19・ストップ安?

 カラカラと手元で音が鳴る。晩秋の低い夕日の下で何をしているかと言えば焙烙鍋、その中でも取っ手の付いた手焙烙と言う物で晩飯の椎の団栗を炒っているのだ。隣では稲が団栗が炒り終わるのを今か今かと待っている。

 手焙烙と言うのは、少し深めの小さなフライパンの形をした素焼きの焼き物と言えば良いだろうか。前世でもほうじ茶の制作体験で使った事がある。

 椎の団栗は渋みが少なく生でも食べられるそうなのだが、炒って熱を通すと甘みも増すし、殻にひびが入って中を取り出しやすくなるのだ。他に煮ても良いらしいのだが、煮ると味が染み出してしまう為にここでは余り人気が無いそうだ。

 因みに、椚や栃の実は実が大きく食べでがあるのだが、渋みが強くそのままではとても食べられないので川で流水に数日晒して灰汁抜きをするそうだ。旅の道中で栃の実を食べた事があるがイマイチな栗と言ったら良いだろうか…栗の旨みを減らして苦みを増した様な味だったと記憶している。

 皆も、子供達が採取して来た団栗や栗、柿を炒ったり、剥いたりしている。干し柿をもっと大量に作りたいんだけど干す軒下がお寺にしかないんだよな。他の家にはそもそも軒が無いから…来年は柿を干す屋根も作らないといけないな。


 さて、暗くなる前に皆からの報告を聞いて、明日の予定を決めなければいけない。明後日には男衆を買出しに送り出さねばならないから力仕事は明日の内に終わらせたい所だ。竹もかなり切り出したが、門周辺の防衛用に使ったらほとんど残らないだろう。追加で切るか、食料調達に回すか…風呂も手を出したいが、まだそこまで手が回らないな。ここは、食料優先だな。材木系の調達は冬になっても出来るが森の恵みはそうはいかないからな。

「祥猛、弥彦、来てくれ。」

「なんだ?」

二人が作業を中断してやって来る。

「山はどんな感じだった?」

俺がそう聞くと、

「人が少ないからか、獲物は多そうだな。特に鹿が多そうだ。ただ、やっぱり山がキツい。追うのも運ぶのも苦労しそうだな。」

確かにここの山は完全な山地だ。丘陵の延長の様な山之井の山とは見た目からして違う。

「罠は仕掛けているのか?」

「はい、いくつかは。」

弥彦が首を竦めながらそう答える。

「見てきたけど、数も少ないけど、種類も少ないんだ。少し上った所に池があるんだ。その周りに罠を多く仕掛けたいと思ってる。」

池か。水場には必ず動物が集まって来るからそこは狙い目だろう。それにそこを水源に水を引ければ用水として使えるかもしれない。

「それで進めてくれ。明日は今日と同じで狩りに出て、明後日は村に残って罠を作ってくれ。俺は村を空けるから守りも頼むぞ。」

「なんだ、兄者も買出しに行くのか?智の兄者に任せれば良いじゃないか。」

自分だけ置いていかれると思ったのか祥猛が不満そうにそう言う。

「いや、返坂峠の才田殿に顔を繋ぎに行く。あの御仁は話の分かりそうな人だ。お隣さんになるし挨拶はしておこうと思ってな。」

「あぁ、確かにあの人は話が分かりそうだったな。これからはちょくちょく通して貰う事になるだろうし、それは大事だな。」

しかし、俺の説明を聞くとあっさりと納得する。

「あぁ、夕方には戻るつもりだが頼むぞ。」

「分かった、任せてくれ。それとあったぞ。」

そう言って腰籠から椎茸を二つ取り出した。

「おぉ、あったか!!」

「あぁ、時期が遅いからこれだけだったけど、椚も椎も結構生えてるから期待出来るんじゃないかな。」

よしよし、これは春が楽しみだ。人海戦術で探したいが田植えもあるし、田畑の改良もしなきゃいけないから当面の間は無理だろうな。秋は稲刈りもあるしな…


「栗や柿はどうだった?」

「栗はもう落ちて大分経っちゃってるな。柿はまだ実が生ってるのが何本か有ったけど、子供には無理だな。」

そうか、女衆を何人かやるか…

「弥彦、月に女衆を何人か付けて柿を採って回る事は出来そうか?」

「近場に限れば大丈夫だと思います。狼は大分登らないと出ませんから。」

「そうか。美代達若い三人を連れて行ってくれ。弥彦は月と三人に伝えて来てくれるか。」

「分かりました。」

弥彦はそう言うと女衆が作業している方へ向かって行く。


「池はどの辺りだ?」

「んー…難しいな。ここの裏が小さな尾根みたいになってるだろ?」

「あぁ。」

「暫く行くと、館の裏からの小さな尾根と合流するのが見えるか?」

確かにそんな感じの地形に見える。

「その上の方にちょっと斜面が緩やかになっている辺りがあるだろ?」

「あぁ、あるな。」

「あのちょっと奥が平らになっててそこに池があるんだ。」

成程、思っていたより大分上だな。

「水が湧いて出来た感じの池か?それとも、上から川が流れ込んでいたか?」

「湧いてる感じかな。流れ込んでる川は無かったって言うか、周りで湧いてそれが集まってる感じ?」

「そうか。出る方はどうだ?どっちに流れ出していた?」

「右?うん、登って行って右手側に流れていたから東だな。」

「分かった。」

東か、温泉の小川より上流で合流しているんだろうか。西であったなら途中から水を引く事も出来たかもしれないが、東では池から直接水路を作らないといけない。大工事になるだろうからすぐには無理だな。


「茂平、千次郎。」

次は工作班を呼ぶ。

「はい。」

「見張り小屋はあれで良い。ご苦労だった。」

「有難うございます。」

頼んでいた小屋は無事に完成した。電話ボックスと言うか重要施設の前でお巡りさんが立ってる箱と言うか、竹で出来たそんな感じの物だ。

「一つ相談があるんだが。」

「はい。」

「田畑の横に作った囲いは見たか?」

「はい、子供達が落ち葉を運んでいたあれですよね?」

「うん、あれに子供でも開け閉め出来る蓋を付けようと思ったらどうする?」

「「…」」

あ…黙っちゃった。

「莚とかですかね…」

千次郎がそう答える。

「茂平、稲藁に余裕はあるか?」

そう聞くと、茂平は無言で首を振った。だよな、そもそも穀物の収穫量が圧倒的に足りていないんだ。それの余り物である藁だって足りないだろう。そもそも、藁は使い道が多岐に渡る生活必需物資なのだ。

葦簀よしずとかはどうですか?ちょっと隙間が多いですけど。」

千次郎が続けて提案する。葦簀か、ちょっと保温性能には不安があるが…端に細い竹を通しておいて、それを軸に囲いの上を転がしてお風呂の蓋方式で子供達でも簡単に開け閉め出来るかもしれん。

「葦原は近くにあるか?」

「西の川と早瀬川が合流する辺りに小さいですけどあります。」

茂平がそう答える。

「じゃあ、今度それも刈りに行くか。」

葦は茅葺屋根の材料にもなる。蓄えておいて損はないだろう。


「そう言えば、道具に不足は無いか?」

そう聞くと顔を見合わせ、言い辛そうに、

大鋸おががありません…」

そう言った。

「それでは角材も板も出来んではないか。」

割と大変な事である。

「そうなんです…」

千次郎がしょんぼりとそう答える。

「茂平、今まではどうしていたのだ?」

お寺は製材された材木で建てられているのだが。

「古いのが折れてしまって…」

新しいのが欲しくても買えなかったのか…

「分かった。大鋸は一人で挽く物と二人で挽く物があるがどっちが良いんだ?」

「二人で挽く方が綺麗に切れます。一人用の木挽きの方が小回りは効きますけど。」

「分かった。買出しに行くついでに手に入るか見てこさせる。」

「あの…かなり高いです…」

「だろうな…だから買ってこさせるとは言わなかった。」

刀程ではないが鉄を多く使うし制作技術も必要な物だ、高いだろうな。

「よし、明日は俺と門の周りの守りを固める作業をするから朝飯を食ったら俺の所に集まってくれ。」

「分かりました。」

しかしなんだ…カラカラと団栗を炒りながら報告を聞くと言うのは為政者としてどうなのだろう…昨日から格好が付いていないのでは?格好良く決まったのは賊を討ち果たした所だけだった気がしてきた。既に俺の威厳はストップ安かもしれない…

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