25・西側の状況は
「兄者、重いぞ…」
背中に石を詰め込んだ背負籠を背負う祥猛がそう不満を零す。
「俺だって同じだ。文句を言わずに歩け。歩かないといつまで経っても飯にはありつけないぞ。」
同じく籠に石を詰めた佐吉と三人、暗くなり始めた草原を飯富村へ向かって急ぐ。
今日は朝一番から村の西側の地形の状況を確認に出た。村の守りを考えると祥猛は残して起きたかったのだが、この男は殊、武に関する事については勘が鋭く、目端が利く。守りを固める場合等に的確に弱点を指摘したりするのだ。
八郎達が飼葉を刈り取った跡が彼方此方に見られる草原を佐吉が焼く炭焼きの煙を右手に見ながら進む。
草原の入口で案内をしてくれる炭焼の佐吉と落ち合う。
「石を運ぶから幸が案内してくれるのかと思ったら、佐吉が案内なのだな。」
「ははは。大将、石切りには腕っ節より石を読む力が大切なんですよ。」
そう笑いながら答える佐吉は柄の長い金槌を担いでいる。
程無く、山が崖に迫り平地が狭まる狭間へ辿り着く。
「思ったよりも幅があるな。二十間(約36m)位か?」
俺がそう問うと、
「そうだな。ここに砦を建てる気なのか?」
祥猛がそう聞き返して来た。
「思ったよりも幅が広い。ここを塞ぐのはかなり厳しいな…」
「あぁ、今すぐには無理だろう。何もかも足りないぞ?それに山も大して急じゃないからな、このままじゃ登って迂回されちゃうぞ。」
難しそうな顔をして周囲を見回す祥猛。
「お前ならどう守る?」
「門を守りながらって話なら、そもそも無理な相談だな。少数なら俺と智の兄者、それに弥彦さんを一時的に回して斜面から弓で迎え撃つとかかな。何十人も来たらどうしようもないな。」
「取り敢えず今は?」
「打つ手無し!」
だよなぁ…
「柵を立てるとかは?」
「その手間暇は他に回した方が良いんじゃないか?今まで一度も敵が来た事の無い場所より、いつも来る場所が優先だろう。兄者が気にしているのは他の領主に攻められた時の事だろう?」
ぐうの音も出ない…
「そうだ、盆地の様子が見渡せるかも確認するんだった。」
崖に疎らに生える木の間から眼下を見渡す。すぐ下を流れる早瀬川の向こう岸は門の対岸から続く森が広がっている。右手の川下側に平林の集落が有るはずなのだが…
「見えんな…」
「ちょっと角度が悪いな。少し斜面を登ってみるか?」
祥猛の言葉に従って斜面を登って行く。日常的に人の入っている村の周りの斜面と違って、人の手が入っていない斜面は非常に登り辛い。
「あぁ、ここならなんとか。」
視線の先に見えるのが平林の集落であろう。取り立てて特筆すべき点の見当たらない普通の田舎の農村だ。その右手で急激に向きを変えて流れを西向きから南向きに変える早瀬川の対岸にも規模の小さな集落が見える。
「ちょっと遠すぎるな。」
「あぁ、それに平林以外の集落が全く見渡せない。これでは門の所からの見張りよりはマシ、位の物だな。」
祥猛の感想に俺も同意する。
「まぁ、平林と揉めた時はここで見張れば良いと考えれば良いか。」
俺がそう纏めると、
「あの…そろそろ行かないと日暮れまでに戻れなくなります。石切り場までは早瀬盆地を南北に行く程の距離があるんです。」
佐吉が申し訳無さそうにそう言って来る。
「何、それはいかん。それでは二里(8km弱)もあるではないか。急ごう。」
成程、視線の先に見える西の草原とその先の山々はまだまだ先だ。ここまでで行程の四分の一来ているかどうかだ。
西の草原は、草原と言うよりは疎林と行った状況だった。椎や松の若木が細く育ち、その他の場所も低木や藪が繁っている。
「これは石を大量に運ぼうと思ったらまず道を整備しないといけないな。」
枯れて茶色くなった藪を掻き分け進みながら思わずそう言う。
「兄者、石はそんなに急いで必要なのか?まずは田畑の整備ではないのか?」
祥猛がそう聞いて来る。
「うん、田畑に引く水路を整備したり守りを固める壁を作ったりするのに石灰が欲しいのだ。だが、お前の言う通り、現状の田畑での収量を増やす事が先かもしれんな…ただ、石灰は田畑に撒く肥にもなるから、どちらにせよある程度は必要なのだ。」
「ふーん。つまり、畑に撒く分はこの冬に必要って事だな。」
「それと千次郎と茂平が三和土の研究に使う分だな。それが上手く行ったら道を作るか。」
「まぁ、沢山運ぶならその方が良さそうだな。」
半刻程進むと川に出る。集落の西の川と同程度の川だ。周囲も飯富村の田んぼの様に湿地化していない。
「ここに田を拓いた方が話が早い気がする…」
俺が思わずそう言うと、
「ここは平林の真上なんでさ…俺達のご先祖はお尋ね者みたいなもんでしたらから。なるべく離れたあっちの場所が良かったんじゃないですかね…」
確かに、崖下を覗き込むと先程は距離があった平林の集落がすぐ眼下に見下ろせる。それどころか早瀬盆地の南端、刈込峠まで一望出来た。
「成程、追手から逃げている者達にはこの見晴らしの良さは気が休まらないかもしれないな。」
「だけど、見張りには最適だぞ兄者。」
「うん、飯富村が立て直せたら早瀬や遠濱の連中にも知られてしまうだろう。その頃にはここに村を作り、見張り台を設けても良いだろうな。」
「じゃあ、まずは村の田畑からだな。」
夢は広がるが、祥猛の言う通り、まずは目先の問題の解決からだ。
橋の無い川を石伝いに渡る。
「帰りは石を背負って来るんだろ?石の上を渡るのは無理だな。夕方に川に浸かって渡るのは嫌だなぁ…」
「そうだな…冬場に運ぶ事を考えたら道より先に橋だな…」
「あぁ、絶対に必要だぞ。」
そんな話をしながら早瀬川沿いから支流の秋川沿いに変わった崖の上を西へ西へと進んで行く。
秋川沿いに変わると一気に右手の山が迫って来て。台地状だった先程までとは違い、歩くのは急斜面の途中の緩斜面と言った感じの山の中となる。
「後どの位だ?」
「さっきの狭くなった西の草原の入り口からここまで同じ位じゃないかと。」
俺の問いにそう答える佐吉。成程、佐吉が先を急ぐ訳だ。そう思っていると、
「兄者、下を見てくれ。」
祥猛がそう声を掛けて来る。崖と言う程では無いがかなりの急斜面の下に秋川が流れている。
「うん?」
「河原は狭いしでかい岩がゴロゴロしている。流木も多いし、ここを軍勢を率いて上って来るのは無理だ。当分はこっちは考えなくて良いと思う。」
確かに下の河原は歩くのが困難な程荒れている。俺はあれこれ考えながら注意散漫になってしまう時に祥猛は的確に見て欲しい所を見てくれるので、こう言う時には連れて行きたくなるのだ。
「確かにお前の言う通りだな。取り敢えず西側は橋を掛けるだけにするか。」
「それが良いんじゃないかな。まぁ、この斜面は道を付けたくなるけどな…」
「あぁ、やっと着いた。」
思わず祥猛がそう零す。
北から迫っていた高い山と、西から迫って来る低い山が作る谷を越えた所に石切り場は有った。切り出したと言ってもそう大した規模ではない。山裾に露出している岩が少し削られていると言った程度のものだ。
早速、佐吉が楔を取り出して石の目を見ている。
「お二人はそこいらで細かくなっている石を籠に詰めて下さい。なるべく混じりっ気の無い白い奴をお願いします。」
「心得た。」
そう言うと俺と祥猛はしゃがみこんで地面に落ちている石を探す。やっている事が稲と大差ないのは気にしてはいけない。佐吉は早速、甲高い音を立てて楔を打ち込み始めた。沢山採る訳ではないし、綺麗な形で切り出さなければいけない訳でもないので迷うことなく鎚を振るっている。
結局、石の切り出しは直ぐに終わり。むしろ、籠に入る大きさに石を砕く方に時間が掛かった。
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