27・見知らぬ道具

体を壊して少しお休みを頂きました。当面週一程度の更新で再開させて頂きたいと思いますので、またお付き合い頂ければ幸いです。

=======


==茂平==

「なぁ、千次郎どん。」

「なんです?」

儂の呼びかけに最近村にやって来た大工の千次郎どんが藤の蔓を火に当てて曲げながら答える。

「こいつは結局何なんだ?」

こいつとは千次郎どんと一緒にやって来た、鷹山様と言うお武家様から作るよう言い付けられた見た事も聞いた事も無い道具の事だ。

「土やら石やら重い物を運ぶ道具だって言ってたじゃないですか。」

千次郎どんが作業の手を止める事無くそう答える。

「そりゃそう言ってたが。この箱は何で斜めなんだ?普通の四角に箱の方が沢山入るじゃないか。」

構造的な問題を指摘してみる。

「知りませんよ。聞いてみれば良いじゃないですか。大将は分からない事はすぐに聞けって言ってましたし。」

確かにそう言っていた。だけど、

「怖いじゃないか…」

作業の手を止め、呆れた表情で顔を上げる千次郎どん。

「別に怒られやしませんよ?皆、特に女衆はあれこれ聞いているじゃないですか。」

「特に女衆って、今女衆以外は儂等と佐吉どんと弥彦しか居らんではないか…」

男には厳しいかもしれない…

「柵を作る時にあれこれ言ってたじゃないですか。反対する様な事を言っても怒られなかったでしょ?」

藤を曲げて作った骨組みに竹を編み込み始める千次郎どん。確かにあの時は鷹山様の言う事に真っ向から反対した様な気がする。

「どうしよう…怒っているやもしれん…」

愕然としながら縋る思いで千次郎どんを見る。

「良いからさっさと車を作って下さいよ!!」

怒られた…

 儂は残り少ない丸太を輪切りにした物を轆轤ろくろで回し、綺麗な円になるように削って行く。わざわざ土を運ぶのに車を作るのか…もっこではいかんのだろうか…気になる事が多過ぎる。でも、聞くのは怖い…

====


 食料を買出しに行った者達が出掛けて今日で四日になる。上手くすると今日の夕方にでも戻って来るかもしれない。気もそぞろになりながら、昨日から始めた田畑の周りの簡易測量を黙々と続ける。

 同じ高さに墨で印を付けた笹を地面に立て、竹の皿に水を張って水平を図りながら土地の高低を大まかに測って行く。

 やはり、田んぼの改良を行うには水路の整備が必須であり。田んぼを増やすとするとその場所にあった畑は潰される事になる。つまり、水路を作って畑を移してからでないと田んぼに手を付ける事は出来ないと言う事になる。当初は石灰を確保して三和土で固めた水路を作りたいと考えていたのだが、当面素掘りの土水路でやるしかないかもしれない。

 近代的な施設を作ると言う事はとにかく手間が掛かるのだとやってみて痛感する。特に全てが手作業のこの時代なら尚更の事だ。土水路だと水が周りに浸み込んでしまわないだろうか…何かで水が浸みない工夫がしてあるのか?悔しいが、また祥猛に聞くしかないか…


 トボトボとお堂に向かう。未来人の知識が有るなんて気張ってみても、現代人の知識すら不足している事を思い知る。憂鬱な気分を抱えながらお堂を覗くと祥猛と弥彦の姿が見えない。

 入口近くに居た小枝に声を掛ける。

「小枝、弥彦達はどこへ行った?」

「あぁ、大将。猛様と弥彦さんなら罠の材料が足りないって言って出掛けて行きましたけど。」

あいつ等、自分達が村の守りの為に残されて居るって理解してんのかね…

「あ、あの…」

呆れて居ると小枝が声を掛けてくる。

「どうした?」

「この村では元々、藤布を織っていたそうなんです。」

「ほう、藤布か。では、この村の者が着ている布は藤布なのか。」

藤布は古くから日の本で作られている布と聞く。山間の地域では今も多く作られているらしい。

「そうみたいです。それから、出来るなら麻も育てて麻布も出来ないかなと…」

「苧で作るのではなく?」

「えっと…麻布は苧から作る物と麻から作る物があるんです。ここの土地にどっちが合うのか分からないので…」

そう途切れ途切れ説明する。

「つまり、布を織るのが目的ではなく。この土地で育つ布の材料を調べたいと言う事か?」

「あぁ、そうです。苧も麻も割りと簡単に育つはずなんですけど…」

成程…東の川の方で育たないかな…

「分かった。もう少し早ければ祥智に種を手に入れて貰う事も出来たのだが、今更言っても仕方ない。苧を探す時に一緒に探してみてくれ。」

「分かりました。」

繊維は高級品だ。正直、自給出来るならなんでも欲しい。


「あ、あの…」

小枝との話が終わると、後ろから恐る恐る声を掛けられる。そこに居たのは千次郎だ。後ろには茂平もくっ付いている。

「どうした千次郎?」

「えっと、茂平さんが聞きたい事があるって言うんで…」

そう言い辛そうに言う。茂平は後ろで泡を食った様子に変わる。

「うん?なんだ?茂平、何でも聞いてくれ。」

そう言うが中々答えない。

「あの、車の籠の形が気になるって…」

業を煮やした千次郎が横からそう言う。

「籠の形?」

「なんで普通の箱の形にしないで斜めに傾いた籠なのか気になるみたいで。箱型の方が沢山入るのにって。」

成程。今二人に頼んでいるのは一輪車、所謂ネコ車と呼ばれる奴だ。確かにあれの荷台は底が平らではなく傾いている。特に考えずに絵図を描いて渡したのだがなんでだ?使い方を思い浮かべながら考える。あぁ、そうか。

「あれは、積荷をすぐに降ろせる様にする為だ。降ろすと言うか、前に傾けて滑り落とすと言った按配になる。」

動作を加えて説明する。

「あぁ、箱だと掻き出さないといけませんからね。」

千次郎が得心行ったと言った様子で答える。

「うん、量を運ぶより素早く何度も運ぶ用途の道具と言えるな。」

「成程成程。茂平さん、それで分かりましたか?」

千次郎が自分の背に隠れた茂平にそう問い掛ける。

「わ、わかった、大丈夫…」

そう言うと茂平は慌てて走って行った。いや、逃げて行った。

「あいつは何をあんなに怯えているのだ?」

思わず千次郎に聞く。

「怒られるんじゃないかと心配している様です…」

「この間はあれだけあーだこーだ言ったのにか!?」

「はぁ…後になって思い返すと…みたいな?」

「分からん…」

二人で顔を見合わせて困惑する。と、その時、

’カーン カーン'

門の鐘が緩やかに鳴らされる。危険を知らせる鐘はもっと素早く連打される事になっている。これはそれ以外の知らせだろう。

「帰って来た!」

そう叫んだ千次郎と共に門に向かって駆け出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る