26・実地調査

 穴を掘る。一人冷たい泥に塗れながら、唯ひたすらに穴を掘る。


 何をしているかって?田んぼに穴を掘っているのだ。

 何で田んぼに穴を掘るのかって?それは、深田の泥が一体どの位の深さまで達しているのかを調べる為だ。

 一応、最初に細い竹竿を突き刺してどの位の深さまで刺さるかは確認した。しかし、実際に掘ってみない事には確かな事は分からない。何回か比較して凡その所が分かれば、それからは竹を刺しただけでも判断が出来る様になるだろうが、それまではとにかくデータの蓄積をするしかない。

 なんで一人でやっているかと言えば、女衆には縄編み、落ち葉拾い、子供達と石拾い、工作班は相変わらず工作、狩猟班は罠作り、炭焼き班は炭焼きと石灰焼きと、それぞれに仕事を申し付けてあるので手伝ってくれる人間が居ないからだ。くそ…穴の内壁が崩れてきた。川から水が流れ込む場所の近くは泥が緩くて駄目だ。茂平の所から土留め用に竹を持って来よう。


 竹を運びながら考える。湿地から水を抜くにはどうしたら良いだろうか。前世では穴の開いた土管か何かを埋め込んで排水して土壌改良をしたって言う話を何かで見た気がする。水を抜けば解決する問題なのか?いや、また水が入れば一緒だろう。と言う事は、何か嵩上げをする様な物を下に入れるべきか。小石、砂、粘土、田んぼに水を溜める事を考えると底から水を逃がさなそうな粘土が良いのか?いや、排水を考えると小石に敷いて、隙間から水が抜けて行くようにした方が…でも、そうするとそこに延々と水が溜まり続ける事になるのか?そうなるとその下の地面がぬかるんで更に沈む?

 やはり、排水の仕組みを作らないといけないのだろうか。しまったな、普通の田んぼはどの様な仕組みになっているのだろう。祥智なら知っているだろうか。祥猛は…どうだろう。この村の者達は生まれた時からここの田んぼしか知らないだろうから期待薄だろうな。


 運んだ竹で土留めをしたら、また掘り返す。いや…そもそも常時水が流れ込んでいる状況を改善するのが先ではないのか?川と言う物は流れが見えている場所だけに水が有る訳ではないはずだ。水無川なんて物が有る位なのだから川底より下にも水が流れていると考えるべきだろう。確か伏流水だ。それが常に地下から染み出しているならば、まず作るべきは堤か?

 あれ?排水はどこからするんだ?排水をすると言う事は、排水口より低い位置に水路がなくてはいけないのでは?…田んぼの嵩上げをしなくてはいけないのか?どれをするにしてもとんでもない大工事になる気がする…今の人員では不可能なのではないだろうか…

 そう思い当たった所で漸く泥の層が終わった。深さは胸程もある四尺(約120cm)近いだろうか。その下は石がゴロゴロしている。古い河原の層だろうか?

 その後二箇所同様に掘ってみる。結果は泥は川から離れると浅くなり、一番離れた場所では三尺程になっていた。勿論、これでも腰程の深さがある訳で十分な深田と言える。


 泥まみれで祥猛を呼びにお堂へ戻る。乾き始めた泥が草鞋との間で擦れて痛い。

「大将!なんですその有様は!?」

坂を上った所で田鶴に見つかる。

「ちと、田んぼを良くするにはどうすれば良いか調べておった。」

そう説明すると、

「そんな格好でお堂に入らないで下さいまし。」

けんもほろろにそう言われる。おかんか!!

「分かっておる。祥猛を呼びに来ただけだ。」

だが、言い返してはいけない。それは悪手だ、俺は知っている。おばちゃんと口喧嘩する程生産性の低い活動はこの世に存在しないと言って良いのだから。

「祥猛!」

お堂の入り口から声を掛ける。弥彦と月と共に罠を作っていた祥猛がすぐに顔を上げて、

「酷ぇな。」

俺の格好をそう評した。

「分かっている。湯に行くから付き合え。聞きたい事がある。」


「それで?」

脱いだ着物を足湯用の池でジャブジャブと洗う俺に祥猛がそう聞いてくる。

「田んぼの水を乾かすにはどうしたら良い?山之井の田は冬場はカラカラに乾いておっただろう?」

そう本題を聞く。

「あぁ、それは田んぼの底に水を抜く竹の管が入れてあるんだ。」

期待していなかった祥猛から答えがあっさりと齎される。よくよく思い出せば、田畑の手伝いを良く務めていたのは末っ子の祥智ではなく、体も大きく下に兄弟を抱えていた祥猛の方だった。

「やはりそうなのか。詳しく教えてくれ。」

やはり排水の仕組みがあったのだ。足元の湯が泥で茶色に濁っている。二つの川から水路で湯と水を引いたこの足湯は水の逃げ場が無いから、一度濁ると中々元に戻らない。くそ、ここでも排水の問題が立ち塞がっているじゃないか…

「んー、田んぼが何層かの土に分かれている事は知っているよな?」

「いや、知らん…」

「…兄者、何で知らないんだ?」

呆れた様にそう聞かれる。

「俺は田んぼが忙しい時期はいつも見張り役で留守番だっただろう。実は田んぼ仕事に関わった事が殆ど無い。」

「あー…そう言えばそうだった。でも水抜きを作り直したりするのは冬場だったぞ?」

確かに冬場に田を掘り返している様子はたまに見掛けた。

「だけど、俺が聞いた時は田の土を均したりすると言われたぞ。水を抜くなんて話は出なかった。」

「あー…邪魔だったんじゃないか?」

「……」

確かに俺は質問魔だったかもしれない…でも、でも、あんまりじゃないか!?

「…まぁ、良い。具体的に教えてくれ。」

気を取り直してそう聞く。

「一番下は石だ。水抜きの管もここに置く。木の枝なんかで水の流れる向きを調節する場合も有るらしい。」

「ふむふむ。」

「次は砂で、その上に鋤床だ。」

砂は粒が細かいから上の土が落ちて来ないようにする為かな?

「鋤床ってのはなんだ?」

「まぁ、耕さずに固いままにしておく部分かな。その上がドロドロになる部分、作土だ。」

「作土と鋤床は何が違うんだ?」

「土は同じなんじゃないか?」

「じゃあ、そこは両方田んぼの泥で良いのか?」

「あぁ、多分な。冬の間にちゃんと乾かせば良いんだと思う。」

なんとなくは想像出来た気がするが…

「水抜きの管は斜めになる様に置くんだよな?」

「そりゃそうだ。じゃなきゃ、水が流れないからな。」

「そうすると地面が斜めになっちゃうけど、それはどうするんだ?砂の所で平らに戻すのか?」

「そうなるな。その上の土はそんなに厚くないからな。」

「それと、水を抜くって事は竹の管より下に水路が必要なんだよな?」

「そりゃそうだ。だから山之井の田んぼは皆、川より高い場所にあったろ?」

「あぁ、確かに。川ではなく水路から水を入れていたな。てことはやはり、ここの田んぼをそんな風にしたければ、まずは嵩上げが必要になるって事か?」

「あぁ、そうか…無理だろ。」

身も蓋も無く祥猛がそう言う。

「そうなると…むしろ、今の畑の辺りを田んぼにする方が簡単な気がするな。」

「水が引ければな。」

やはり、そこになるか。まずは水路の整備が最初に必要になるって事で良さそうだ。と言う事は石灰が早急に欲しい。

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