28・一息

「御坊!戻って来ましたか!?」

俺は門に駆け寄りながらそう尋ねる。

「祥治殿。戻って参りましたぞ。」

嬉しそうに柳泉が眺める視線の先には、谷底の細い道を列を組んで下って来る男達の姿が見える。

「兄者!戻って来たのか!?」

祥猛がこちらに駆け寄って来ながらそう聞いてくる。後ろからは他の者達も続々とやってくる。

「祥猛、どこへ行っていた。お前を村に残して置いたのはいざと言う時の守りの為だぞ!」

「お堂のすぐ裏の山だよ。だから、鐘がなってすぐに飛んで来られたじゃないか。それより槍も弓も持たずに飛び出したのは兄者じゃないか。あいつ等が襲われても、それじゃ助けに行けないぞ?」

「むぅ…」

正当な指摘をしたはずなのに、なぜか言い返せない状況になってしまった。

 俺は二人分の武器を担いだ祥猛から槍と弓矢を受け取る。周りでは門に辿り着いた者達が戻って来る隊列を見て思い思いに声を上げている。


 暫くすると、荷を背負った男達が手に持つ槍も見える様になって来た。だが俺は知っている。先頭の二人が持っている槍は本物の槍だが、残りは唯の棒だと言う事を…道中は立派な杖としてさぞかし役に立った事だろう。

 門からは、丁度北敷道の脇道が合流する少し先まで見渡せる。この間の賊もあの脇道からやって来たと言う。あの辺りを何事も無く通過出来れば無事戻って来られるだろう。


「八郎、良く皆を無事に連れて戻って来てくれた!」

半刻程すると、疲労困憊になりながら最後の坂を隊列が上って来た。

 槍を持って先頭を務めていた利吉と竹丸から順に労いの言葉を掛けて行き、列の中段で俵を担ぎながら馬まで曳いて来た八郎にそう声を掛けた。

「いえ、大将が御膳立てしてくれた御陰で、向こうに着いたらすぐに麦やら蕎麦やらを買えたもんですから。それに、皆も文句一つ言わずに働いてくれました。」

そう謙遜する言葉とは裏腹に、その表情は満足感と喜びに満ちている。

 思えば、彼は荷を運ぶ仕事の途中で襲われた。今回の事で失った自信を取り戻す事が出来たのかもしれない。

「とにかく、荷を降ろして休んでくれ。今日は馬の世話は俺と祥猛で見るから安心して休んでくれ。」

そう労うと、

「実は祥智様からお伝えせよと言われている事が有りまして。」

そう切り出す八郎だが、切迫詰まった感じは受けない。

「分かった。だが、後ろも詰まっている。とにかく荷を降ろしてお堂で休みながら話そう。」

「そうですか。では、そうさせて頂きます。」

そう言うと馬を曳いて進んで行った。


「満助、お主も良く帰って来た。これからも馬の世話を頼むぞ。嘉助も弟が立派に働いているのを見て安心しただろう。」

八郎に続いて馬を曳いていた満助とその後ろを上って来た兄の嘉助に声を掛ける。二人は疲れた表情ながらも嬉しそう頷くと中に入って行った。おどおどした所のある満助だが、今の様子を見る限り、少し自分に自信を付けたのではなかろうか。


「三太、四太も良くやってくれた。」

一番後ろは新参者の兄弟だ。

「へい、有難う御座います。」

やや、表情が固い。何か問題が有ったのだろうか。

「道中何事も無かったか?」

「へ、へい。特に何も無かったと思いますが…」

少し不安そうにこちらを見上げる三太。取り越し苦労なら良いが後で八郎に確認するか。

「そうか、ならば良かった。早く荷を降ろして休もう。」

問題無いと伝わる様に笑顔で肩を叩くと一緒にお堂へ向かった。


 お堂では父親が帰って来た子供達がそれぞれの父親に纏わり付いて甘え、女達は夕餉を少し豪勢にしようと張り切っていた。

「八郎。取り敢えず俺は馬の世話をして来るから少し待ってくれ。」

そう言って馬を曳こうとすると、満助が慌てて走って来て、

「お、俺がやりますから!」

馬の前に立ち塞がる様にしてそう言った。

「そうか?今日は疲れているだろう?立派に働いてくれたのだ。無理せずとも良いぞ?」

そう諭すが、

「いえ、俺の仕事ですから!」

そう言って譲らない。まるで大切な玩具を取り上げられまうと必死な子供の様な様子に、馬に入れ込んでいる様子が見て取れる。

「そうか、では二頭共任せて良いか?」

「大丈夫です!」

そう言って、揚々と馬を曳いて坂を下って行った。

「あいつは相当に馬に思い入れが有る様でして…」

後ろから八郎が呆れた様子でそう言う。

「まぁ…仕事に打ち込むならば悪い事ではあるまい。」


「それで、言付けは何だ?」

改めてそう聞く。

「はい、実は、祥智様があれこれ掛け合って、才田の庄では思ったよりも食い物が手に入ったんです。それで、一度では運び切れなくて。」

「それは良い報せではないか。ではもう一度行かねばならんのだな?」

「はい。今回運んで来たのは古い麦が中心です。館の蔵に蓄えられていた古いやつを交渉して安く譲って貰ったんです。なので、それを先に食ってくれと。」

「成程、道理だ。承知した。それと二度目は何人必要になる?」

「全員必要です。丁度二回で運べる分を買い付けて貰いましたんで。」

「そうか。こちらも手が欲しかったが背に腹は代えられん。飯より大切な物は無いからな。」

残念だが、人を使って作業を行うのはもう数日待たねばならぬか。

 しかし、今日運ばれてきた俵が、七人と二頭で十一俵。二回で二十二俵。元からあった分と合わせて漸く、二十人が食べて行ける量だ。後は、他の食い物で補って行くしかない。それでも十人分しかなかった最初に比べれば一息吐ける。これで、少し先が考えられる様になったと言えるだろう。


「それで、いつ出掛ける?」

「出来れば明日にでも。」

「馬は保つのか?それに皆の体力もだ。」

急ぎたいのは俺も同じだが、それで倒れられては本末転倒だ。

「戻ったら休ませて貰えれば大丈夫でしょう。祥智様からも雪が降る前にと言われておりますし。」

「そうか…馬の様子はしっかり確認してくれ。少しでも無理だと思ったら一日延ばすんだ。」

「分かりました。では、ちょいと馬を見て参ります。」

そう言って立ち上がる八郎。

「八郎。三太達兄弟の様子はどうだった?」

気になっていた事を聞いてみる。

「どう、と言われますと?黙々と働いておりましたが…」

「何か諍いが有ったとか揉めたとかそんな事は無かったんだな?」

「そ、そんな事は全く!何か言っておりましたか?」

慌てた様子で否定する八郎。

「いや、帰って来た時の様子が少し気になったのだ。何も無かったならそれで良い。」

そう言い足すと、

「寧ろ、周りと余り話をする事も無く、どちらかと言えば馴染めて居ない感じでしたが…」

そう、続けて話した。

「あぁ、それが原因かもしれぬな。」

「ははぁ…確かに俺はどうしても満助と話をせねばなりませぬから、必然兄の嘉助や他の者とも話をする事が有りましたが。あの二人はそう言った事も有りませんから。」

「うん、徐々に慣れて貰うしかないな。すまなかった、馬を頼む。」

「はい。」

そう言うと話を区切る。春になり、農作業が始まれば二人の活躍の場も多くなる。そうすれば周りとの距離も徐々に近くなるのではないか。そう期待する。


「あぁ…こいつぁ、確かに良いですなぁ…」

買い出しから戻った男衆を連れて足湯にやって来た。利吉の言葉を証明する様に、皆の表情も蕩けている。

「足を温めながら揉み解すのだ。疲れが取れる。」

俺が見本を見せながらそう言うと、皆もそれを真似る。大切な布教活動だ。

「首まで浸かれると背中や腕の疲れも良く取れるのだがなぁ…」

そう、煽る様に言うと、

「へぇ、そんなに良いもんですか…」

「そりゃそうだ、足の先だけでこうなんだ。体中となれば言うまでもない。」

布教は続く。因みに女衆は既に、肌が美しくなると言う一言であっさり陥落している。


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久し振りの更新に沢山のコメントありがとうございました。当面は週一月曜更新を目標にしたいと思います。

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