20・慣れぬ者達
「幸、良いか?」
続いては炭焼きの佐吉を呼ぼうと思ったが見当たらない。
「はいはい。なんでございましょう。」
「佐吉はどうした?」
「あの人は火の番でございますよ。」
そうだった、炭焼きは寝ずの番が必要なんだった。
「そうか、二人だけで間に合うのか?」
「暫くはなんとかしますので、余裕が出来たら人を回して下さいまし。」
「分かった。食料の買出しが終われば人を回すから、それまで耐えてくれ。」
状況を理解して行動してくれる人材は貴重だ。
「それと八郎と満助を見なかったか?」
佐吉もそうだが馬番の二人も見かけないのだ。
「あの二人でしたら私が戻って来る時はまだ草刈りをしてました。声を掛けたんですけど、頼まれた分には全然足りてないって言って。」
しまった…これは完全に俺の失策だ…無茶な予定を押し付けて、それを担当する者が抱え込んでしまったんだ。
「宗太郎!」
「は、はい!」
「すまんが、西の草原までひとっ走りして八郎と満助を呼んで来てくれ。終わっていなくても構わんから戻って来てくれとな。」
「わ、分かりました!」
そう言うと宗太郎は一目散に駆け出して行った。
八郎達を待つ間に残りの人員に明日の指示を出す。男衆は数人を工作班に配置して、残りの女衆と合わせて飼葉の回収に回す事にした。飼葉のしまい方にもやり方があるだろうから八郎が居る間にやり方を見ておいて貰った方が良いと思ったからだ。いや、いっその事草刈りにも投入して早く終わらせて食料調達に回すか…うん、そうしよう。
「大将!連れて来たよ!!」
八郎達を連れて戻って来た宗太郎が突然そう言った。
「…大将?」
俺が怪訝そうに聞くと。
「あっ…」
慌てた様にした後に宗太郎は訳を話し始めた。
「あ、あの、呼び方は勝手に決めろって言われたから…殿様とか領主様は駄目なんでしょ?で、でも、俺達の事を率いてくれるから…親分とか頭はあれだし…」
上目遣いにこちらを見ながらそう必死に説明する宗太郎。確かに親分や頭では賊のそれだ。
「ふむ、それで大将か。」
「そ、そう、です。俺達の大将になって戦ってく…」
「あ〜!!こげてる!!」
稲が慌てた様にそう叫ぶ。確かに手焙烙の中の団栗から煙が出ていた。
「だめでしょ〜!!」
ぷんぷんである。
「はい、ごめんなさい…」
慌てて冷ます用の皿に団栗を移す。
稲さん、今結構大事な所でしたよ?俺の威厳は上場廃止かもしれない…
「こほん…まぁ、大将なら侍大将の様なものと言い訳も付くだろう。好きに決めろと言ったのは俺だし。それが良いならお前はそう呼ぶと良い。」
「は、はい!」
本題に入る前に脱線し過ぎた…後ろでずっと八郎が申し訳無さそうに立っているのだ。
「八郎、すまぬ待たせた。」
そう声を掛けると、
「申し訳ねぇ、言われた分の仕事がまだ終わってないんです!」
そう言って土下座をした。
「うん。その事だが、謝らねばならぬのはこちらなのだ。頭を上げてくれ。」
そう言うと、八郎は理解が追い付いていない表情で顔を上げた。
「皆、一度手を止めて欲しい。これからについて大事な話がある!」
俺は声を上げ、皆の注意を引く。
「今日、八郎達は命じた仕事を終えられなかった。」
不安な空気が広がる。
「だが、これは八郎達が悪いのではない。悪いのは俺だ。馬借とは言え、馬士として馬を連れて荷を運ぶ仕事をしていた八郎は飼葉の刈取りは慣れた仕事ではないはずだ。それなのに俺が今日中に等と無理を命じた結果、八郎はこんな時間まで働いてくれた。」
一度皆の様子を見回す。皆、不安気な様子は影を潜めたが、まだ何を言っているか分からない様子だ。ただ、真剣には聞いてくれている様だ。
「本当なら俺がやってみて終わらないと思ったら報せてくれと命じなければならなかった。もし、それを聞いていれば、竹を切り出しに行った面々で手伝いに行けただろう。そうすれば今日終わらせられたかもしれない。」
何人かが成程と言う顔をする。
「皆も、これから今までやった事のない仕事を沢山する事になるだろう。そんな時、予定に間に合わぬ、予定と違う事が起きた等と言う事はいくらでも起こるはずだ。そんな時は迷わずに報せて欲しい。我等は命ずる方も命ぜられる方も慣れておらんからな。良いか!?」
「「…」」
「皆、分かったなら返事をするのだ。」
困惑する皆に対して柳泉が静かに促す。
「は、はい!」
真っ先に声を上げたのは、やはり宗太郎。釣られる様にして皆が返事をし始める。
「そう言う訳だ八郎。俺が至らぬばかりにすまなかったな。」
そう八郎に謝ると、八郎は両手を地面に着いたまま、
「いえ、いえ…申し訳無いこってす…」
そう言って涙を流した。
「明日は何人か付けるから、家にしまう所まで一気に出来るか?しまう所は終わらなくとも構わない。お主が出掛けた後で残りの者が迷わず仕事が出来る様に教えてくれれば良い。」
「はい、はい!必ず!!」
八郎は泣きながらそう答えた。
「兄者。」
八郎への話が終わると、祥智が声を掛けて来る。
「うん、どうした?」
「明後日出掛けるならそちらの用意もしなければいけない。こっちにも人を割いて欲しいんですが。」
「夕方に皆で一気にやってしまおうと思ったが駄目か?」
祥智の問に、そう答えると、
「この村の者は旅支度なんて初めての者も多い。慌ててやると見落としや間違いが起こりやすくなると思います。」
そう指摘される。
「確かにそうだな。用意は当人達にさせる方が良かろうな。」
「今後も定期的に行く事を考えるとそうだろうと思います。それから人数分の背負子もあった方が良いかと。」
新たな問題まで提起されてしまった…
「前日に言うかね…現状いくつ有る?」
その質問に首を振る祥智。
「八郎達はどうやって俵や荷物を運んでいたんだ?」
「背負紐を使っていた様ですね。ただ負担を考えると…」
背負子の方が楽か…
「男衆は昼で切り上げる。背負子は今回は無理だな。お前達が出掛ける前に少しでも守りをなんとかしておかないといかん。」
俺がそう言うと、
「まぁ…仕方無いね。そうしましょう。」
「細かな予定や買って来て欲しい物は後で話そう。」
「分かりました。じゃあ後で。」
さて、これで一通り済んだから団栗を炒る作業に戻ろう。
「あ、あの…」
顔を上げると宗太郎が困った顔をしながら、
「俺達は明日どうすれば…」
そう言った。
「あー…子供だけで拾いに行けそうな食い物はまだあるか?」
力無く首を振る。
「そうか…」
どうしたものか…
「明日は落ち葉を出来るだけ運んでくれ。地面を覆う位まで溜まったら一度報せに来てくれ。」
そう言うと、あからさまにがっかりした様子で、
「分かりました…」
そう答えて去って行った。肥し作りも村の大事な仕事だ。明日まで頑張れば、良い事が有るかもしれないぞ。
「さぁ、食事にしましょう。」
女衆を取り仕切る周がそう声を上げると、彼方此方から歓声が上がる。
今日は俺が試作を頼んだ団栗栗餅だ。勝栗と麦と団栗を粉に挽き、栗と麦、団栗と麦、全部の三種類の配合で捏ねた生地を蒸した物を作って貰った。
気になるのはこの村の麦は大麦な事だ。山之井で食べていたのは小麦粉を使って作っていたのでそれがどうなるか…
「美味しいねぇ♪」
膝の上で栗餅をご機嫌で頬張る稲がニコニコとそう言う。
結論から言うと栗と言うのはこの手の殻の付いた木の実の中では圧倒的に甘くて美味いのだ。栗餅は美味い。団栗栗餅はまぁまぁ。団栗餅は味気無い。と言う結論。大麦粉の心配は小麦粉より固く膨らまないが、その分みっしり詰まって腹に溜まるって感じ。出来れば麦を多めに買い付けたい所だ。
皆にも好評で、粉に挽く手間は増えるが女衆もこの冬は団栗栗餅を主食に据えるつもりの様だ。
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