29・三分の一

 夜の闇の中、土の中で赤く光る炭を眺める。男衆が二回目の買出しに行った結果、早くも予定に狂いが生じている。

 勿論、嬉しい誤算であるからして不満は無いのだが、その結果として俺は、夫婦二人で炭焼きの火の番を続けていた佐吉夫婦の当番を、俺を含めた三人で受け持つ事とした。男衆が帰って来たら人を増やすと約束していた事が延期になったからだ。


 闇の中に三ヶ所の赤い光が眺められる場所で、茂平と千次郎の作業に無理を言って急遽捻じ込んで作って貰った竹編みの椅子に腰掛ける。

 二人が数日の間に、有り合わせの材料を使って作り上げたネコ車は、藤の蔓で組んだ骨に竹籠を編む要領で取り付けた皮で上部の箱が作られていた。それを見た瞬間にピンと来た俺は、それの形と大きさを調整し、同じく藤の蔓で脚を取り付けさせたパっと見、籐椅子の様な御洒落な椅子を完成させる事に成功したのだ。

 代わる代わる座ってみた皆からの意見も好評で、特に菊婆は見張り小屋に是非欲しいと強硬に主張したのだが…絶対寝てしまうと言う俺の指摘に対して返す言葉を持たずにスゴスゴと引き下がっていった。

 尤も諦め切れないのか茂平にあれやこれや言って作らせようとしているらしいが…


 そして、肝心のネコ車は、形状、機能的には俺の要求水準を満たしてはいるが、構造的に車軸の強度に不安が有る。藤の蔓の骨に輪切りにされた竹を軸受けとして半ば無理矢理に固定し、これも竹を車軸に丸く削った丸太の車輪を取り付けたと言った具合である。

 こちらも試しに使った女衆からは、重い物が一人で運べると中々好評なのだが、誰かが重り代わりにそこに居た稲と糸を載せたのが間違いの始まり。

 すっかりネコ車で運ばれる遊びに嵌った二人は、延べつ春に車を押す様にせがみ、それを横で羨ましそうに、しかし、年上としての誇りが邪魔するのか自分も乗りたいとは言い出せずにいる寛太と言う組み合わせにネコ車は現在占拠されているのだ。

 まぁ、木の車輪は想像以上に凸凹に弱く、使用するには道の整備が必須である事が判明したので、今すぐ使う予定は無いし良いのだが…

 本当は石灰石の運搬に運べないかと考えていたのだが、道の整備に掛かる時間は、冬を丸々使っても足りなそうなので見送りになりそうだ。むしろ出番は畑の土を入れ替えたりする時だろうか。


 それから、石灰の第一弾が焼きあがった。三人で背負籠一杯に運んだ石灰石だったが、焼き上がった生石灰は、精々籠一杯分といった按配の量に目減りしていた。佐吉は勿論、過去の経験から知っていたのだが、当たり前過ぎて俺に伝えていなかったのだ。

 当然、砕石の状態では石と石の間に隙間もあるだろうからそれなりに減るだろうとは俺も覚悟していた。しかし、まさか三分の一とは想像以上だった。土木工事に使用するからには必要量は膨大になる事は考えるまでもない。

 だが、それに力を割き過ぎると食料供給の改善が滞る…そも、その土木工事も食料供給の改善の為に行いたい訳なのだが、侭ならないものである。

 取り敢えず、石灰は全て工作班に引渡し、硬く、水に強い三和土の材料、配合を探して欲しいと伝えてある。

 とは言え、これも余り時間は掛けられない。ある程度の量の石灰が集まるまでの間が期限となるだろう。残念ながら、たとえ後々二度手間になると分かっていても品質を高める為に時間を掛ける余裕が無いのだ。


 現状を振り返って整理したら、今度はこれからの予定を考え直す。

 明後日には男衆が戻って来られるだろう。翌日は休ませるとして、四日後から仕事に掛かって貰う。まぁ、休むと言っても縄を編んだり、草鞋やら莚やらを編んで過ごして貰うつもりだが。

 その翌日からは男衆は材木の伐採、女衆は葦原に出向いて茅刈りとしよう。石灰だなんだと言う前に基本となる木材が足りなさ過ぎるのだ。乾燥に時間も必要だし、早ければ早いほど良いだろう。

 俺は見張りと護衛を兼ねて女衆の方に付くべきだろうな。祥智が帰って来られれば行って貰うのだが流石にまだ戻って来ないだろう。漸く曽杜湊に到着した頃か。

 祥猛は弥彦と狩りを再開して貰う。はっきり言って、冬場の食事はあの二人が頼りだ。


 その後は石灰石の運搬と田畑の整備に班を分けるか。それとも、雪が降る前までは田畑に人員を集中させるべきか。しかし、田畑の整備は何をするべきか…

 当初の予定では、西の川が谷間から平地に出てくる辺りに堰を作るつもりだったのだ。

 西の川沿いは、田んぼの辺りは直接水が流れ込んでいる事から分かる様に、川と周囲がほぼ同じ高さか、周囲がやや低い。

 一方、谷の出口付近は周囲の方がやや高い。数値で言うと三尺程低い。

 これを逆転させ、尚且今より広範囲に水を供給する為の手段の一つが堰だったのだ。

 堰で川の水位を上げ周囲に導水、耕作可能な土地を増やすと言うのを第一目標としていた。

 そしてその材料として見込んでいたのが石灰から作る三和土だった訳なのだが…生産可能な量が想定の半分になってしまった訳なのだ。


 この冬は堰は諦めて何か別の方向に目を向けるべきか。それとも中途半端な状況まででも堰を作り始めるか。

 収穫量は人が若干増えた事と、正条植えと可能ならば塩水選(祥智の持って帰って来る塩の量次第では真水選。多分真水選。)をやるだけで大分改善されるはずだ。買い出しと合わせれば猶予は三年位は有ると考えられる。但し、飢饉が起こってしまうと詰みだが…

 そう考えると、この冬は無理をさせ過ぎない事も大切かもしれない。


 もう一つ問題になるのは肝心の石灰石だ。焼く事による目減りを考えると、可能ならば石切り場の傍で切り出した端から焼いてしまうのが望ましい。

 しかし、それをやると立ち昇る煙から盆地の勢力にそこで誰かが何かをしている事が丸分かりになってしまう。一度位なら良いだろうが延べつとなると不審に思った者が確認に来ないとも限らない。効率を取るか安全を取るか、早い内に選択しなければいけない。


 薄っすらと白み始めた山の端をぼんやりと眺めながら、前途の多難さを噛み締める。

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