33・足元を見よう
薄っすらと積もった雪の中、男達が汗だくになりながら丸太を引いて行く。しかし、先日までの村総出でという規模ではなくなっている。
皆からの要望で、畑の手入れに人を割いて欲しいと言われた。確かに、俺がここに来てからというもの、畑の手入れに人を割いて来なかった。
どうして居たかと言えば、皆が、晩飯の前とか、作業の帰りなんかの合間を見て手入れをしていたのだ。しかし、大根等の収穫が近くなった冬野菜が増え始めいよいよ手が足りなくなった様だ。
これは、どう考えてもこちらの落ち度なので、すぐに要望を聞き入れ人を割いた。遠くを見過ぎて、完全に足元が留守になっていた。女衆を中心にではあるが畑に人を割き、また、田畑の畦の補修にも人を割いた。
正直、田畑は区画から作り直す気で居たのだが、今年はそんな所まで手が回りそうにない事は実感として理解出来たので素直に従う事にしたのだ。いきなり大きな事は出来ないものだ。頭ばかりが先行する俺の悪い癖だ…
更に、女衆からは手に入った塩で味噌を仕込むのにも人をと言われた。これも仕方が無い。人がいくら居ても足りない…まずは、この冬の目標を決め直す所から始めよう。
「兄者…ちゃんと引っ張って…」
「すまん…」
隣で一緒に丸太を引っ張る祥智に叱られる。思考の迷路に迷い込んでいた様だ。
力を入れ直してから、また考える。何か今後の為になる様な事が出来ると良いのだが…出来れば土木系の作業の経験を積ませたい。そして俺も大まかな作業量を掴んでおきたい所だ。となると…こいつを運び終わったらちょっと抜けよう。
「あー、そうじゃないんです!何て言ったら良いんだろう…」
茂平の作業場に近付くと女の声が響いて来る。
「なんだ小枝か。機織の話か?」
中に居たのは小枝だ。
「そうなんです。やっぱり織機がないと糸を積んでも仕方無いですから。今の内から相談しておこうと思ったんですけど…説明するのが難しくて。」
成程、千次郎の顔を見ると、
「まぁ、そうは言っても当分は作る材料がありませんから。どうしようもないんで気長に話を聞きますよ。」
そう笑って言うが、焦っている小枝はそれが気に入らないらしい。
「小枝、まずは糸積みが出来んと仕方無いのだが、そちらの道具は揃っているのか?」
そう助け舟を出す。
「えっと…苧の皮を削ぐ鉋の様な道具が要るんですけど、それは茂平さんが作ってくれるって。」
「そうか。では、焦らずまずは糸を積む所から始めてくれ。何、一番時間が掛かるのが糸積みだろう。織機はそれをやっている間に出来上がれば良いのだから焦る事はない。ゆっくり伝えて作って貰えば良い。」
焦りまくって足元の見えなくなっていた自分を棚に上げてそう
「うー…分かりました…」
悔しそうにそう言って引き下がる小枝。なんとなく親近感を感じる。
「ところでお前、畑の手入れはどうしたんだ?」
割り振った仕事はどうしたのだろう?
「あっ!そうだ、畑が終わったから炭を運ばなきゃ!」
そう言って飛び出して行った。
「千次郎、板が挽けそうな木材は有ったか?」
小枝が仕事に戻って行ったので本題に入る。
「まぁ。二軒程、梁が使えそうな家が有りました。唯、一番新しい家二軒ですから壊して良いものか…」
そう困った様に言う千次郎。
「他は全然使えそうにないか?」
「挽けない事はないですけど、必ず狂いが出ますよ?」
俺の問いに強くそう主張する。
「短く切って使う分にはそう大きな狂いは出ないだろう?例えば二尺とか三尺位なら。」
「それはまぁ、そうですね。」
今度は渋々と言った感じで認める。
「それと三和土はどうなった?」
「石切り場に行く途中の川を上った辺りの土を八郎さんが持って来てくれたんですけど、それが遠濱で使っていた真砂に近い感じで良さそうです。そこの桶の中で水に浸かってるのがそうなんですけど、水に入れて暫く経ちますけど今の所問題無さそうです。唯、何年もとなるとなんとも言えませんけど…」
「それは仕方無い。誰も経験が無いのだ。試してみるしかあるまい。それでな…」
再び、丸太引きに戻りながら今後の展開を考える。
三和土を作るから八郎達には石灰石では無く真砂を運んで貰おう。あ、下に引く砂利が要る。これは崖下に採りに行かないといけない。丸太運びが終わったら一気にやってしまおう。
佐吉はそのまま石を砕いて貰うか。砕いてあれば後は運ぶだけだからな。どうせ追加が必要になるのだから皆で行って運べば良いだけの状態にしておこう。
そうと決まれば、今取り掛かっている仕事をとっとと終わらせてしまおう。現状では大きな改革は難しい事は認めよう。なので、皆に新しい事への挑戦と成功体験を積ませる。そうしてちょっとずつ意識を変えて段々大きな工事も出来る方向に持っていこう。そうだ、大学の教育学の時間でもスモールステップだと教わったじゃないか。
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