31・旅の成果は

 本日、閑話と通常投稿の二話が投稿されています。少し時間が前後しての投稿となってしましましたので宜しければもう一方もご確認頂ければ幸いです。

========


 曽杜湊から戻って来た宗太郎が子供達に囲まれている。いや、子供だけでない。道中や湊の話を聞きたいのか、その周りを大人達が更に囲っている。

「そら皆、仕事に戻ってくれ!土産話なら夕餉の時に皆で聞けば良い。早く切り出した丸太を運ばんと日が暮れるぞ。」

俺がそう発破を掛けると大人達は仕方無しに仕事に戻って行く。子供達は…まぁ、今日は仕方無い。


「宗太郎、荷物を寄越せ。俺が運んでおく。」

「え?あ、はい!すいません!」

俺の呼び掛けに慌てて応じる宗太郎。背中の俵を受け取る。

「旅の荷物は後で自分で片付けろよ。」

「はい。あの、祥智様…」

俺に返事をした後で、恐る恐る祥智に声を掛ける宗太郎。

「あぁ、これだろ。」

そう答えて祥智が背中から下ろした背負箱から莚の小さな包みを取り出す。

「有難うございます!」

宗太郎は、そう嬉しそうに礼を言うと包みを受け取った。


「随分懐かれたじゃないか。」

荷をお堂に運びながら、茶化す様に祥智に言う。

「そうかな?慣れただけじゃないですか?」

変わらぬ調子で飄々と答える祥智。

「ふん、相変わらず揶揄い甲斐の無い奴だな。」

「今更、何言ってんのさ。」

二人でそう言い合って、小さく笑う。

「聞こう。」

軽く会話を暖めた所で、表情を引き締めてそう切り出す。

「見ての通り塩は五俵。まぁ、一年は楽々保つでしょう。」

「そうだな。これで新しい味噌も仕込めるだろう。」

塩水選の事を伝えてなかったがまぁ、田も多くないし何とかなるだろう。きっと…

「あぁ、勿論麹も買って来ました。」

抜かり無くそう付け加える祥智。

「うん、種籾はどうだった。」

肝心の事を聞く。今回祥智をわざわざ湊まで遣った塩と並ぶ大きな理由だからだ。

種子屋たねやで扱っていた物は一通り買って来ました。米は四種類有りました。兄者が気にしていた芋は一種類でしたね。一応買って来たけど、この村で作っている物と同じかもしれません。」

「それならそれで良いさ。助かるよ。」

そう労う。

 種子屋で手に入れて貰った種籾はここより北にある沓前で扱われている品種だ。ここより南の早瀬盆地や、更に南の彌下平野から逃げ延びて来たこの村の祖先達が持ち込んで来た品種より耐寒性の高い物が手に入るのではないかと思ったのだ。いずれは品種改良なんて事も出来れば良いが、こちらは完全に門外漢。今は手間も暇も足りない。


「それと、大鋸なんですが。」

「手に入ったのか!?」

思わぬ単語に思わず声が大きくなる。

「八坂道場に出入りしていた喜三郎って覚えてます?」

「ん?あの破落戸共と揉めたあいつだろ?勿論だ。」

突然の話の展開に付いていけない。八坂道場は曽杜湊に居を構える道場で俺達がここに来る前に世話になっていた場所だ。

 城下の広坂道場と沓前二道場とか沓前二坂とか呼ばれる国内屈指の道場だ。城下の広坂が大身の武士の門下が多いのに対して、八坂はどちらと言えば下級の者や湊の町人なんかが多く通う道場だ。門下の割合からしても、完全に護身を第一にした守りの戦いを教える道場だ。また、船上での戦いに対応した教えを持つ珍しい道場でもある。こんな流派は三州津でも聞いた事が無い。

 喜三郎と言う男はそこで仲良くなった男だ。お調子者で適当な所もあるが町に詳しく、あちこちに顔の利く、所謂遊び人と言う奴だろうか。ある時、裏町で破落戸共と揉め事を起こして、俺達が平和的に仲裁してやった事がある。

「そう。あいつの家、大工だったの思い出したんですよ。」

そう言って悪い笑みを浮かべる祥智。

「おい、まさか脅して分捕って来たんじゃないだろうな!?」

慌ててそう聞く。仮にも同じ釜の飯を暫く一緒に食った仲だ。

「兄者は俺の事一体何だと思ってるんだ…ちょっと貸しを返して貰っただけです。それにちゃんと金を払った。」

「実家の大鋸を持って来たのか?家業は成り立つのか?」

そう言われても不安だ。祥智は割りと手段を選ばない所があるのだ。

「あぁ、倉庫で埃を被ってた奴だから大丈夫ですよ。お古だからその分割安で譲って貰いました。」

もう怖いから一体幾らで譲って貰ったのかは聞かない。

「唯、千次郎の欲しがってた二人挽きの物じゃなくて一人用の物ですけど。」

そう付け加える祥智。

「この際、手に入っただけ御の字だ。おーい、千次郎!!」

前方遥か彼方を作業小屋に戻る千次郎を大声で呼ぶ。

「何でしょう!!」

振り返って向こうも大声で答えて来る。

「大鋸が手に入ったぞ!!」

そう聞いた瞬間、千次郎と隣を歩いていた茂平が脱兎の如くこちらに向かって駆け出した。茂平ってあんなに素早い身のこなしも出来るんだな…

 あっと言う間に俺達の所まで駆けて来た二人は祥智が蒼風から降ろした包みを解く。

「悪いが一人挽きの物だ。これで何とかしてくれ。」

そう千次郎に言うと。

「いえ、十分です。手入れもちゃんとされているし、これで板が挽けます。」

「うん、早速板を幾らか用意してくれるか。」

感激している千次郎にそう頼む。

「あー…板を挽ける程の太さの丸太が…」

…そうだった。長年、大鋸の無かったこの村ではそれ程太い木は切り倒さなくなっていたらしいのだ。茂平の作業場の裏にある材木置き場にも細い丸太が数本残されているだけだった。板が挽ける位の太さの木はここ数日で切り出した物ばかりなのだ。

「そうだったな…使っていない家の柱はどうだ?」

「んー…柱は掘っ立てで地面に直接設置してますから…どうでしょうか。」

「そうか…一応、使えそうな家がないか見るだけ見ておいてくれるか?」

「分かりました。」

そう言うと二人は嬉しそうに大鋸を抱えて小走りに作業場に向かって行った。扱いの難しい茂平だが、意外と二人は上手くやっている様だ。


 火鉢で燃える炭の火が唯一の光源である薄暗いお堂の中で夕餉を食べながら宗太郎が身振り手振りを交えて旅の話を村の者にしている。聞いている者も皆楽しそうだ。羨ましそうな顔をしている者も何人か居る。

「寛太。」

その一人である寛太を呼ぶ。きょとんとした顔でこちらへやって来る寛太。話の続きが気になる様で後ろをチラチラ振り返っている。

「もう何年かして、お前が荷物を背負える様になったら必ずお前も連れて行ってやる。」

「本当!?」

俺がそう告げると、パッと顔を輝かせてそう聞き返して来る。

「あぁ、約束だ。その代わり、祥猛の教えを良く聞いてしっかりと稽古を積んでおくんだぞ。荷を守れぬ者は連れて行けぬからな。」

「はい!!」

良い返事をした寛太は、話を聞き逃してなるものかとすぐさま輪の中に戻って行った。どこまで分かったのやら。

「あんな約束をして良いのですか?」

祥智がそう尋ねて来る。

「寛太だけではない。今回は宗太郎だったが、来年からは順に何人か連れて行こうと思う。ここの者は余りにも狭い中で生きてきた。それこそ隣人すら居ない様な状況でだ。少しでも視える者を増やしてやりたいんだ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る