれから一月程が経った。積雪が増える程の雪が降る日は滅多に見られなくなり、晴れ間が覗く時間も増えて来た飯富村では雪も徐々に融け始めた頃、悲しみと共に雪の中で逼塞して居た我等も、春に向けての準備を始める事にした。


 佐吉の炭焼き窯で炭を焼く度に発生する使い物にならない程に小さく砕けた炭や文字通り粉になった炭を有効活用する事にする。使い道の無いそれ等を田畑に積もった雪の上に撒いていく。

「あはは!」

真っ黒に染まった自分の手と相手の顔を見て大笑いしながら年少組の寛太と糸も手伝っている。

 稲が居なくなってから糸の様子が変わって来た。引っ込み思案な所も影を潜めて来たし、手伝いも積極的にする様になった。ここ最近は歩き始めた富丸の面倒を見ているのを目にする事も増えて来た。

 それでも時折、稲と一緒に拾った翡翠と思しき二つの石を寂しそうに眺めているし、笑顔を見せる事は多く無かった。そんな中でこの炭撒きは琴線に触れたのか、顔と手を真っ黒にしながら楽しそうに手伝っている。

 炭を撒く目的は吸熱に因る融雪だ。前世で見たニュースで雪を早く融かす為に炭の粉を撒いていると言うのを見たのを思い出したのだ。太陽の熱を反射してしまう白い雪面に、熱を吸収する黒い炭を撒く事で雪解けを促進するらしい。

 それに炭は土壌の改良にも良いらしいので一石二鳥を狙っている。ただ、灰がアルカリ性である事を考えると、炭もまたアルカリ性なのではないかと思うのだ。そうすると田起こしの時に消石灰を撒くのは土壌をアルカリに傾け過ぎるかもしれない。止めた方が良いだろうか。


 狭い田畑である、村の者総出で当たれば昼過ぎには炭の粉は撒き終わった。ついでに湯船の建設予定地にも残りを撒いてから源泉と東の川の合流点に真っ黒になった体を洗いに行く。

 途中、お堂の立つ丘の麓で雪の壁の横を通る。出来る事の少なかった冬の間で数少ない成果が出せた事柄が、この雪壁に向かって行った投石紐を使っての投石の練習だ。

 今ばら撒いて来た炭の粉で雪壁に的を描き、それに向かって投げまくったのだ。何しろ雪であるから外れても周りへの被害は心配しなくて良いし、補修も簡単で材料費も只。更に投げた石も雪にめり込んで止まるので回収が楽と、良い事尽くめなのである。

 そして、これに才を見せたのが三太と寛太で、特に寛太はほぼ的を外さない程に短期間で腕前を上げて見せたのだ。それに寛太は熱心に祥猛に剣術を習っている。体も小さくまだ大した事はさせられないが、その熱意は両親から見ても目を見張るものがある様だ。

 最近は事有る毎に石を投げに行っても良いかと聞きに来るし、三太と年の離れた兄弟の様に石の当たった数を競って遊んでいる。因みに、年の差的には親子でもおかしくないのだが、寛太に負けて本気で悔しがる様はどう見ても兄弟である。

 とはいえ、年が明けて漸く八才の寛太を戦に出す訳には行かない。幾ら人が足りぬと言ってもだ。それに動く目標を狙うとなるとまた勝手が違うだろう。雪が融けたら動く的も用意してみようと思う。


 そのまま進むと今度は村の入口に再び雪壁が現れる。門柱の角材の間にうず高く積まれたその雪は、極寒の中での見張りにほとほと嫌気が差した菊婆さんが、こんなに雪が深い時期は誰も来やしないし、来ても雪で塞いでおけば入れやしないと強硬に主張し、村の若い者の尻を叩いて塞がせた物だ。

 しかも狡猾な事に、俺が西の石切場の様子を見に行き留守にしている間に行われており、帰って来た時には見事な雪の壁が出来上がっていたのだ。こちらとしても年寄りに無理をさせている後ろめたさもあった為、今更元に戻せとも言えず、そのまま見張りは中止されている。

 一応、日に何度か柳泉が門脇の土塁に登って、こちらに向かって来る者がいないか確認してくれているが、俺もこんな雪の中で賊は来るまいと高を括っている。なぜなら、こんな雪の中を長々と雪を掻き分けやって来る様な奴は賊になんてなっていないだろうから。


 そこから東の川に沿って登っていくと、すぐに本格的な積雪の前になんとか完成に漕ぎ着けた堰に辿り着く。恐れていた水位もなんとか堰の高さまで上がり、絶えず水が流れ落ちている。

 この水の落差を使って発電とか出来ないだろうか。前世で、小さな小川でもそれなりの電力が得られるという話を見た覚えがある。まぁ、発電した所で何に使うのかと言う話か。

 モーターを回すか?いやいや、モーターと発電機は基本的に同じ物だ。電気を流せばモーターになるし、シャフトを回せば電流が発生するだけの話だ。発電してモーターを回すなら、そもそも水車で回転力を取り出せば良いだけだ…モーターを離れた場所で使える利点はあるが磁石も銅線も入手の当ても無いな。


 冬場は出来る事が少ないので、どうしても出来る事が少ないのでつまらない事ばかりを考えてしまう。少しだけ低くなり鋭さが和らいできた冬の空を見上げてまだ少し遠い春を待つ。

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