22・小さな男の小さな決意

「それじゃあ、男衆は祥智に従って用意をしてくれ。慣れぬ事だ、慎重にやって分からなければしっかり聞いてやってくれ。」

男衆はぞろぞろと祥智の所へ集まる。

「あ、あの!」

そこへ、宗太郎が意を決した様に声を上げる。

「おぉ、宗太郎。落ち葉はどの程度溜まった?」

「え…えっと、やっと両方とも底が見えなくなった位です。」

結構溜まっている。

「良し、そうしたら米糠を撒けるな。良くやってくれた。お前は明日から祥智に付いて買出しに行け。」

「あ、はい…はい?えっ!?」

落ち葉の事を聞かれたから留守番だと思ったのだろう。話の展開に付いて行けずに泡を食っている。

「早く行け!用意が出来ていない者は連れて行かんぞ!!」

「は、はい!!」

せっ突くと慌てて飛んで行く。

 女衆は男衆に持たせる食い物を必死に拵えている。まぁ、主には団栗餅だ。行きは餅、帰りは炒った団栗と栗だろうな。ほしいい(干飯)なんて高級品はここには無いのだ。保存期間に優れる糒だが、そもそも保存する程の量が無いのだから。


「ちょっとよろしいですか?」

そこへ周がやって来る。

「うん、何かあったか?」

「これをいくつか作ってみたんですが、これで宜しゅうございますか?」

そう言って渡してくれたのは、頼んでいた投石紐だ。

「うん、頼んだ通りだ。残りもお願いする。」

「畏まりました。」

そう言うと周は女衆の方に戻って行く。


 さて、色々と指示を出したがやる事がなくなってしまった。いや、やりたい事、やらねばならぬ事は山積みなのだが、今現在出来る事が無いのだ。

 温泉…取り敢えず、落ち葉に米糠を撒きに行くか。そう決めると俺は祥智に行き先を告げ丘を下る。


==寛太==

「にぃに、かえってこないねぇ…」

稲が落ち葉を背負って運びながら、そう言ってお寺の方を見る。宗太郎兄ちゃんが、新しく来た三人の強い人の一人に呼ばれて行っちゃってから戻って来ない。兄弟だって言ってた三人の中でちょっと恐そうな感じの人だ。

「そうねぇ、何の御用事だろうねぇ。」

春姉がそう相槌を打ちながら囲いの方に進んで行く。昨日からずっと落ち葉を運んでばっかりで詰まらない。籠を下ろして抱えてから踏み台を登って囲いの中に落ち葉を入れた。最初は地面ばっかりだったけど今日は地面が見えないくらい溜まって来た。


「ここに居たか。」

そうして居たら、あの人が来た。宗太郎兄ちゃんが大将って呼んでる人だ。和尚様の代わりにこの村を守ってくれるんだって言ってた。稲にも糸にも優しいんだけど、俺はちょっと恐い…

「大将、どうしましたか?」

春姉がそう聞いたら、なんか変な顔をした。

「お前も大将って呼ぶんだな…まぁ、良いが。」

大将って呼ばれるの嫌なの?

「おぉ、大分溜まっているではないか。皆良く頑張ってくれているな。大助かりだ。」

大将は囲いを覗いて、今度は嬉しそうにそう言って稲と糸の頭を撫でた。稲と糸は褒められて嬉しそうだ。

「丁度良い。寛太、これを落ち葉の上に撒いてくれ。」

そう言うと茶色い粉の入った桶を出してきた。これ何?

「これは米糠だ。知っているか?」

「お米の周り?」

米糠なら知ってる。お米を食べる時に取る、周りの茶色い所だ。

「お、良く知っているな。その通りだ。これを落ち葉の上に撒くと良い肥になるのだ。沢山でなくて良いから満遍無く撒いてくれ。」

そう言って今度は大将は俺の頭をガシガシと撫でてくれた。

 米糠は肥やしになるなんて、知らなかった。渡された桶の中から米糠を掴んで落ち葉の上に撒く。米糠は触るとなんか変な感じ。

「真ん中の方も頼むぞ。」

囲いから身を乗り出して真ん中に届く様に力一杯投げる。

「いねも、いねもやる!!」

その様子を見ていた稲が自分もと騒ぎ出した。糸もその後ろでちょっと羨ましそうにしている。

「分かった分かった。稲と糸はそっちの囲いをやろう。こっちは寛太がやるからちっと待っておれ。」

そう言われると稲は黙って待つ事にしたみたいだ。台を持って反対側からまた米糠を撒く。


「あはははは♪」

何がそんなに面白いのか、稲が米糠を落ち葉に向かって撒いている。撒いていると言うか叩き付けている。糸は恐々と米糠を掴んで、そーっと撒いている。

「良し、それじゃあ川に手を洗いに行こう。」

米糠を撒き終わって大将はそう言った。

「春、宗太郎は明日から買出しに付いて行って居ないから子供達を頼むぞ。」

「え?あ、は、はい!」

川に向かって歩きながら突然そう言われたので、春姉が吃驚した様子でそう答える。

「えっ?」

宗太郎兄ちゃんが大人達と出掛けるの?春姉ちゃんも驚いているから知らなかったんだ。俺は?

「寛太、買出しは何日も重い荷物を担いで朝から晩まで歩かねばならんのだ。宗太郎は大人と同じだけの荷物は背負わされんだろうが、それでもずっと歩く。お前にはまだ厳しい。」

思わず声が出ちゃったからか、大将は俺にそう言った。言ってる事は分かるけど…

「それより、お前には大事な役目がある。」

そんな俺を見て大将はそう言った。大事な役目。食べ物を買いに行くより大事な事なんてあるかな…

「宗太郎が居ないと言う事は、春や稲を守る男はお前しか居なくなる。分かるか?」

そ、そうか、男は俺だけ。富丸もいるけど赤ちゃんだし。で、でも、守るってどうするんだろう…宗太郎兄ちゃんはどうした?…いつも春姉に怒られていたのしか思い出せない…

「そこでだ。」

大将がちょっと悪い人みたいな顔で俺を見る。

「お前にはこれをやろう。」

そう言うと両方に紐の付いた小さな布を出した。確か、周のおばちゃんが作ってたやつだ。

「これはな、こう使うのだ。」

周りを見回して手で掴める位の丸い石を探した大将は、布に石を包むと紐を持ってくるくると回し始めた。どんどん回るのが早くなるったと思ったら石が凄い勢いで飛んで行った。

「おぉ…」

石の勢いに思わず変な声が出た…

「どうだ。これが当たったらどうなる。」

「いたい!!」

稲が勢い良くそう言った。

「うん、そうだな。」

あ、大将が稲の言った事を適当に遇った。

「これは上手く当たれば鎧武者だって倒せる。いずれ皆に配るが、まずはお前にだけやる。時間を見つけて鍛錬するんだ。良いか、周りに人が居ない事を確認してからやるのだ。最初の内は自分でも思ってもみない方向に石が飛んで行ったりする。それから藪や草むらなんかは中に誰か居ても分かり辛いから狙わない様にするんだぞ。分かったか?」

「わ、分かった。」

周りに気を付ける。周りに気を付ける。俺だけ貰った…

「えー!!いねは?いねのは!?」

稲が文句を言っている。でも、それどころじゃない。


 あれから、大将も手伝ってくれて落ち葉を運んだ。大将は落ち葉を掻き混ぜる棒も必要だなと言ってた。

 そろそろ日が傾いて来たから帰ろうって言われたけどちょっとだけ石を投げてみたくて一人で河原に来た。そう言えば一人でどこかに来たのは初めてだ。駄目って言われてたし。ちょっとドキドキする。丸い石を探すけど中々丁度良い石が無い。大将はこの辺には良い石があんまり無いから今度崖の下の大きな川の方に取りに行こうって言ってた。

 漸く三つ見つけたから布に包む。えっと…端っこが輪っかの方を小指に嵌めて…あ、田んぼには投げちゃいけないって言われたんだった。じゃあ、川に沿って投げよう。よし、回すぞ!


 暗くなって来た道をお寺に向かって歩く。石は真っ直ぐ飛ばなかった。上に飛んで行ったり、地面に叩き付けたり…泣いてないけど地面に叩き付けた時は、投げた石にぶつかった石が飛んできて脚に当たって痛かった。泣いてないけど…痛くてちょっと涙が出ただけ。

 でも、これであの三人みたいに強くなれるのかな。石を探してる時からそう思っていたけど、どんどんそう思う様になって来た。

 大将達は槍とか刀とか弓が皆上手だって聞いた。村に来た怖い奴等をあっという間にやっつけちゃったって。三人も最初は石を投げていたのかな…

 そうだ、栗ご飯をくれたあの人に聞いてみよう。三人の中で一番強いって言ってた。それに、あの人はあんまり恐くない。そうだ、あの人にどうやったら春姉や稲達を守れる様に強くなれるのか聞いてみれば良いんだ。


 そうだ、そうしよう!!石の当たった所が痛いのなんて忘れて俺は帰り道を走り出した。

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