23・遠くの隣人

 まだ、日の昇らぬ薄暗い道を蒼風に跨りひたすら進む。北敷道の上り坂を東へ進んで目指すのは返坂関だ。

 今日は沓前の代田盆地へ男達を食料の買出しに送り出す日である。祥智に率いられた男達も俺と同時に村を出て、峠に向かっている。

 そんな日になんで俺が一人で馬に乗って走っているかと言えば、関を守る代田の国人、才田弘兼殿に話を通す為だ。いくら買出しの為とは言え、武装した(と見せ掛けた)男達が十人近くもいきなり関に近寄って来ては向こうも警戒するだろう。その為に俺が先触れとして道を急いでいるのだ。

 坂のきつくなる後半は馬から下りて駆け足で坂を上って行く。蒼風はこの後も長い距離を進まねばならないから、ここであまり消耗させる訳にはいかないのだ。


「おーい!鷹山殿かぁ!?」

関が目前になると櫓の上から誰何の声が掛かる。良く分かったなと思ったが、思えばここを通ったのはたった三日前の事であったと思い至る。しかも人通りの途絶えたこの道であれば覚えてられていて当然か。

「先日はお世話になり申した。才田殿はいらっしゃるだろうか?

櫓の下に走り寄り、そう訪ねる。

「いらっしゃるが、何事であろうか?」

「実はお願いがあって参った。お取次ぎ願えませぬか?」

「畏まった。暫し待たれよ。」

多少不審そうな様子を見せながらも取次いでくれる見張りの男。それはそうだ、前回あれだけ本当に通るのかと念を押した男が数日で戻って来たのだ。それでも取り次いでくれるのは、諸国の話が無聊を慰めになったのか、単にこの砦の者達の人が良いのか…将又その両方か。


「どうされたのだ!?」

すぐに出て来た才田殿は諸肌脱ぎで汗だくであった。

「これは稽古の最中でありましたか、お邪魔して申し訳無い。」

慌てて謝罪をすると、

「いやいや、これは薪割りだ。お気になされるな。」

人手が足りないのはどこも同じの様だ。

「左様でしたか。」

「して、どうされたのだ?」

改めてそう聞かれる。

「実は…」

そうして俺は村を賊から救った事、村の立て直しに村に残る事になったこと、これから食料を買いに行きたいので通行を許可して欲しい事を伝えた。

「ふむ。まぁ、悪さをしないのであれば通って貰うのは構わないが、しかし飯富村とは聞かんな。早瀬七庄には無かったと思うが…」

なんともあっさり許可を貰えた。と同時に村については知らない様だ。って言うか七庄ってなんだ?

「確か崖の上の村が…」

そこに取り次いでくれた男がそう言い添えてくれる。

「おぉ、あの落ち延びた者が作ったと言う…あそこは厳しいのではないか?」

腑に落ちたと言う顔をした直後に苦い顔でそう言い足す才田殿。

「そうは思うのですが縋られては見捨てるのも忍びなく…」

「やれやれ、御人好しだな。」

才田殿には言われたくないがな。


「それで、米を買いに行きたいと言う事ですな。しかし、この時期はどこの村も米は売った後かと思いますぞ。」

表情を入れ替えてそう助言をくれる。

「えぇ、存じています。我等はその商人達の護衛を兼ねて代田まで来ましたので。しかし、我等は麦や蕎麦等の雑穀が欲しいのです。そちらの方が安いですから。」

「何、雑穀で良いのか!?」

突然、才田殿の目が光る。

「それなら家の領地で買わぬか?我等の土地は平地が乏しくてな。どうしても米が育てられる場所が少ないのよ。場所も奥まっている故、どうしても雑穀は買い叩かれてしまってな。それより高く買ってくれるならば俺の名で触れを出す事も出来るぞ!!」

成程、我々は飛んで火にいるなんとやらだったのかもしれない。話を聞くと才田領は代田盆地の一番奥の北側に位置するらしい。山を越えて二日程掛かるとは言え、隣村と言えない事もない。しかし、これはツイていると言える。現地での交渉も必要なくなるのだから。

「願ってもいない話です。只、買値については後から来る弟として頂きたい。」

勝手に決めると怒られるからな…

「む、そうか。承知した。」

気勢を削がれた才田殿がそう答える。

「しかし、それだと銭が厳しいのではありませんか?我等同様、毛皮等で?」

気になった事を聞いてみると、

「いや、山葵よ。我等の集落の少し上流には山葵が多く生えておるのでな。才田の山葵と言えば曽杜湊でも少しは知られた名なのだぞ。」

そう少し誇らしげに教えてくれた。成程、近年は薬味としても広まっているが薬としての需要もある。貴重な現金収入だろう。


 一刻程経っただろうか。祥智達が関までやってくる。才田殿は祥智の値段交渉に目を白黒させながらもお互い妥協点を見つけ(それでも祥智は状況を鑑みてかなり妥協をしたと不満そうだったが)、才田殿は商機を逃すものかと配下の一人を案内として付けてくれた。

「では、頼んだぞ。」

祥智にそう託すと、

「うん。まぁ、何とかやってみますよ。」

と、気の抜けた答えが返ってきた。いや、気負っていないと好意的に取るべきか…

「しかし、それはもうちょっとなんとかならんのか?」

「だって、ここが一番風通しも良いし。」

「やれやれ…宗太郎も大変だろうが頑張ってこい。」

「は、はい!!」

そうして、弓を担いだ祥智を中心に男達は坂を下って行く。祥猛が採って来た椎茸を弓の上部から紐で吊るして揺らしながら…


 帰り道は村の東側の地形を確認しながら歩く。成程、東の短絡路との分かれ道より少し上流の辺りで斜面がきつくなっている。殆ど、下の崖と同じ様な斜度になっている場所もある。これは、ここに道を通すのは大事になるだろう。まして馬が通れるとなると尚更だ。まぁ一応、祥猛に兵が通せる位の道が出来ないかは見に行かせよう。

「あ~!かえってきた~!!」

そんな事を考えていると村の下まで辿り着いていた。河原に居る稲が、俺を見つけて大きな声を上げる。

「うんうん、今戻ったぞ。良い石は見つかったか?」

「これ~♪」

袖から白い石を取り出して見せる稲。落ち葉運びに飽きて来た子供達に今日は投げるのに丁度良い石を探すように言ってあったのだ。ついでに綺麗な石もと言ったのだが、この様子だと年少組は綺麗な石だけ探しているかもしれない。

「おぉ、これは良い。見事な白い石だ。」

「むふふ~♪」

満面の笑みの稲。

「糸はどうだ?良い石はあったか?」

その後ろで何か言いた気にしている糸にも聞く。

「…これ。」

そう言うとこちらは緑の石を出して来た。あれ、これって…

「ほぉ、これも美しい石だ。二人は石を探すのが上手いな。」

そう言うと、二人は顔を見合わせて嬉しそうにしていた。

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