35・たまの休み

「今日はトントンしないの?」

元旦の昼下がり、皆で足湯に足を突っ込んで呆けていると、そこらを走り回っていた稲がそんな事を聞いて来た。

「稲は働き者だなぁ。今日はお休みなんだから好きに遊んで良いんだぞ?」

稲が言うトントンとは最近始めた三和土による水路作りの作業の一貫で行っている事だ。

 家屋を一棟解体して確保した材木を板に挽き、それで作った型に三和土土を詰めて棒でトントンと押し固める。一度に沢山の土を入れなければ小さな子供でも出来るので頼んだのだが、これが殊の外チビっ子達の琴線に触れたらしく。毎日楽しそうに土をトントン叩いているのである。

 これで作られるのは三和土製の所謂U字溝だ。長さ一尺(約30cm)、幅と高さは五寸(約15cm)の大きさで、三和土の厚さは各一寸なので三寸×四寸の水路が出来る事になる。


 これは田畑の改良をあっさりと棚上げにした俺が温泉を引く為に作らせている物で、勿論俺の趣味を優先した訳ではなくもないのだが…冬に行うには厳しい治水工事だが、すぐ傍にお湯が流れていたらどうだろう?という考えの下、水路工事の経験を積む事を第一に始めた施策だ。

 水路の大きさは本番は一尺四方の予定だが、練習だし風呂の湯が引ければ良いので半分の五寸とした。厚みを変えない場合、水路断面で見ると七倍程度の差が出るので、本番でもそれなりの水量が確保出来るだろうと踏んでいる。

 場所も余りに近距離だと経験にならなそうなので、風呂を設置する場所は館跡の丘の東の麓とし、二箇所の堰を設けてお湯と水の二本の水路を引く事にしている。

 三和土は現地で直に施工しても良いのだろうが、この方法の良い所は悪天候でも作業が出来る点で、乾燥にも十日程掛かる事から、雨風を避けて乾燥させられる点でも利点が多いと考えている。現に雪の日や、朝夕のまだ冷える時間は皆で火に当たりながらトントンやっているのだ。本番は梅雨時に作り溜めしておいて、夏に一気に作業する事を考えている。


 一方で堰の方は現地で全てをやらざるをえない。中空のU字溝と違い、中まで突き固めた三和土の塊を運搬するのは現実的で無いからだ。

 現在は河原の部分に我等の親友、竹で組んだ骨組を立て、その周りに板で囲って型枠を作り、その中に三和土土を詰めて叩いて徐々に高さを稼いでいる状況だ。鉄筋コンクリートならぬ竹筋三和土である。竹筋に効果があるかは全く不明だが、高さと幅の目安にもなるので設置している。

 まぁ、使うのが三和土土と言うだけでやっている事は古来より連綿と受け継がれて来た版築工法と大差無いので大きな問題は今の所出ていないが、乾燥や強度に不安が有るので一度に施工する高さは五寸にしている。

 問題は川の水が流れる部分で、ここはその場での作業が行えない。土を入れた先から流されちゃうからね。

 本来は流れを迂回させるのが正しい手順なのだろうが、そこまでの手間は掛けられないので、左右の壁の間より少し長くて、近距離なら運べる重さのブロックを堰の横で作り、壁の上流側に据え置く事を考えている。これなら水に押されても左右の壁が受け止めてズレないだろうと言う単純な考えに拠るものだ。

 作業を初めてまだ十日程なのでまだ進捗は堰の左右の堤体が半分出来た程度。出来れば本格的に雪が積もる前には形にしてしまいたいのだが。

 対してU字溝は必要数の十分の一も用意出来ていない。因みに五百個程必要になる予定で、その数を聞いた皆が絶望的な顔をした事を付け加えておきたい。


「じゃあ、あそぼ!」

そんな事を一瞬考えたところで稲が顔をパッと輝かせてそうせがんできた。

「ふむ、そうだな。何をしようか?」

俺がそう答えると、

「こら、せっかくのお休みなんだから我儘言わないの!」

春がそう叱る。

「「ぴっ……」」

叱られた稲とその後ろで同様に期待した目をしていた糸が目を見開き目尻に涙を貯め始める。

「良い良い。普段相手をしてやれんのだ。たまの休み位は遊んでやりたいのだ。」

それに春もたまにはチビ達のお守りから解放されても良いだろう。

「でも…」

尚も言い募ろうとする春に、

「良いんだよ。兄者の場合はどっちかって言うと兄者が子供達に遊んで貰う様なもんだから気にすんな。」

祥猛がそんな失礼な助け船を出した。そ、そんな事ないぞ!たぶん…きっと!

「それじゃあ、何をして遊ぼうか?」

だが、その一言で春も引き下がったので改めてそう問うと、半泣きのまま二人はうんうんと悩み始めるのだった。


「なぜあんな事を言ってしまったのか…」

半刻もしない内に寒風吹きすさぶ崖下の河原で俺は後悔していた…

「…きれいないしさがし。」

珍しくそう主張したのは稲ではなく、その後ろに居た引っ込み思案で半べその糸だった。

 その結果、糸とそれに大賛成をした稲の二人を連れて崖下の河原にやって来たのだ…この間二人が拾った白と緑の石は翡翠じゃないかと思うんだけど、ちょっと普通の石より重い気がするし。今度、曽杜湊に祥智をやる時に鑑定して貰えないだろうか。

 その為にはもう幾つか見つからないかなぁ…二人から取り上げるのは気が引けるし…なんて事を震えながら考えつつ二人が石をひっくり返すのをぼんやりと見守る。

「たいしょーもちゃんとさがして!!」

「はーい…」

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